資源性に富むカルシウムを用いた新たな電池材料を開発

2021年04月07日

東北大学材料科学高等研究所(WPI-AIMR)
東北大学金属材料研究所

資源性に富むカルシウムを用いた新たな電池材料を開発

- 水素クラスターを含むフッ素フリー電解質が次世代電池開発を加速 -

発表のポイント

  • 水素クラスター[用語1]を用いた新たなカルシウムイオン電池用の電解質を開発
  • “高いイオン伝導率”、“高い電気化学的安定性”、“フッ素フリー[用語2]”を兼ね備えたカルシウム電解液の作製に世界で初めて成功
  • この電解液を用いてカルシウムイオン電池の室温での安定動作を実証
  • 資源性に富むカルシウムを用いた電池開発の加速に期待

概要

持続可能社会に向けた再生可能エネルギーの導入や電気自動車などの発展を背景として、電池容量がすでに理論的な限界に近づいているリチウムイオン電池に代わる高性能な蓄電デバイスの開発が急がれています。

東北大学 材料科学高等研究所(WPI-AIMR)の木須一彰助教と折茂慎一所長、同大学 金属材料研究所の金相侖助教らの研究グループは、資源性に富むカルシウムに注目して、カルシウムイオン電池用の新規電解質として、水素とホウ素から形成された水素クラスターを含む錯体水素化物を新たに開発し、高い伝導率が得られることを発見しました。

さらに、カルシウムイオン電池としての応用に向けて、2種類の溶剤を混合することで、このカルシウム錯体水素化物を溶剤中に高濃度で溶かし込むことに成功しました。得られた電解液は、“高いイオン伝導率”および負極・正極に対する“高い電気化学安定性”を有すると共に、カルシウムイオン電池の寿命向上に優位な“フッ素フリー”である世界初の電池材料といえます。

本研究は、スイス連邦工科大学ローザンヌ校のKun Zhao博士およびAndreas Züttel教授と進めた、東北大学材料科学世界トップレベル研究拠点プロジェクトの成果であり、令和3年4月6日付(現地時間)で英国科学誌「Scientific Reports」のオンライン版に掲載されました。

研究の背景

持続可能社会に向けた再生可能エネルギーの導入や電気自動車などの発展を背景として、高性能な蓄電デバイスの開発が急がれています。現在、最も高い性能を有する蓄電デバイスはリチウムイオン電池ですが、その電池容量がすでに理論的な限界に近づいており、これ以上の大幅な増大は困難であると考えられています。また、リチウムやコバルトなどの希少金属を用いていることから、資源確保やコストなどの観点からも課題が指摘されています。カルシウムは地殻中に5番目に多く存在する豊富な元素であり、その金属電極は低い酸化還元電位(−2.84 V, 標準水素電極基準)と高い体積容量(2033 mAh mL−1)を併せ持つため、資源性および電池容量の観点から次世代蓄電デバイスに用いる元素として有望と考えられます。そこで、カルシウム金属を負極として用いた蓄電デバイスであるカルシウムイオン電池(またはカルシウム金属蓄電池)が期待されています。

カルシウムイオン電池開発におけるボトルネックは電解質(固体電解質[用語3]もしくは電解液[用語4])であると考えられており、高い伝導率と高い電気化学的安定性(即ち、還元性の高いカルシウム金属電極上における安定なカルシウム溶解析出[用語5]特性および広い電位窓[用語6])を満たすような電解質が求められています。そのためには、優れた耐還元性と耐酸化性を有しつつ、カルシウムイオンに対して弱く相互作用する弱配位性アニオン[用語7]の適用が有効と考えられています。さらに、多くのカルシウム電解質の候補材料に含まれるフッ素は、電池動作中に電池特性を阻害してしまうフッ化カルシウムなどの分解生成物を生じてしまうこともあり、フッ素を含まない電解質が望ましいと考えられています。このようにカルシウムイオン電池用の電解質として求められる特性は多くあり、これらの特性が一つでも欠如してしまうと電池として機能しないため、上述した特性を全て兼ね備えた電解質の開発が極めて重要な課題となっていました。

