末永智一教授・江刺正喜教授の研究グループ バイオLSIを開発:LSIとバイオMEMSの融合により実現

2012年06月20日

バイオ分子の挙動を標識分子なしでリアルタイムに画像化

東北大学マイクロシステム融合研究開発センター及び原子分子材料科学高等研究機構の末永(まつえ)智一教授・江刺正喜教授・井上久美研究員のグループは、日本航空電子工業株式会社、株式会社トッパン・テクニカル・デザインセンターとともに、バイオ分子の分布が変化する様子を応答電流の変化からリアルタイムに画像化することができるセンサシステム「バイオ LSI」の開発に成功しました。
今回開発されたバイオLSIは、最先端LSI技術とMEMS技術を融合することにより作製されたものであり、脳の疾患と関係する神経伝達物質の放出の様子の観察や、移植用組織の検査など、幅広い応用が期待されます。また、画像化だけでなく、各画素を1つのセンサとして使用することで、多くの細胞を同時に計測するなどの同時多サンプル計測に利用することもできます。
本研究は、JSTの先端融合領域イノベーション創出拠点形成プログラムのひとつであるマイクロシステム融合研究開発拠点で実施したものであり、本研究の成果は、6月13日に英国王立化学会によりにLab on a Chip誌電子版に掲載されました。

研究背景と経緯

バイオ分子の挙動をリアルタイムに画像化する技術は、生きている細胞同士のコミュニュケーションの解明や病気の診断など、基礎研究と実用技術の両方の分野で求められています。特に、生殖医療、神経科学、薬剤スクリーニングなどの観点から、細胞の活性の指標となる呼吸量評価や、細胞チ細胞間のコミュニュケーションに利用される神経伝達物質を、定量的に捉える技術が求められています。
バイオ分子の画像化には一般的に蛍光標識法が用いられていますが、蛍光物質で目的のバイオ分子を標識する必要があり、標識が邪魔になって本来のバイオ分子の状態を観察することができないという問題がありました。
本研究で採用したアンペロメトリー法※1は、電気化学計測法のひとつで、電極を用いて溶液中の化学物質を酸化/還元する際の電流変化から、化学物質の濃度を知ることができます。一般的にバイオ分子の画像化に用いられる蛍光測定法と比較して、標識蛍光物質が不要なため、本来のバイオ分子の挙動を観察できる利点がありますが、アンペロメトリー法は通常、1本の電極を用いて行うため、ある 1箇所の分子濃度を測定することはできても、その分布を画像化することはできませんでした。
これまでにアンペロメトリー法で分子分布を画像化するための手法として、2つの方法が検討されてきました。ひとつは電極を走査して画像化する方法で、もうひとつは多数の電極を並べたチップを作製する方法です。電極を走査する方法は、走査型電気化学顕微鏡(SECM)と呼ばれ、微小電極を利用することで高解像度に細胞から放出される物質を画像化することに成功していますが、走査に時間がかかるため、リアルタイムの測定は困難でした。他方、多数の電極を並べる方法は、従来のマイクロシステム技術(MEMS技術)では集積化に限度があり、100個を超える電極を1枚のチップ上に作製することは困難でした。

研究成果と今後の展開

今回開発されたバイオ LSIでは、アンペロメトリー用電極の作製にLSI技術を用いることで、10.5mm四方のチップ上に高感度電極を 400個集積することが可能になり、バイオ分子の高感度二次元にマッピングに成功しました。さらに、ビデオカメラと同様の信号処理法を LSIで行うことにより、1 / 8スケール以下で動画化ができるようになりました。 この結果、本研究グループでは、酵素の働きによって生成したバイオ分子が広がってゆく様子を 200ミリ秒間隔で捉えることに成功しました。
現在、貸し出し用のバイオLSIシステムを複数台用意しており、実用センサへの応用研究を実施する提携先を募集しています。

論文情報

題名
LSI-based Amperometric Sensor for Bio-imaging and Multi-point Biosensing
日本語名
バイオイメージングおよび同時多点計測を目的とした電流検出型バイオLSI計測システムの開発
著者
井上久美、松平昌昭、久保礼有志、中野将識、吉田慎哉、松崎栄、須田篤史、國方亮太、木村龍男、鶴見亮太、塩谷俊人、伊野浩介、珠玖仁、佐藤史朗、江刺正喜、末永智一
ジャーナル名
Lab on a Chip
出版元
Royal Society of Chemistry (英国王立化学会)
オンライン掲載日
2012年6月13日

補足資料

参考図


図1 (A)測定システムの全体写真。 (B)システム構成図。


図2 (A)LSIを搭載した測定チップ。センサ部のLSIはセラミック基板上の金配線に接続され、この測定チップを測定ユニットに挿入するだけで、測定装置との接続ができる。測定溶液を入れるためのアクリルの枠が設置され、この用液溜めの中の配線部は透明なエラストマー(素材:ポリジメチルシロキサン、PDMS)で保護されている、(B)LSI部分の拡大図。顕微鏡観察化での測定を想定し、光電効果によるノイズを防ぐためにLSI表面のできるだけ広い面積を金で被い遮光している。(C)測定部の拡大図。直径40ミクロンの電極部以外はエポキシ系の樹脂(SU-8 3005 フォトレジスト)で覆われている。


図3 グルコースオキシダーゼの働きによって生成した過酸化水素が広がってゆく様子をバイオLSIで捉えた画像。過酸化水素濃度が高い箇所ほど大きな還元電流が流れ、濃い色で示されている。右上はセンサ部分写真で、赤い点線の範囲にグルコースオキシダーゼが塗布されている。0sのときにグルコース(5mM)を添加した。


図4 図3の検出原理図。溶液中にグルコースを添加すると、グルコースオキシダーゼの働きによって過酸化水素が生成する。電極表面には予め西洋ワサビペルオキシダーゼ(HRP)配位オスミウム(Os)ポリマーが塗布してあり、生成した過酸化水素はHRPの働きによって水に還元される。この反応と共役してポリマー中のOs2+がOs3+に酸化される。電極にOs3+の還元電位(図3の実験では0.0 V vs. AgAgCl)を印加しておくと、生成したOs3+は電極から電子を受取って再びOs2+に還元される。このときに単位時間あたりに電極からOs3+へ渡された電子の数(すなわち電流)をLSI回路で検出する。

用語解説
※1 アンペロメトリー法
電極に一定電位を印加した状態で、流れる電流を測る電気化学測定法。電流は電極上で分子が酸化/還元することにより発生する。電流の大きさと酸化還元分子の濃度は比例するので、定量分析に利用することができる。
※2 バイオセンサ
分子認識素子として生体起源の物質を用いた化学センサ。例えば、抗原と抗体の特異的な結合を利用したイムノセンサや相補型DNA同士が結合することを利用したDNAセンサなどがある。