3次元トポロジカル絶縁体薄膜の簡便な作製法と転写法を確立

2017年03月30日

東北大学原子分子材料科学高等研究機構(WPI-AIMR)
東北大学大学院理学研究科

3次元トポロジカル絶縁体薄膜の簡便な作製法と転写法を確立

-低電力消費素子への応用に道-

概要

東北大学大学院理学研究科の田邉洋一助教、ダウノックハン博士(当時東北大学大学院理学研究科物理学専攻博士課程3年)、同原子分子材料科学高等研究機構(WPI-AIMR)の谷垣勝己教授は、3次元トポロジカル絶縁体(*1) Bi2-xSbxTe3-ySeyの大型・高品質薄膜の簡便な作製法と転写法を確立しました。
3次元トポロジカル絶縁体は、物質内部は絶縁体で電流を通さず、表面には金属状態が存在し、電流を流すことのできる新しい絶縁体です。この表面状態は質量ゼロのディラック状態(*2)として知られており、非常に散乱の少ない電流とスピン流(*3)の生成が可能であることから省エネ素子への応用に向けた研究が行われています。3次元トポロジカル絶縁体を実用的な素子として使用するためには、高品質な薄膜が簡単に作製可能で、かつ、シリコンなど現在実用化されている様々な基板上に簡単に転写できることが望まれます。3次元トポロジカル絶縁体においては、これまで、分子線エピタキシー法(*4)を用いることで、大型で高品質な薄膜の作製が可能であることが報告されていましたが、分子線エピタキシー法では10-8Pa程度の超高真空下で薄膜を作製するため、製膜速度が遅く量産向きではないこと、製膜設備が非常に高価であることが問題でした。さらに、薄膜の転写には、保護膜の作製など複雑なプロセスが必要であること、また、転写後に試料の品質が低下することが問題となっていました。
今回研究グループは、3次元トポロジカル絶縁体 Bi2-xSbxTe3-ySeyの大型薄膜を、物理気相蒸着(*5)を用いることで、低真空(10-1Pa)で低コストな製膜設備を用いて作製する手法を開発しました。さらに薄膜を水に晒すだけで、育成用の基板から容易に剥離でき、様々な基板上に転写可能であること、転写後の薄膜の品質が、
Bi2-xSbxTe3-ySeyの単結晶なみに高品質であることを明らかにしました。本成果から、トポロジカル絶縁体を用いた電子デバイスにおいて鍵となる高品質薄膜の作製と制御が可能となったことから、省エネ素子への応用が期待されます。本研究は世界トップレベル研究拠点プログラム(WPI)の支援を受けて行われたもので、米国化学会誌「Nano Letters」にJust Acceptedでオンライン掲載されました。

研究の背景

3次元トポロジカル絶縁体は、物質内部は絶縁体で電流を通さず、表面には金属状態が存在し、電流を流すことのできる新しい絶縁体です。この表面状態は質量ゼロのディラック状態であり、非常に散乱の少ない電流輸送が可能であることが知られています。このような状態は、2010年にノーベル賞が与えられた炭素の2次元シートから成るグラフェンにおいて良く知られていますが、3次元トポロジカル絶縁体においては、電子のミクロな自転運動の軸であるスピンが運動方向に対して相対的に揃う性質を持つことから、散乱の少ない電流/スピン流を利用した省エネデバイスの実現が期待されており、新しい物理現象の開拓やこれを応用した素子の試作が世界中で行われています。3次元トポロジカル絶縁体を実用的な素子として使用するには、「高品質な薄膜を簡単な手法を用いて作製する技術」と「シリコンなど現在実用化されている様々な素子と組み合わせるための簡単な転写技術」が必要となります。3次元トポロジカル絶縁体においては、これまで、分子線エピタキシー法を用いることで、大型で高品質な薄膜の作製が可能であることが報告されていましたが、分子線エピタキシー法では10-8Pa程度の超高真空下で薄膜を作製するため、製膜速度が遅く量産向きではないこと、さらには、製膜設備が非常に高価であることが問題でした。さらに、薄膜の転写には、保護膜の作製など複雑なプロセスが必要であること、また、転写後に試料の品質が低下することが問題となっていました。

