道路そのものを「動き続けるコンピュータ」に変える新手法を提案
道路そのものを「動き続けるコンピュータ」に変える新手法を提案
─省エネルギーなAI基盤技術への発展に期待─
発表のポイント
- 道路交通の複雑な流れそのものを計算資源として利用する新しいAI手法、環境物理リザバーコンピューティング(Harvested Reservoir Computing, HRC)を提案しました。
- 1/27スケールの自律走行ミニチュアカーによる交通実験と道路交通網シミュレーションにより、渋滞が始まる「直前」の状態で予測性能が最大になることを明らかにしました。
- 新規の専用ハードウェアを用いず、既存の交通観測データを再利用するだけで高精度な交通予測や信号制御に応用できる可能性を示し、省エネルギーなAI基盤技術への発展が期待されます。
概要
近年、交通予測や需要予測などに機械学習・深層学習が広く使われていますが、その計算には大量の電力と高性能計算機が必要であることから、リザバーコンピューティング(RC)(注1)や、それを実世界の物理系に拡張した物理リザバーコンピューティング(PRC)(注2)が注目されています。
東北大学材料科学高等研究所(WPI-AIMR)の安東弘泰教授らの研究チームは、現実世界の複雑なダイナミクスをそのまま計算に利用する新しい機械学習フレームワーク環境物理リザバーコンピューティング(Harvested Reservoir Computing, HRC)を提案し、その実証例として道路交通流を用いた道路交通リザバーコンピューティング(Road Traffic Reservoir Computing, RTRC)(注3)の計算性能を系統的に評価しました。
1/27スケールの自律走行ミニチュアカーが走行するジオラマ交通実験と、格子状道路網の数値シミュレーションを組み合わせて解析した結果、交通密度が低すぎても高すぎても予測精度は低く、渋滞が発生する臨界点の少し手前(中密度領域)で、将来の交通状態の予測性能が最も高くなることが分かりました。
本研究成果は、道路交通のような社会インフラを「動き続ける巨大コンピュータ」として再解釈する新しい視点を与えるとともに、既存センサーやデータを活用した省エネルギーなAI計算手法として、今後のスマートモビリティ・交通管制・エネルギーマネジメントなどへの応用が期待されます。
本研究成果は、2025年11月27日(現地時間)に英国の科学誌Scientific Reportsのオンライン版で公開されました。
詳細な説明
研究の背景
近年、交通予測や需要予測などに機械学習・深層学習が広く使われていますが、その計算には大量の電力と高性能計算機が必要です。とくに時系列予測では大規模ニューラルネットワークが主流であり、その学習・運用コストの削減が課題となっています。
そこで注目されているのが、複雑なダイナミクスを持つネットワーク(リザバー)に入力を流し、その出力だけを線形モデルで学習するリザバーコンピューティング(RC)と、それを実世界の物理系に拡張した物理リザバーコンピューティング(PRC)です。
安東教授らは、既に存在する物理システムのダイナミクスを「収穫(Harvest)」して計算に再利用する環境計算(Computation Harvesting)(注4)の考え方を提案し、その一例として道路交通流をリザバーとみなす、道路交通リザバーコンピューティング(RTRC)に取り組んできました(図1)。しかし、どのような交通状態のときに計算能力が最大になるのかは不明でした。
今回の取り組み
まず、1/27スケールの自律走行ミニチュアカーを用いた室内ジオラマ(図2)で、信号交差点を含むコース上を複数台走行させ、車両の速度・加速度・電力消費を1秒ごとに計測しました。車両台数を変えて交通密度を制御し、得られたデータ列をリザバー状態として、全車両の総消費電力、交差点手前の平均通過速度、それぞれの5秒先を予測するタスクで性能を評価しました。
その結果、低密度でも高密度でも誤差が大きく、渋滞が始まる直前の中密度状態で予測精度が最も高くなることが分かりました。
さらに、2×3の格子状道路網と最適速度モデルに基づくシミュレーションで一般性を検証しました。道路ごとの車両密度の時系列を用いて、関数近似タスクや記憶容量評価を行ったところ、低密度では相互作用が弱く線形的で、表現力が不足する一方、高密度では渋滞で動きが鈍り、入力の違いが出にくい(記憶容量が低下)ことが分かりました。また、渋滞臨界点の手前に相当する中密度で、非線形性と短期記憶のバランスが最適となり、情報処理容量が最大化されることが示され、ミニチュアカーの実験結果と整合しました(図3)。
本研究では、こうした枠組みを環境物理リザバーコンピューティング(HRC)として整理しました。従来は専用に設計したリザバーを用いていたのに対し、HRCでは、道路交通や電力ネットワークなど本来は別目的で存在する社会インフラのダイナミクスを、そのまま計算資源として「収穫」する点が特徴です。道路交通が条件次第で高性能なアナログ計算機として機能し得ることを、実験とシミュレーションで示した重要な事例です。
今後の展開
今回の成果により、既存の交通インフラやセンサー(監視カメラ、プローブデータなど)から得られるデータを、単なる監視・統計にとどめず、リアルタイム予測・制御を行う計算リソースとして活用する道が開けます。
具体的には、渋滞発生を事前に予測した信号制御による混雑・CO2排出の抑制、バス・オンデマンド交通など公共交通の運行計画の高度化、EV充電需要と道路混雑を同時に考慮したエネルギーマネジメントなどへの応用が期待されます。
さらにHRCのコンセプトは、道路交通に限らず、エネルギーネットワーク、物流ネットワーク、群ロボット・群ドローン、人流など多様なサイバーフィジカルシステムに拡張可能です。今後、デジタルツインや機械学習と組み合わせることで、「現実世界そのものが計算を担う、省エネルギー型AIシステム」(図4)の実現を目指します。

