ナノの世界で現れる磁気の渦の高速直進運動を初めて実現

2019年11月15日

東北大学電気通信研究所
東北大学先端スピントロニクス研究開発センター
東北大学スピントロニクス学術連携研究教育センター
東北大学国際集積エレクトロニクス研究開発センター
東北大学材料科学高等研究所

ナノの世界で現れる磁気の渦の高速直進運動を初めて実現

~スピントロニクスの原理を駆使した新たな情報処理・蓄積技術へ~

発表のポイント

  • ナノスケールの磁気の渦;磁気スキルミオンの工学利用に向けた革新的材料技術を開発
  • RKKY相互作用、DM相互作用、スピン軌道相互作用などのスピントロニクスの原理を巧みに利用し、室温での電流による直進運動の実現に初めて成功
  • 新概念情報処理・蓄積デバイス応用に向けた重要課題を克服

概要

国立大学法人東北大学電気通信研究所の大野英男教授(現総長)、深見俊輔准教授、土肥昂尭博士後期課程学生らは、磁気スキルミオンと呼ばれるナノスケールの磁気の渦を工学利用する上での課題であったスキルミオンホール効果を抑制する新材料技術を開発して積層フェリ結合した磁気スキルミオンを実現し、これまで不可能であった室温での電流による直進運動の観測に成功しました。

磁気スキルミオンとは特殊な磁性体において現れるナノスケールの磁気の渦で、電流によってその位置を操ることができます。10年程前に初めて実験で観測され、それ以来新しい情報処理・蓄積デバイスの実現に向けて盛んな研究が行われてきました。デバイス応用を実現する上では、導入する電流に対して磁気スキルミオンが斜め方向に動いてしまう現象(スキルミオンホール効果)が大きな課題でした。今回研究グループは、スピントロニクスの諸原理を巧みに利用することで右斜め方向と左斜め方向に動くスキルミオンを貼り合わせた積層フェリ結合磁気スキルミオンの形成に成功し、かつ電流によって効率的に駆動されるように材料構成を設計することで、これまで不可能であった室温での直進運動を実証しました。この技術は磁気スキルミオンの応用に向けた重要課題を克服するものであり、新概念情報デバイスの実現に向けた大きな一歩になるものと期待されます。

本研究成果は2019年11月14日19:00(日本時間)に英国の科学誌「Nature Communications」のオンライン版で公開されました。

詳細な説明

背景 — 磁気スキルミオンとスキルミオンホール効果 —

近年、物性物理学の分野において連続変形の過程で保たれるカタチの性質に着目するトポロジーという数学的概念が注目されています。磁性体においてトポロジーで記述されるものとして磁気スキルミオン(図1)があります。磁気スキルミオンは球面上の全方向の磁気モーメントを有しており、連続変形によって消すことができないことから、「トポロジカルに保護されている」と言えます。またこの磁気スキルミオンは電流で動かすことができ、様々な応用の提案がなされ、盛んな研究が行われています。例えば磁気スキルミオンの有無を情報の“1”, “0”に対応させることで大容量かつ高速な磁気記録装置(図1)が実現できると期待されています。

磁気スキルミオンの電流駆動を工学的に利用する上では、スキルミオンホール効果と呼ばれる現象が懸案となります。これは、野球の変化球と類似した現象で、磁気スキルミオンが本質的に持っている角運動量によって直進運動が妨げられ、進行方向に対して横方向に運動が曲がってしまう現象です。これは安定した動作の支障となることに加え、動作速度にも上限を与えてしまうことが分かっていました。従って、磁気スキルミオンを情報の担体として用いて電流で駆動するデバイスを実現するためには、スキルミオンホール効果を抑制して電流によって高速で駆動するためのブレイクスルーが求められていました。

結果 — 積層フェリ結合磁気スキルミオン —

今回研究グループはスピントロニクス[注1]の諸原理を駆使し、磁気スキルミオンの直進運動を室温で実現することに成功しました。具体的に用いた原理は、RKKY相互作用[注2]、DM相互作用[注3]、スピン・軌道相互作用[注4]です。開発した材料の積層構成が図2aに示されています。積層構造はIr(イリジウム)を挟む2層の強磁性体とその上下に位置するW(タングステン)、Pt(白金)から構成されます。Ir層を介したRKKY相互作用によって対向する2層の強磁性層の磁化は反平行方向に結合します(積層フェリ結合)。これによって、野球のボールで例えると上の層はシュート回転、下の層はスライダー回転し、それらが結合しているために結果として直進運動が実現されます。また2層の強磁性層とIr, W, Ptの界面におけるDM相互作用によって、積層フェリ結合系では形成が容易ではないトポロジカルな磁気構造が安定化されます。加えて、この積層構造に電流を導入すると、スピン・軌道相互作用によって上層のWと下層のPtにおいて磁気スキルミオンを電流の方向に移動させるような駆動力(スピン軌道トルク)が生じ、効率的な運動が実現されます。