研究の内容

本研究では、図1に示すような市販の管状型電気炉に低真空・高排気で工業的に広く使用されているロータリーポンプを組み合わせただけの簡単な構成を用いることで、バルク絶縁性の高い3次元トポロジカル絶縁体
Bi2-xSbxTe3-ySey薄膜の合成を行いました。図1(b)に示すように、原料を片側が閉じたガラス管に入れ、ガラス管の出口に薄膜作製用のマイカ基板を設置し、10-1Pa程度の真空下において、電気炉を用いることで原料側を高温に保つような温度の勾配を作り出すことによって、基板上に効率よくBi2-xSbxTe3-ySeyの薄膜を作製しました。薄膜の表面を、原子間力顕微鏡により観察したところ、分子線エピタキシー法を用いて作製した3次元トポロジカル絶縁体薄膜と同様に、試料の結晶構造を反映した、3角形がきれいに配列した構造が見られることから、非常に簡単な手法にもかかわらず、分子線エピタキシー法なみの高品質な薄膜の作製が可能であることが明らかになりました。さらに、これを水に浸すことで、Bi2-xSbxTe3-ySey薄膜がマイカ基板から剥離可能であることを明らかにしました。転写後の薄膜試料の磁場中での電気抵抗率の振る舞いからは、ディラック電子に特徴的な位相のずれた振動が明瞭に観測され、解析から、電子の移動度が2500 – 5100 cm2(Vs)-1とBi2-xSbxTe3-ySeyの単結晶なみに高いことが明らかになりました。さらに、膜厚を薄くすることによって、表面の質量ゼロのディラック状態にエネルギーギャップが開くことによって、従来の半導体と同様に、散乱の少ない電流とスピン流が流れる状態(オン)と流れない状態(オフ)が制御可能であること、さらに、このオンオフ比がこれまでに、同様な手法を用いてエネルギーギャップを開けた3次元トポロジカル絶縁体の中で最大の~104と極めて高い値を示すことを観測しました。

今後の展開

3次元トポロジカル絶縁体の実用化に向けた研究において、高品質薄膜の簡単な作製法と転写法の確立は鍵となる研究でした。本成果から、これらが可能になったことから、今後、実用的な素子の試作を通して、散乱の少ない電流/スピン流を利用したメモリーデバイスなど様々な省エネ素子への展開が期待されます。

参考図

pr_170330_01.jpg図1.(a)薄膜合成に使用した管状型電気炉の写真と、合成の概要図.

pr_170330_02.jpg図2.(a)マイカ基板上に作製したBi2-xSbxTe3-ySey薄膜の写真(b)原子間力顕微鏡で観測した薄膜の拡大像(c)マイカ基板上に作製した薄膜を水に浸して剥離・転写する様子(d)酸化シリコン基板上に転写した様々な膜厚のBi2-xSbxTe3-ySey薄膜(e)Bi2-xSbxTe3-ySey薄膜において観測した磁場中での電気抵抗率の振動.

 

用語解説

(*1)3次元トポロジカル絶縁体
物質内部は絶縁体であるのに、表面に金属状態が生じている特殊な絶縁体物質。
(*2)ディラック状態
相対論的な粒子の運動を表す波動方程式によって記述される伝導電子。グラフェンや3次元トポロジカル絶縁体においては、この波動方程式における質量ゼロの場合と同様な、電子の運動量とエネルギーが線形の関係を持つ電子状態が観測される。
(*3)スピン流
スピン角運動量の流れのこと。例えば電子は電気的な自由度である電荷と、磁気的な自由度であるスピン角運動量を持っており、前者の流れを電流、後者の流れをスピン流と呼びます。
(*4)分子線エピタキシー法
半導体薄膜の結晶成長に用いられる手法の一つ。超高真空成長室内に設置したセル内で高純度原料を加熱、蒸発させるなどして、所望の半導体材料の構成元素を基板表面に照射して薄膜成長が行われる。非常に純度の高い結晶が得られること、精密な組成の制御が可能なこと、原子層オーダーでの膜厚の制御が可能であることなどが特徴。
(*5)物理気相蒸着
物質表面に薄膜を形成する蒸着法のひとつ。本研究では、3ゾーン式管状型電気炉を用い、上流(高温)側に置いた原料を下流(低温)側に置いた基板上に蒸着することで薄膜を合成した。

論文情報

“Large-Area and Transferred High-Quality Three-Dimensional Topological Insulator
Bi2-xSbxTe3-ySey Ultrathin Film by Catalyst-Free Physical Vapor Deposition”

(物理気相法による大面積で転写可能な高品質3次元トポロジカル絶縁体Bi2-xSbxTe3-ySey薄膜)
“Ngoc Han Tu, Yoichi Tanabe, Yosuke Satake, Khuong Kim Huynh, Phuoc Huu Le, Stephane Yu Matsushita, Katsumi Tanigaki”
Nano Letters, 2017 (Article ASAP)
DOI: 10.1021/acs.nanolett.6b05260(新しいタブで開きます)

問い合わせ先

研究に関すること

田邉 洋一(タナベ ヨウイチ)
東北大学大学院理学研究科物理学専攻 助教

TEL : 022-217-6173
E-MAIL : ytanabe@m.tohoku.ac.jp

報道担当

清水 修(シミズ オサム)
東北大学原子分子材料科学高等研究機構(WPI-AIMR)広報・アウトリーチオフィス
〒980-8577 宮城県仙台市青葉区片平2-1-1

TEL : 022-217-6146
E-MAIL : aimr-outreach@grp.tohoku.ac.jp