研究の内容

本研究では、前述の特性を兼ね備えた電解質の実現を目指し、フッ素を含まない弱配位性アニオンである水素クラスター(錯イオンとしてのモノカルボラン) [CB11H12]を用いたカルシウム電解質Ca[CB11H12]2を新たに合成し、固体電解質および液体電解液のそれぞれの可能性について検討することで、その優れた電気化学特性を明らかにしました。これまで当研究グループでは、水素クラスターを含むリチウム系・ナトリウム系固体電解質の研究を行い、その優れた電気化学特性を報告してきました。また、水素クラスターを含む材料の多くは、固体電解質として期待できるだけではなく、有機溶媒(溶剤)に対して溶解させることで液体電解液としての特性も期待できる材料群です。

イオン交換法および熱処理の最適化によって新たに合成したCa[CB11H12]2電解質の伝導率を評価した結果、150˚Cにおいて0.2 mS cm−1という高い伝導率[用語8]が得られました(図1)。これは、これまでに報告されたカルシウムを含む酸化物系材料やCa[CB11H12]2と類似の水素クラスターを有するCa[B12H12]と比較すると、より低い温度でより高い伝導率であることがわかりました。

続いて、カルシウムイオンに対して弱く相互作用するジメトキシエタン(DME)やテトラヒドロフラン(THF)などの有機溶媒にCa[CB11H12]2を溶解させた電解液を調整し、カルシウム電解液としての検討を行いました。Ca[CB11H12]2の各有機溶媒に対する溶解度を調べた結果、単体のDME溶媒およびTHF溶媒に対してはほとんど溶解しない一方、この2種類の有機溶媒を混合させることで、Ca[CB11H12]2の溶解度が200倍も向上することを見出しました(図2)。また、このDME/THF混合溶媒を用いたカルシウム電解液は、DMEやTHF単体溶媒を用いたカルシウム電解液に比べて100倍程度高い伝導率であることが確認されました。

この高い伝導率を示したCa[CB11H12]2 in DME/THFの電気化学的安定性を調べた結果、高い還元性を有するカルシウム金属電極上において安定したカルシウム溶解析出挙動が見られたことに加えて、4V以上の高電位においても高い酸化安定性を有していることも確認されました(図3)。これらの結果より、Ca[CB11H12]2 in DME/THFは“高いイオン伝導率”および負極・正極に対する“高い電気化学安定性”を有すると共に、カルシウムイオン電池の寿命向上に優位な“フッ素フリー”である世界初の電池材料であることが示されました。

以上の特筆すべき特性(即ち、高い伝導率、高い電気化学的安定性、フッ素フリー)を受け、カルシウム金属負極と硫黄正極を用いたカルシウム金属-硫黄蓄電池を作製して充放電特性を調べました。その結果、Ca[CB11H12]2 in DME/THFを電解液として用いたカルシウム金属-硫黄蓄電池が室温において安定に動作することを実証しました(図4)。

本研究は、スイス連邦工科大学ローザンヌ校のKun Zhao博士およびAndreas Züttel教授と共同で進めた、東北大学材料科学世界トップレベル研究拠点プロジェクトの成果です。

今後の展開

本研究成果は、カルシウムイオン電池開発においてボトルネックであった電解質の課題を解決するものであり、今後この電解質を適用することで、さまざまな電極材料を用いたカルシウムイオン電池の開発が拡がるものと期待されます。また、水素クラスターを用いたカルシウム電解質の設計指針を示す初めての報告であり、今後は新しいカルシウム電解質群としてこれらの水素クラスターを有する多様な錯体水素化物の系統的な研究が望まれます。

本研究の一部は、JSPS 科研費(若手研究(19K15305、代表:木須一彰)、新学術領域研究 ハイドロジェノミクス(JP18H05513、領域代表:折茂慎一))、東北大学材料科学高等研究所(WPI-AIMR)アドバンストターゲットプロジェクトの支援を受けて実施しました。

