国際的パートナーシップ
米国の研究機関との連携がもたらすもの

2014年10月27日

シカゴ大学との新たな協力体制が加わり、AIMRと米国の研究機関との連携は強化された

2014年4月16日、AIMRジョイントセンターの設立に関する覚書を交わす小谷元子AIMR機構長(左)とEric Isaacsシカゴ大学Provost。
2014年4月16日、AIMRジョイントセンターの設立に関する覚書を交わす小谷元子AIMR機構長(左)とEric Isaacsシカゴ大学Provost。

2年前、東北大学原子分子材料科学高等研究機構(AIMR)の小谷元子機構長は、国際的な協力関係の強化を、学際的でインパクトの高い共同研究を行っている研究機関に集中させる取り組みを開始した。その中心となるのが「AIMRジョイントセンター」と呼ばれる拠点であり、これまでに英国のケンブリッジ大学、中国科学院化学研究所、米国のカリフォルニア大学サンタバーバラ校(UCSB)に設置されてきたが、今年4月16日、AIMRは米国との連携を強化するため、シカゴ大学とジョイントセンター設置に向けた覚書を締結した。

既存の3拠点と同様に、この新たなAIMRジョイントセンターの設置により、ジョイントワークショップや研究者の招聘・派遣など多くの交流機会を通じて、研究者はシカゴ大学との共同研究をより戦略的に推進することができるようになった。それだけでなく、これまで長年にわたって共同研究を進めてきたAIMRの大野英男主任研究者とシカゴ大学分子工学研究科長のDavid Awschalom教授という、スピントロニクス分野の第一人者である2人の研究者のつながりをより深めることにもなった。大野主任研究者は、世界に先駆けて強磁性半導体を創製し、それを用いて初めて電界による磁性のオンオフ制御に成功したことで知られる。また、1970年代から予言されていながら30年以上実証されなかった「スピンホール効果」現象を初めて実験的に観察したのが、Awschalom教授である。これらの発見をはじめとして、電子スピン関連の研究はこの数十年間で大きく発展し、近い将来、スピントロニクスデバイスを用いた高速かつ低消費電力の情報処理やデータ貯蔵の実現が期待されている。

大胆なアプローチ

UCSBのAIMRジョイントセンターのYonghao Zheng助手は、安定な有機ラジカルの温度を調整するだけで、その電子的特性を変えられることを発見した。
UCSBのAIMRジョイントセンターのYonghao Zheng助手は、安定な有機ラジカルの温度を調整するだけで、その電子的特性を変えられることを発見した。

シカゴ大学との新たな連携により、AIMRがこれまで築いてきた米国の研究機関との協力関係はより強固となった。実際に、UCSBのAIMRジョイントセンターではAIMRとの連携効果が実証されつつあり、有機エレクトロニクスの分野でブレークスルーを生み出そうとしている。

有機材料は無機材料よりはるかに容易にその特性を微調整することができ、単純かつ低コストな方法による大量生産が可能なため、エレクトロニクス分野への応用を考えたときに、特に魅力的な材料である。ゆくゆくは、フレキシブルディスプレイ搭載のテレビや透明な太陽電池の壁紙など、画期的な製品が実現するかもしれない。「有機エレクトロニクスには、私たちの暮らしをもっと豊かにする潜在能力があります」と、Yonghao Zheng助手は語る。 

Zheng助手は現在、有機ラジカルを有機エレクトロニクスへ応用する可能性を探っている。有機ラジカルは非常に不安定であるため、この問題を真剣に考える研究者はこれまでほとんどいなかった。しかし、Zheng助手の上司であるFred Wudl教授(AIMR連携教授を兼任)は、その可能性がゼロではないことから、Zheng助手にこの問題に取り組むことを提案した。その結果、Zheng助手は、ある安定な有機ラジカルの電子的特性が、その温度を変えるだけで変化することを突き止めた。「これは実に興味深い発見です。有機エレクトロニクスの新領域を拓くことになるかもしれません」とZheng助手は言う。