図1. 道路そのものがAIになる(RTRC vs 従来RC)

図2. ミニチュア交通模型

図3. 交通密度 vs 予測性能(渋滞直前NC~7でピーク)

図4. HRCの俯瞰図
謝辞
本研究には、内閣府総合科学技術・イノベーション会議の下で推進する「戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)第3期/スマートモビリティプラットフォームの構築」(研究推進法人:国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構)(NEDO管理番号:JPNP23023)の成果が含まれています。また、本研究の一部は、SIP第3期「スマートエネルギーマネジメントシステムの構築」JPJ012207(研究推進法人:JST)によって実施されました。
用語解説
- 注1. リザバーコンピューティング(Reservoir Computing, RC)
- 時系列予測やパターン認識に適した機械学習の枠組み。複雑なダイナミクスを持つネットワーク(リザバー)に入力信号を流し、その出力を線形モデルで学習することで、高い表現力と低い学習コストを両立する。
- 注2. 物理リザバーコンピューティング(Physical Reservoir Computing, PRC)
- 電子回路、光学系、流体、機械振動など、現実の物理システムをリザバーとして利用するリザバー計算の一種。デジタル計算機上のシミュレーションではなく、物理現象そのものが計算を担うため、省エネルギーで高速な情報処理が期待される。
- 注3. 道路交通リザバーコンピューティング(Road Traffic Reservoir Computing, RTRC)
- 道路上の車両の動き(車両密度、速度、通過台数など)の時系列をリザバー状態として利用し、将来の交通状態や関連量(速度、電力消費など)を予測する手法。道路交通を「動き続ける計算機」とみなすアプローチ。
- 注4. 環境計算(Computation Harvesting, HC)
- 私たちを取り巻く環境そのもの(交通流や電力ネットワーク、人の移動など)の動きや相互作用を、コンピュータの代わりに計算資源として利用する考え方。追加の専用ハードウェアをできるだけ用いず、もともと存在する社会インフラのダイナミクスをそのまま予測・制御などに生かすことで、省エネルギーな情報処理を実現しようとするアプローチ。
論文情報
| タイトル: | Harvested reservoir computing from road traffic dynamics |
|---|---|
| 著者: | Ryunosuke Fukuzaki, Takahiro Noguchi, Hiroyasu Ando |
| 掲載誌: | Scientific Reports |
| DOI: | 10.1038/s41598-025-30016-2![]() |
問い合わせ先
研究に関すること
東北大学材料科学高等研究所(WPI-AIMR)
教授 安東 弘泰(研究者プロフィール)
| Tel: | 022-217-6163 |
|---|---|
| E-mail: | hiroyasu.ando.d1@tohoku.ac.jp |
報道に関すること
東北大学材料科学高等研究所(WPI-AIMR) 広報戦略室
| Tel: | 022-217-6146 |
|---|---|
| E-mail: | aimr-outreach@grp.tohoku.ac.jp |



