磁性材料の特性を左右する欠陥構造の特定に成功

2014年12月11日

東北大学原子分子材料科学高等研究機構(AIMR)

磁性材料の特性を左右する欠陥構造の特定に成功

-理論計算の予測を実験で再現-
東北大・英ヨーク大学の共同研究

概要

東北大学原子分子材料科学高等研究機構(AIMR)の幾原雄一教授(東京大学教授併任)と王中長准教授、陳春林助教の研究グループは、英国ヨーク大学と共同で、第一原理計算による構造探索と世界最先端の超高分解能走査透過型電子顕微鏡を駆使し、磁性材料である四酸化三鉄(Fe3O4)(黒錆)中の面状欠陥構造を、原子レベルで決定することに初めて成功しました。
本研究グループは、結晶中の格子欠陥である転位や粒界・界面を対象にして、その構造解析や格子欠陥を制御した新機能材料の開発を試みてきました。近年の原子分解能走査透過電子顕微鏡法の技術革新と第一原理による大規模な理論計算を併用することによって、今回の成果に至りました。
これまで、四酸化三鉄(Fe3O4)の面状欠陥構造は、物質全体の磁性を大幅に弱める要因であると予測されていましたが、本研究によりその原子構造だけでなく欠陥が持つ磁気特性も解明することができました。今後、本研究を起点にし、このような欠陥構造の形成を制御することで、磁性材料の特性向上や格子欠陥構造を活用したスピントロニクスデバイスの設計、新機能材料の研究開発につながることが期待されます。
本成果は2014年12月10日(英国時間)に英科学誌「Nature Communications(ネイチャー・コミュニケーションズ)」オンライン版で公開されます。

研究背景と経緯

2鉄鋼製品の原料や磁石として古くから利用されている磁鉄鉱は地球上に大量に存在し、触媒機能、充電池、磁気メモリ、医療用途など様々な場面で広く使われています。その主成分である四酸化三鉄(Fe3O4注1)(いわゆる黒錆)は、理論的には常温で半金属・フェリ磁性注2)を示すとされています。しかしながら現実に観測される磁性は非常に弱く、主な原因として磁鉄鉱に存在する面状格子欠陥(逆位相境界注3)Anti-Phase Boundary、APBと略す)の存在が考えられていました。また、これまでAPB近傍では特異な原子配置によって反強磁性を示し、物質全体としての磁性を大幅に下げる要因となるものと予測されていました。しかし、従来の理論モデルは定性的な予測にとどまり、APBの原子レベルの構造は未だ不明でした。磁鉄鉱の磁気特性制御や新規磁性材料の開発のためには、磁性体内部の特異構造に起因する磁気特性に関する理解が必要であり、今後の磁性材料の設計・開発にとっても不可欠です。このような背景の下、第一原理による理論計算と最先端の超高分解能走査透過型電子顕微鏡注4)を併用することによって、四酸化三鉄(Fe3O4)中に存在するAPBの原子構造とその特性について明らかにすることに初めて成功しました。

研究内容と展開

今回、幾原教授と王准教授、陳助教らは、英国ヨーク大学の研究グループと共同で四酸化三鉄(Fe3O4)に存在するAPBの原子レベルの構造解析を試みました。
先ず、第一原理理論計算により、エネルギー的に安定なAPB構造を系統的に探索しました。その結果、反強磁性を有する2種類のAPBを見つけることができました。そのうちの一方(APB-I)は、形成に要するエネルギーが極めて低く(102mJm-2)、鉄原子周辺の原子配置がバルクのものと殆ど変らないことが示唆されます。また、このエネルギーの低さから、熱処理過程でこのようなAPBが大量に形成されると考えられます。一方、APB-IIはAPB-Iとは異なる結晶構造を持っており、比較的高い形成エネルギーを有しています(954mJm-2)。図2は理論的に予測されたAPBの原子構造を示しており、橙色の四角形および六角形はAPBにおける周期構造を反映したユニットを示しています。APB-Iの構造ユニットが対称であるのに対し、APB-IIのそれは非対称ですから、それぞれの形成エネルギーの高低と符合していることも分かります。
次に、理論的に予測されたAPB構造が実材料でも観察されることを確認するため、最先端の超高分解能走査透過型電子顕微鏡法を用いて実験を行いました。数~数十ナノメートルの厚さの三酸化二鉄(Fe2O3)の薄膜を用意し、10-4Pa気圧下・700°Cで加熱・酸化し、三酸化四鉄(Fe3O4)の薄膜を作製しました。そして原子分解能走査透過型電子顕微鏡(200kV)を用いて高角度環状暗視野(HAADF)像を撮影しました。その結果、APB領域において、図3に示す通り、四角形および六角形の構造ユニットが明瞭に観察され、理論計算で予測した原子構造と一致することが分かりました。実験的にはそれぞれのAPBがもつ磁気特性を測定することは困難です。しかし原子構造が同定できたため、それを元に第一原理計算(密度汎関数法、DFT)を用いて計算した結果、APBでは反強磁性を発現していることが明らかになりました。つまり、界面を挟む2つのフェリ磁性領域が、APBで反強磁性を示すように接合されていることが示され、磁性体中に面状の反強磁性領域が欠陥として多数導入されていることが分かりました。
今後、本研究を起点にし、磁性材料の特性向上や格子欠陥構造を活用したスピントロニクスデバイスの設計、新機能材料の研究開発につながることが期待されます。

