簡便に化学修飾できるウィルス状ポリマー粒子の作製に成功

2018年08月10日

東北大学材料科学高等研究所(AIMR)

簡便に化学修飾できるウィルス状ポリマー粒子の作製に成功

ー 高感度な抗原−抗体反応検出試薬などへの応用に期待 ー

発表のポイント

  • 独自の微粒子作製法により、簡便な処理で化学修飾可能な官能基を組み込んだポリマー材料からナノサイズの表面構造を持ったウィルス状粒子の作製に成功。
  • 作製した粒子表面の特定の部位を化学修飾可能であることを超解像顕微鏡技術により証明。
  • 抗体等を位置特異的に結合することで臨床血液検査に用いられる抗原―抗体反応検出の高感度化に期待

概要

東北大学材料科学高等研究所の藪浩准教授は、独カールスルーエ工科大学(KIT)のGuillame Delaittreグループリーダー、米ミシガン大学のJoerg Lahann教授らとともに、簡便な処理で化学修飾可能な官能基を組み込んだポリマー材料からナノサイズの表面構造を持ったウィルス状粒子の作製に成功しました。

高分子微粒子は臨床血液検査などにおいて、特定のタンパクを検出するためのマーカーとして使用されています。高分子微粒子に抗体を担持させ、特定のタンパクをサンドイッチすることにより、微粒子が凝集することで、タンパク濃度を測定することができます。抗体の微粒子表面での濃度や空間分布はこのラテクックス凝集法注1)において感度を大きく左右しますが、既往の高分子微粒子表面は単一材料でできており、吸着抗体の空間分布を制御することは不可能でした。今回開発した手法では、化学的に簡便に修飾可能なクリック官能基注2)を組み込んだブロックと、疎水性ブロックからなるブロック共重合体注3)から、独自の微粒子作製法である自己組織化析出(Self-ORganized Precipitation, SORP)法により粒子化することにより、粒子表面に2つのブロックの相分離に基づくウィルスのようなナノ構造を形成させ、さらに反応性官能基に微粒子作製後に色素を結合させることで、特定のブロック領域のみを選択的に化学修飾可能であることを、超解像顕微鏡技術注4)を用いて証明しました。今回開発した微粒子材料により医療分野における検査の高感度化などへの応用が期待されます。

研究の背景

高分子微粒子は様々な応用に用いられている高分子材料の一形態ですが、特に臨床血液検査などにおいては、特定のタンパクを検出するためのマーカーとして使用されています。具体的には、高分子微粒子表面に特定のタンパクと操作用する抗体を吸着させ、この微粒子と検体(血液や血漿など)を混合します。すると、高分子微粒子状の抗体がタンパクをサンドイッチすることにより、微粒子が架橋され、大きくなって凝集します。この際、分散液に光を当てておくと、微粒子の散乱断面積が増加するため、粒子の散乱強度が強くなります。その度合いによって、検体中の特定のタンパク濃度が測定できます。

医療現場では、より微量の検体で多くの検査ができるように、高感度化が求められています。既往の研究では、粒子サイズの最適化や均一性の向上などにより、高感度化が図られていましたが、これらの制御だけでは高感度化は限界がありました。一方、抗体の微粒子表面での密度や空間分布は感度を大きく左右しますが、既往の高分子微粒子表面は単一材料でできており、吸着抗体の空間分布を制御することは不可能でした。そこで、微粒子表面で①抗体などを接着する面と接着しない面を制御すること、②選択した部位に簡便に抗体などの化学種を結合できることが求められていました。

東北大グループでは、異なる2種以上のポリマーが末端で結合したブロック共重合体の溶液に、貧溶媒(ポリマーが溶けない溶媒)を加え、良溶媒(ポリマーを溶かす溶媒)を蒸発除去することにより、表面・内部に2つのポリマー相が相分離して形成されたナノ構造を持つ微粒子が得られることを報告しています(SORP法)。また、KITグループでは、反応性官能基を導入したブロック共重合体の合成技術を、ミシガン大学グループでは超解像顕微鏡によるナノスケール観察技術について卓越した技術を持っています。

そこで今回、KITが合成したブロック共重合体を東北大で微粒子化し、化学修飾により蛍光色素を結合させたのち、ミシガン大学において超解像顕微鏡による観察を行い、特定の部位に蛍光色素が導入できることを証明しました。

研究内容と成果

本研究では、まず異なる反応性官能基をポリスチレンブロックに導入した3種のポリスチレンーポリイソプレンブロック共重合体を合成しました。

それぞれのポリマーの溶液を調製し、SORP法を用いて水中に析出させることにより、微粒子の水分散液を得ました。濃度や溶媒の混合比率を変えて作製した微粒子の構造を透過型電子顕微鏡(TEM)注5)により観察を行ったところ、微粒子内部にポリスチレンブロックとポリイソプレンブロックの相分離に基づく様々なナノ構造が形成されていることを見出しました。さらに、作製条件を適切に調整すると、微粒子内部に一方向に縞状に相分離した構造(ラメラ構造)が形成されることが明らかとなりました。この構造は、ポリスチレン、ポリイソプレンの両方のブロックが表面に露出していることから、粒子表面で異なるポリマードメインの形成に成功しました。