作製した積層構造中に形成された積層フェリ結合磁気スキルミオンを、カー効果顕微鏡[注5]で観察した結果が図2bに示されています。黒く見える斑点が磁気スキルミオンです。次に、今回開発した積層フェリ結合積層構造と、従来の単層強磁性体からなる構造を細線状に微細加工し、電流を導入したときの磁気スキルミオンの応答を測定して比較しました。図2cには磁気スキルミオンの動作速度の印加電流密度依存性の測定結果が示されています。今回開発した積層フェリ結合磁気スキルミオンは従来型と比べて1桁小さな電流密度で同等の動作速度を実現できていることが分かります。また図3には両者のスキルミオンの進行方向(スキルミオンホール角)を比較した結果が示されています。狙い通り、積層フェリ結合磁気スキルミオンではスキルミオンホール効果が抑制されていることが分かります。

成果の意義と今後の展望

今回の結果により、磁気スキルミオンを工学的に利用する上での懸案であったスキルミオンホール効果を抑制し、室温にて電流で効率的に駆動する方法が明らかになりました。また今回の研究では実験の都合からマイクロメートルスケールの磁気スキルミオンが扱われましたが、今回の技術を発展させることで100ナノメートルを下回るような微細な磁気スキルミオンを室温で安定して形成することも可能です。今後、今回確立した技術を発展させることで、従来にない機能を持った情報デバイスの実現へと繋がり、同時に物性物理学におけるトポロジーの理解を発展させる上での一助となることも期待されます。

本研究は、日本学術振興会・科学研究費助成事業・特別推進研究17H06093、基盤研究(S)19H05622などの助成を受けて行われたものです。また本研究で用いたスピントロニクス素子は東北大学電気通信研究所附属ナノ・スピン実験施設にて作製されたものです。

図面

実験の概略図

図1)磁気スキルミオン(下側)とそれを用いた情報記録装置の一部(上側)の模式図。磁気スキルミオン中の矢印は磁気モーメントの方向を表す。1個の磁気スキルミオンは球面上の全方向の磁気モーメントを有しており、これによって連続な変形で生成、消滅させることができない。このスキルミオンの有無を情報の“1”, “0”に対応させることで、情報デバイスへ応用できる。

実験の概略図

図2)(a) 開発した積層構造の模式図。RKKY相互作用、DM相互作用、スピン軌道トルクによって、積層フェリ結合磁気スキルミオンの形成、及び低電流での直進運動を実現。(b) 生成された積層フェリ結合磁気スキルミオンのカー効果顕微鏡像。(c) 積層フェリ結合磁気スキルミオンと、従来型の単層強磁性体からなる磁気スキルミオンの移動速度の印加電流依存性。

マグノンとフォノンの分散関係の模式図

図3)本研究で開発した積層フェリ結合磁気スキルミオンと従来型の単層強磁性体からなる磁気スキルミオンのスキルミオンホール角の比較(左)と、積層フェリ結合スキルミオンにおけるスキルミオンホール効果抑制の模式図。

用語解説

注1)スピントロニクス
電子の持つ電気的性質(電荷)と磁気的な性質(スピン)を同時に利用することで発現される物理現象を明らかにし、工学的に利用することを目指す学術分野。従来は不可能であった磁気的性質や磁化方向の電気的な検出や制御などが可能となる。
注2)RKKY相互作用
Ruderman-Kittel-Kasuya-Yosida相互作用の略。離れた局在スピンの間に伝導電子のスピンを介して働く相互作用。その符号は距離とともに正負で入れ替わり、大きさは振動しながら減衰する。Ru(ルテニウム)やIr(イリジウム)などの非磁性薄膜を挟んで対向する強磁性層においては、非磁性層の膜厚を適切に設定することで、2層の強磁性層の磁化の方向を反平行方向に結合させることができる(積層フェリ結合)。本研究ではこの現象が利用されている。
注3)DM相互作用
Dzyaloshinskii-Moriya相互作用の略。隣接する磁気モーメント間で働く交換相互作用で、良く知られているHeisenbergの交換相互作用が平行または反平行な磁化配置を安定化させるのに対して、DM相互作用では直交する磁化配置を安定化させる。DM相互作用によってねじれた(トポロジカルな)磁気構造が形成される。本研究において磁気スキルミオンを形成する上で重要な役割を果たしている。
注4)スピン・軌道相互作用
電子の持つスピンと軌道運動の間の相互作用。電子が固体中を運動しているとき、電子の運動方向と電子スピンの方向に両者に直交する方向に軌道が曲げられる「スピンホール効果」などの起源となる。スピン・軌道相互作用に由来した現象を介して磁化に働く磁気トルクをスピン軌道トルクと呼び、本研究では磁気スキルミオンの駆動力として利用されている。
注5)カー効果顕微鏡
光が磁性体に入射した時、反射光の偏光面が磁化の方向に応じて回転する磁気光学カー効果を利用して、磁性体のミクロな磁気構造を観察する顕微鏡。本研究では磁気スキルミオンの静的、動的観察に用いられている。

論文情報

Title: “Formation and current-induced motion of synthetic antiferromagnetic skyrmion bubbles” (人工反強磁性スキルミオンバブルの形成と電流駆動)
Authors: T. Dohi, S. DuttaGupta, S. Fukami, and H. Ohno
Journal: Nature Communications
DOI: 10.1038/s41467-019-13182-6新しいタブで開きます

問い合わせ先

研究に関すること

東北大学電気通信研究所
准教授 深見 俊輔

Tel: 022-217-5555
E-mail: s-fukami@riec.tohoku.ac.jp

報道に関すること

東北大学 電気通信研究所 総務係

Tel: 022-217-5420
E-mail: somu@riec.tohoku.ac.jp