カルシウム蓄電池の長期繰り返し充放電に成功

2023年05月23日

国立大学法人東北大学

カルシウム蓄電池の長期繰り返し充放電に成功

“資源性に優れる元素のみ” から作られる次世代蓄電池開発が前進

発表のポイント

  • 天然鉱物コベライト(注1)を30 nm程度まで小さくすることで、高速にカルシウムイオンを貯蔵することができる正極材料を開発しました。
  • 水素クラスター(注2)を有する電解液と組み合わせることによって、金属カルシウムを負極に用いた蓄電池の安定動作が実現します。
  • 希少な元素を含まない高エネルギー密度蓄電池であるカルシウム蓄電池を試作し、実用化の指標となる500回以上の繰り返し充放電を達成しました。

概要

電気自動車やスマートグリッド(注3)などのエネルギーシステムを社会全体に普及させることに向けて、資源が豊富で、蓄えられるエネルギー量が大きい次世代の蓄電池が求められています。カルシウムは地殻中に5番目に多く存在し、安価で入手しやすい元素です。金属カルシウムを用いることで高いエネルギー密度も実現可能であるため、カルシウムイオンやその金属を用いたカルシウム蓄電池が注目され始めています。一方、安定性や可逆性を有する電極材料や電解液が課題となっており、数十サイクル以上の繰り返し充放電可能な電池は、これまで報告されてきませんでした。

東北大学 金属材料研究所の木須一彰助教と同大学材料科学高等研究所(AIMR)の折茂慎一所長(金属材料研究所教授を兼務)、トヨタ北米先端研究所のRana Mohtadi博士(AIMR主任研究者を兼務)の研究グループは、天然鉱物としても知られるコベライト(銅藍、硫化銅)に着目し、ナノ粒子化と炭素材料との複合化を行うことで、カルシウムイオンが大量に貯蔵可能な正極材料を開発しました。さらに水素クラスターを含む電解液を用いることで、コベライト正極とカルシウム金属負極を組み合わせた電池を試作し、実用化の指標となる500回以上の繰り返し充放電を実現しました。

本成果は、2023年5月19日(オランダ時間)に国際学術誌Advanced Scienceにオンライン掲載されました。

詳細な説明

研究の背景

カルシウムは地殻中に5番目に多く存在する元素であり、安価で入手しやすく、産出地が広く分布しているため、調達リスクの低減や電池の低コスト化が期待できます。さらにカルシウム金属は低い酸化還元電位(−2.84 V, 標準水素電極基準)と高い容量(1337 mAh g-1, 2033 mAh mL-1)を併せ持つため、エネルギー密度(注4)の観点からも蓄電池に用いる負極材料として有望と考えられています。

一方、カルシウムイオンやその金属を用いたカルシウム蓄電池(カルシウムイオン電池、カルシウム二次電池)の研究開発では、正極電極材料および電解液における様々な課題があり、繰り返し充放電可能な電池がこれまで報告されてきませんでした。蓄電池動作に向けた主な課題は、可逆にカルシウムイオンの出し入れ(貯蔵)が可能な正極材料が見出されてこなかったことと、伝導率(注5)と安定性を兼ね備えた電解液がなかったことです。電解液における課題においては、2021年に本研究グループが、高い伝導率(4 mS cm-1)と優れた安定性(カルシウム金属に対する安定性、広い電位窓(注6)、フッ素フリー(注7))を有する水素クラスター含有の水素化物電解液を開発しました。(参考文献1)

この電解液の開発を契機に、さまざまなカルシウム蓄電池用の正極材料の開発に目が向けられるようになりました。

天然鉱物でもある硫化銅(銅藍、コベライト)は、層状の構造を有しており、リチウムやナトリウム、マグネシウムなどの様々な陽イオンを貯蔵することが可能です。また、560 mAh g-1という大きな理論容量(現行リチウムイオン電池用正極材料の2〜3倍程度)を有しており、イオン半径がカルシウムと近いナトリウムを貯蔵可能であることがわかっているため、カルシウム蓄電池用の正極材料として期待できます。一方、過去に報告されたコベライトのカルシウム蓄電池への応用については、可逆性が乏しく、容量も僅かしか得られていないため、困難であるという見方をされていました。

コベライト正極とカルシウム金属を用いた蓄電池の乏しい可逆性と小さい容量の理由として、本研究グループでは、(1) コベライトの粒子が粗大である場合、イオン半径が大きいカルシウムイオンが構造内へ十分に拡散しないこと、(2) 充放電過程においてコベライト粒子同士が凝集することによってイオンパスが喪失すること、(3) 電解液がカルシウム金属に対して十分安定ではなかったため充放電サイクルに伴って過電圧が増加することであると考えました。