さらに、チオール系蛍光分子を結合させたのち、得られた微粒子の走査型透過電子顕微鏡(STEM)注6)による構造観察と、エネルギー分散型X線分析(EDX)注7)による元素分析を行うことにより、ポリスチレン部位に選択的に蛍光分子が導入されていることが証明されました。

さらに、ポリイソプレン部位を架橋し、ポリスチレン部位を溶解させることで、各層をバラバラにし、ディスク状にして基板上に滴下・乾燥しました。得られたディスクを超解像蛍光顕微鏡で観察を行うと、ディスクの円周のみが発光していることから、微粒子表面の官能基のみが選択的に修飾されていることが明らかとなりました。

以上の結果から、反応性官能基を組み込んだナノ構造微粒子の作製に成功し、特定の部位に化学修飾が可能であることが証明されました。

今後の展開

本研究成果により、微粒子表面の特定の部位に選択的に化学修飾が可能であることがわかりました。本技術は抗体や酵素などのタンパク質に対しても適用できることから、抗原抗体反応に基づく臨床検査の高感度化や、異なる酵素を配列させることで異なる化学反応をカスケード的に起こす触媒として利用できると期待されます。また、将来的には本技術を用いることで、ウィルスのように精緻に構造が制御された薬物送達(ドラッグデリバリー、DDS)のための薬剤担持体などへの応用が期待されます。

<付記事項>

本研究成果は日本学術振興会科学研究費補助金基盤研究(A)「弾性率制御ハニカム多孔膜とラマン計測による幹細胞のメカノトランスダクション解明」などの支援を受け実施されました。

掲載論文

”Surface-Reactive Patchy Nanoparticles and Nanodiscs Prepared by Tandem Nanoprecipitation and Internal Phase Separation”
Divya Varadharajan, Hatice Turgut, Joerg Lahann, Hiroshi Yabu*, and Guillamume Delaittre*
Advanced Functional Materials
DOI: 10.1002/adfm.201800846(新しいタブで開きます)

参考図

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図 本研究成果の概念を示す模式図。

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図 合成したブロック共重合体の化学構造。赤・緑・青で着色した部分が反応性モノマーを示す。

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図 微粒子内部構造制御の一例。横軸はポリマー濃度、縦軸は良溶媒の初期比率を示している。特定の条件でラメラ構造が形成された。


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図 微粒子表面での蛍光分子導入の模式図(A)と得られた微粒子のSTEM像(B)および、ポリイソプレン部位を染色するOs(C)と蛍光分子のS(D)をマッピングしたEDX像、Bの四角で囲まれた部位を縦方向にスキャンした場合の各原子のシグナル強度(赤:S、黄:Os)。

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図 超解像蛍光顕微鏡によりリング状に検出された蛍光像。




 

用語解説

注1)ラテックス凝集法
液中において抗原物質に特異的な抗体をコーティングしたラテックス粒子を用い、抗原物質を検出する手法。抗原物質の濃度が上がるにつれ、ラテックスが凝集し濁度が上がるため、濁度(光散乱強度)を測定すると抗原物質の濃度が測定できる。
注2)クリック官能基
簡単かつ簡便に化学結合を形成するいくつかの反応に用いられる官能基。特定の物質と高効率で反応し、シートベルトがロックされるように素早く確実に結合が形成できる特徴がある。
注3)ブロック共重合体
2種類以上のポリマーが末端で結合した高分子材料。異なるポリマーの特徴をあわせ持たせることができ、ポリマー同士が混ざらない場合、各ポリマー相が数十nmサイズで水と油の様に相分離し、微細な構造を形成する。
注4)超解像顕微鏡技術
蛍光顕微鏡などの光学顕微鏡は回折限界により光の波長以下の構造を観察することはできないが、光学系や検出系を調整することでnmスケールの解像度を実現した顕微鏡技術。いくつかの方法があるが、本研究では蛍光を励起するスポットの周辺に蛍光を消光させる光を当てることで高い解像度を実現したSTimulated Emission Depletion (STED)法を用いた。この手法は2014年のノーベル化学賞の受賞テーマである。
注5)透過型電子顕微鏡(TEM)
試料に電子線を当て、透過した電子線を蛍光板やカメラで検出することにより構造を観察する手法。電子密度の高い部分は電子線が透過せず、影として検出されるため、異なる材料からなる試料の構造解析に使用される。
注6)走査型透過型電子顕微鏡(STEM)
検出原理はTEMと同じだが、電子線をスキャンすることにより試料に対するダメージを提言した手法。
注7)エネルギー分散X線分析(EDX)
試料に電子線を当てた際に得られる特性X線は原子種に依存するため、得られるX線を分析することにより、どの様な元素が試料に含まれているか分析が可能になる。

問い合わせ先

研究に関すること

藪 浩 (やぶ ひろし)
東北大学材料科学高等研究所 准教授

TEL : 022-217-5996
E-MAIL : hiroshi.yabu.d5@tohoku.ac.jp


報道に関すること

東北大学材料科学高等研究所
広報・アウトリーチオフィス

TEL : 022-217-6146
E-MAIL : aimr-outreach@grp.tohoku.ac.jp