研究者同士の結びつき

Zheng助手は今後、有機ラジカルの電子的性質だけでなく磁気的性質も調べるために、有機物質の磁性に興味を持つAIMRの谷垣勝己主任研究者との共同研究を計画している。さらに、実験的に観察した現象の理解を深めるために、AIMRの数学者とも研究を行うことを希望している。AIMRでは、有機合成化学の専門家である磯部寛之主任研究者と数学者の小谷機構長が同様の協力関係を築いており、最近、有限長カーボンナノチューブ分子の構造と長さを記述するための新しい幾何学的指標が提案された。「AIMRは大家族のようなものです」とZheng助手は説明する。「全員が密接に関わり合うことで、研究がぐんとスピードアップするのです」。 

UCSB とAIMRとの協力関係は、画期的な研究のインスピレーションをもたらすだけでなく、Zheng助手のような若手研究者に多くの恵まれた機会も与えている。「AIMRジョイントセンターの研究者であることで、私はUCSB 材料科学科の一流の実験装置を利用し、トップレベルの教授たちと意見交換を行うことができます」とZheng助手は話す。また、2つの研究機関の間で定期的に開かれる会合やワークショップを通じてネットワークを拡大し、視野を広げることができたとZheng助手は語る。その中でも特に役立ったのが、ジョイントセミナー(2012年1月UCSB が主催、2013年2月AIMRが主催)であったという。

有意義なワークショップ

スピントロニクス分野の先駆者であるシカゴ大学のDavid Awschalom教授は、AIMR―シカゴ大学の初のワークショップで最新の研究成果について報告した。
スピントロニクス分野の先駆者であるシカゴ大学のDavid Awschalom教授は、AIMR―シカゴ大学の初のワークショップで最新の研究成果について報告した。

UCSBとのジョイントセミナーと同様に、シカゴ大学とのワークショップも、今後の研究内容と方向性を左右する重要なものになるだろう。2014年9月、AIMRとシカゴ大学は、2日間にわたる初のワークショップを仙台で開催した。Awschalom教授をはじめとするシカゴ大学の研究者6名とAIMRの研究者6名の計12名が発表を行い、物質の量子操作、エネルギー・ハーベスト(環境からのエネルギーの収集)やエネルギーの貯蔵、換気力学にいたるまで、さまざまなテーマについて意見を交わした。

開会にあたり、小谷機構長は「AIMRは、シカゴ大学と国際的なパートナーシップを結び、ワークショップを通じて関係を強化していけることを非常に嬉しく思っています」と述べ、ワークショップはスタートした。発表者の1人であるAIMRの折茂慎一主任研究者は、軽量の錯体水素化物が安定で高速な伝導特性をもつことを説明し、これを水素貯蔵やリチウム蓄電池に利用することを提案した。また、シカゴ大学のKa Yee Lee教授は肺サーファクタントの研究について発表を行った。肺サーファクタントは脂質とタンパク質からなる物質で、肺胞をコーティングして表面張力を低下させることで呼吸を容易にしている。Lee教授の研究は、肺サーファクタントの欠乏を特徴とする疾患を治療するための人工肺サーファクタントの設計を改良するのに役立つ可能性がある。

スピントロニクスの量子情報工学への応用を目指しているAwschalom教授は、「協定調印後、初のワークショップでは、様々な研究課題について、今後若手研究者が中心となって生産的な協力関係を築けるような共同研究の可能性がないか検討を行いました」と話す。ワークショップには、最近、ナノ機械システムやナノ機械デバイスの開発に向けた量子力学現象の制御に成功したシカゴ大学のAndrew Cleland 教授も参加しており、自身の研究について説明を行った。Cleland教授のチームは、これまでナノスケールの粒子でしか観察されていなかった量子力学の特異な法則にしたがって動作する機械を世界で初めて開発している。Cleland教授やAwschalom教授の研究により、光信号や機械信号、マイクロ波電気信号を組み合わせた高速量子通信と量子情報の長期保存の技術が、より現実的なものになる可能性がある。

「今回のワークショップで取り上げられた多様で広範なテーマは、ナノスケールや分子スケールの材料や現象について理解し、利用するのに大いに役立ちます。私たちは今後も、こうしたセミナーやワークショップを通じて新たな方向性を見いだし、新たな知見を得ることができるでしょう」と話す大野主任研究者。彼の自信は、AIMRがこれまでに3か所のAIMRジョイントセンターで実際にあげてきた成果に裏付けされている。