今回の取り組み

そこで本研究では、高い比表面積を有する炭素材料(ケッチェンブラック)と界面活性剤(CTAB)が共存した状態での水熱合成(注8)によって、約30 nm程度までナノ粒子化させたコベライトをカーボン材料内に高分散に担持させた材料を合成しました。得られたコベライト炭素複合体のカルシウム挿入・脱離反応を評価したところ370 mAh g-1という高い容量を示し、市販品コベライトを用いて評価した場合と比べると50倍近く容量が向上していることがわかりました。高解像度透過型電子顕微鏡観察からは、カルシウム挿入・脱離反応前後において、コベライト粒子同士が独立に存在していることがわかり、反応過程における凝集等が起きていないことが確認できました。

さらに水素クラスターを含む水素化物電解液を用いて金属カルシウム負極と組み合わせた電池特性の評価を行ったところ、500回の繰り返し充放電を行った場合でも固有の充放電プロファイルが得られ、容量維持率(注9)も90%(10サイクル目と比較)という非常に安定した特性を有していることがわかりました。この安定した特性は、これまでに報告されたカルシウム蓄電池の繰り返し充放電特性と比較しても、最も良い結果となります。また、室温における5分の充電時間でも、1時間充電の際の50%の容量が得られており、高速な充電においても対応可能であることも実証されました。

今後の展開

本研究成果は、天然鉱物でもあるコベライトの構造・形態制御によって、資源性に優れるカルシウムを主体とした高エネルギー密度型電池が、長期繰り返し充放電可能となることを実証しました。この知見を活かして、さらに電圧の高い正極材料への展開も期待されます。また、この実証を契機として、さまざまな電池研究者がカルシウム蓄電池用の正極材料に着手することで、陽イオンのサイズ・価数によるコベライト電極に対する充放電反応の基礎的研究やそれを用いたカルシウム蓄電池の社会実装に向けた新たな潮流が生まれることを期待しています。

謝辞

本研究の一部は、JSPS 科研費(基盤研究B(JP22H01803、研究代表者:木須一彰)、新学術領域研究 ハイドロジェノミクス(JP18H05513、領域代表者:折茂慎一))、東北大学金属材料研究所先端 エネルギー材料理工共創研究センター(E-IMR)、同大学材料科学高等研究所(AIMR)アドバンストターゲットプロジェクトの支援を受けて実施しました。


図1. カルシウム蓄電池の概略図(上)と、本研究で開発した電池の繰り返し充放電特性(下)。横軸は繰り返し充放電回数、左縦軸は各充放電における充電容量および放電容量を示している。

用語解説
注1. コベライト
銅の硫化鉱物(硫化銅、CuS)であり、日本では銅藍とも呼ばれる。鉱物の発見者であるイタリア人Nicolas Covelliに因んで英名が付けられている。
注2. 水素クラスター
中心原子に複数の水素原子が結合した分子構造を持つイオン。[CB11H12]-の場合、1個のCと11個のBで構成する中心原子の周りに12個のHが結合している。
注3. スマートグリッド
電気利用量をリアルタイムで把握し、そのデータを活用して電力の有効利用を実現するエネルギーシステム。
注4. エネルギー密度
蓄電池から取り出し得るエネルギー量の単位質量(Wh kg-1)または単位体積(Wh L-1)あたりの値。
注5. 伝導率
イオンの動きやすさを表す指標。単位としてmS cm-1(1センチメートル当たり、ミリジーメンス)が用いられる。ジーメンスは抵抗の単位 Ω の逆数。
注6. 電位窓
電解質が酸化還元反応を示さない電圧の範囲。
注7. フッ素フリー
電解質にフッ素が含まれていないことを意味する。多くのカルシウム電解質の候補材料に含まれるフッ素は、電池動作中に電池特性を阻害する可能性を有するフッ化カルシウムなどの分解生成物を生じるため、フッ素を含まない電解質が望ましいと考えられている。
注8. 水熱合成
高温高圧の熱水の存在下で行われる化合物の合成手法。
注9. 容量維持率
初期もしくは指定サイクルの電池容量と、あるサイクルにおける電池容量との比(通常、パーセントで表記される。)

参考文献

論文情報

タイトル: Calcium Metal Batteries with Long Cycle Life Using a Hydride-Based Electrolyte and Copper Sulfide Electrode
著者: Kazuaki Kisu*, Rana Mohtadi, Shin-ichi Orimo*
*責任著者:
東北大学 金属材料研究所 助教 木須一彰
東北大学 材料科学高等研究所(AIMR) 所長、金属材料研究所 教授 折茂慎一
雑誌名: Advanced Science
DOI番号: 10.1002/advs.202301178新しいタブで開きます

問い合わせ先

研究に関すること

東北大学 金属材料研究所 水素機能材料工学研究部門 助教
木須一彰(きす かずあき)

Tel: 022-215-2094
Fax: 022-215-2091
E-mail: kazuaki.kisu.b2@tohoku.ac.jp

東北大学 材料科学高等研究所(WPI-AIMR) 所長・教授
東北大学 金属材料研究所 水素機能材料工学研究部門 教授
折茂慎一(おりも しんいち)

Tel: 022-217-5130
Fax: 022-217-5129
E-mail: shin-ichi.orimo.a6@tohoku.ac.jp

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東北大学 金属材料研究所
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