論文情報

雑誌名: Scientific Reports
タイトル: Monocarborane Cluster as a Stable Fluorine-Free Calcium Battery Electrolyte
著者: Kazuaki Kisu, Sangryun Kim, Takara Shinohara, Kun Zhao, Andreas Züttel, and Shin-ichi Orimo
DOI: 10.1038/s41598-021-86938-0新しいタブで開きます
用語解説
[用語1] 水素クラスター
中心原子に複数の原子が結合した分子構造を持つイオン。[CB11H12]の場合、1個のCと11個のBが中心原子、12個のHが複数の原子に相当。
[用語2] フッ素フリー
電解質にフッ素が含まれていないことを意味する。多くのカルシウム電解質の候補材料に含まれるフッ素は、電池動作中に電池特性を阻害してしまうフッ化カルシウムなどの分解生成物を生じてしまうこともあり、フッ素を含まない電解質が望ましいと考えられている。
[用語3] 固体電解質
外部電場によって構造内のイオンを移動させることができる固体。
[用語4] 電解液
陽イオン(プラスに帯電したイオン)と陰イオン(マイナスに帯電したイオン)とがイオン結合した化合物である電解質塩を、有機溶媒または水に溶解させた液体。一般的に耐還元性および耐酸化性に優れた広い電位窓および高い伝導度を有することが望ましいと考えられている。
[用語5] カルシウム溶解析出
カルシウム金属と電解液界面においてカルシウム金属が電気化学的に溶解および析出を起こす現象。
[用語6] 電位窓
電解質が酸化還元反応を示さない電圧の範囲。
[用語7] 弱配位性アニオン
リチウムやカルシウムなどの陽イオン(プラスに帯電したイオン)に対して、弱い相互作用を有する陰イオン(マイナスに帯電したイオン)の総称。
[用語8] 伝導率
イオンの動きやすさを表す指標。単位としてmS cm−1(1センチメートル当たり、ミリジーメンス)が用いられる。ジーメンスは抵抗の単位 Ω の逆数。

図表

図1. Ca[CB11H12]2の伝導率と温度の関係。参考として、酸化物系材料であるCa0.5Zr2[PO4]3、[Ca0.05Hf0.95]4/3.9Nb[PO4]3、および[CB11H12]と類似の水素クラスターを有する錯体水素化物であるCa[B12H12]を記載した。

図2. a 各溶媒を用いたカルシウム電解液の溶解度と伝導率の関係。
b DME、THF、DME/THF混合溶媒の各溶媒1mLに対して、5 mgのCa[CB11H12]2を加えた液体の写真。単体のDME溶媒およびTHF溶媒に対してはほとんど溶解しない一方、この2種類の有機溶媒を混合させることで、Ca[CB11H12]2の溶解度が200倍程度向上する。

図3. Ca[CB11H12]2 in DME/THF (=1/1, v/v)をカルシウム電解液として用いた電池のサイクリックボルタモグラム。横軸が電位、縦軸が電流を示している。良好なカルシウム溶解析出挙動と、4Vまでの広い電位窓を有していることがわかる。

図4. Ca[CB11H12]2 in DME/THF (=1/1, v/v)、カルシウム金属、硫黄をそれぞれカルシウム電解液、負極、正極として用いたカルシウム金属電池の充放電特性。横軸が容量、縦軸が電圧を示している。可逆な充放電特性が得られたことから、カルシウムイオン電池の室温における安定動作が実証された。

問い合わせ先

研究に関すること

東北大学 材料科学高等研究所(WPI-AIMR) 助教
木須 一彰(キス カズアキ)

Tel: 022-215-2094
Fax: 022-215-2091
E-mail: kazuaki.kisu.b2@tohoku.ac.jp

東北大学 材料科学高等研究所(WPI-AIMR) 所長・教授
東北大学 金属材料研究所 水素機能材料工学研究部門 教授
高エネルギー加速器研究機構(KEK) 物質構造科学研究所 客員教授
折茂 慎一(オリモ シンイチ)

Tel: 022-217-5130
Fax: 022-217-5129
E-mail: shin-ichi.orimo.a6@tohoku.ac.jp

報道に関すること

東北大学 材料科学高等研究所(WPI-AIMR) 広報戦略室

Tel: 022-217-6146
Fax: 022-217-5129
E-mail: aimr-outreach@grp.tohoku.ac.jp

東北大学 金属材料研究所 情報企画室広報班

Tel: 022-215-2144
Fax: 022-215-2482
E-mail: imr-press@imr.tohoku.ac.jp