本成果は、2014年12月10日付(英国時間)で英国科学誌「Nature Communications(ネイチャー・コミュニケーションズ)」オンライン版で公開されます。尚、本研究は文部科学省によるナノテクノロジーハブ拠点、ナノテクノロジープラットフォーム事業の一環として実施されました。

参考図

pr_141211_01.jpg図1: 四酸化三鉄(Fe3O4)の3次元立体図。青色は(四面体構造の)鉄原子、灰色は(八面体構造の)鉄原子、赤色は酸素原子を示す。

pr_141211_02.jpg図2: 理論計算による四酸化三鉄(Fe3O4)のAPB構造({110}面)。青色は(四面体構造の)鉄原子、灰色は(八面体構造の)鉄原子、赤色は酸素原子、緑の矢印は結晶構造の対称性を表すベクトルを示す。橙色の四角形・六角形により、結晶の周期構造ユニットを表している。
四酸化三鉄の完全結晶 (b)APB-I 欠陥構造 (c) APB-II欠陥構造

pr_141211_03.jpg図3:四酸化三鉄APBの電子顕微鏡像
(a) 走査透過型顕微鏡による高角度環状暗視野(HAADF-STEM)像([1-10]晶帯軸)
(b) 理論計算によるAPB-I欠陥のHAADF-STEM像 ([1-10]晶帯軸)
(c) 走査透過型顕微鏡による高角度環状暗視野(HAADF-STEM)像 ([1-11]晶帯軸)
(d) 理論計算によるAPB-I欠陥のHAADF-STEM像([1-11]晶帯軸)
(e) 理論計算によるAPB-I欠陥の模式図([1-11]晶帯軸)。青色は(四面体構造の)鉄原子、灰色は(八面体構造の)鉄原子、赤色は酸素原子を示す。
(f) 熱処理後のAPBネットワークの明視野顕微鏡像([1-11]晶帯軸)

用語解説

注1)四酸化三鉄(Fe3O4)
いわゆる黒錆のこと。地球上に存在する磁鉄鉱の主成分。磁鉄鉱が風化し砂鉄となる。歴史的に鉄鋼材料や磁石として活用されてきた。二価の鉄イオンと三価の鉄イオンが混合している。鉄イオンが四面体と八面体の重心にあり、その頂点に酸素原子が配置された構造を持つ。(図1参照)
注2)磁性
原子のもつスピンが担う、物質が磁場に反応する性質。強磁性とは隣り合うスピンがすべて同じ方向を向き、大きな磁性を発現する性質。反強磁性とは、隣り合うスピン同士がすべて逆方向を向いていることにより、物質全体としては磁性を発現しない性質。フェリ磁性とは、隣り合うスピンが逆方向を向いているものの、イオンの種類によりスピンの大きさが異なるため、その差分により物質全体として弱い磁性を発現する性質。
注3)逆位相境界 (Anti-Phase Boundary, APB)
四酸化三鉄はバルク領域で強磁性を示すが、熱酸化過程で領域と領域の間に生じた境界で不整合が起こりバルクとは異なる特性を発現する可能性がある。これが位相境界であり、本論文では位相境界において反強磁性を示すことから、逆位相境界と呼んでいる。
注4)超高分解能走査透過型電子顕微鏡
0.1ナノメートル(1億分の1センチメートル)程度まで細く絞った電子線を試料上で走査し、試料により透過散乱された電子線の強度で試料中の原子を直接観察する装置

論文情報

“Atomic-scale structure and properties of highly stable antiphase boundary defects in Fe3O4
(四酸化三鉄の高安定逆位相境界欠陥の原子構造と性質)
Keith P. McKenna, Florian Hofer, Daniel Gilks, Vlado K. Lazarov, Chunlin Chen, Zhongchang Wang and Yuichi Ikuhara

問い合わせ先

研究に関すること

幾原 雄一 (イクハラ ユウイチ)
東京大学大学院工学系研究科総合研究機構 教授
東北大学 原子分子材料科学高等研究機構(AIMR) 教授

住所 : 〒113-8656 東京都文京区弥生2-11-16
TEL : 03-5841-7688
E-mail : ikuhara@sigma.t.u-tokyo.ac.jp

王 中長 (ワン チョンチャン)
東北大学 原子分子材料科学高等研究機構(AIMR) 准教授

住所 : 〒980-8577 宮城県仙台市青葉区片平2-1-1
TEL : 022-217-5933
E-mail : zcwang@wpi-aimr.tohoku.ac.jp

陳 春林 (チェン チュンリン)
東北大学 原子分子材料科学高等研究機構(AIMR) 助教

住所 : 〒980-8577 宮城県仙台市青葉区片平2-1-1
TEL : 022-217-5933
E-mail : chen.chunlin@wpi-aimr.tohoku.ac.jp

報道に関すること

中道康文
東北大学原子分子材料科学高等研究機構(AIMR) 広報・アウトリーチオフィス

TEL : 022-217-6146
E-mail : outreach@wpi-aimr.tohoku.ac.jp