大野英男教授の研究グループ 3端子型スピントロニクス素子の高信頼性を実証

2012年06月11日

概要

国立大学法人東北大学(総長:里見進/以下、東北大学)省エネルギー・スピントロニクス集積化システムセンター及び電気通信研究所の大野英男教授(AIMR主任研究者)のグループは、国立大学法人京都大学(以下、京都大学)、日本電気株式会社(以下、NEC)との産学連携研究により、3端子型スピントロニクス素子の開発を行い、世界で初めて既存の半導体技術と同レベルの高信頼性を実証することに成功しました。本開発ではナノメートルサイズの磁石材料の構成を最適化することにより、(1)十分な動作安定性と耐久性、(2)温度や磁場などの使用環境に対する優れた耐性、加えて(3)車載応用などで想定される150℃の高温において10年間のデータ保持特性が実現されることも確認しました。デジタル機器の頭脳であるシステムLSIでは、現在待機時の消費電力の増大が深刻化しています。今回得られた成果は、開発した技術が既存システムの信頼性や利便性を損なうことなく、新たに待機電力ゼロという価値を提供できることを示しており、実用化に向けた開発が加速されることが期待されます。

背景

システムLSIはこれまでパソコン、携帯電話などのデジタル機器が高性能化する上で主要な役割を果たしてきました。しかし、この先の高性能化に向けては大きな壁が立ちはだかっており、その最たるものが待機時の消費電力の増大です。昨今この問題を解決する手段として、スピントロニクス技術に注目が集まっています。既存のシステムLSIを構成する半導体記憶回路では電源をオフにすると記憶データを消失してしまう(揮発性)のに対して、スピントロニクス素子では磁石の性質を情報の記憶に利用することで情報を保持するための電力が不要(不揮発性)となり、待機時の消費電力をゼロにすることが可能です。このスピントロニクス素子には2端子型と3端子型があります。3端子型は書込みと読出しが独立な端子間で行われるため比較的高速のメモリや高速論理回路の不揮発素子(注1)に適しています。
また、微細な磁石そのものに電流を流すことで磁石のN極とS極を反転させられる現象「電流誘起磁壁移動(注2)」が起こり、スピントロニクス分野の新技術として注目を集めています。この電流誘起磁壁移動は上述の3端子型のスピントロニクス素子との相性がよく、またスケーラビリティー(注3)に優れることから最先端のLSI世代への適用が可能です。これまでの研究開発では、電流誘起磁壁移動を利用した3端子型スピントロニクス素子でメモリデバイスとしての基本動作が実証されていました。

研究課題

スピントロニクス素子は上述のとおり既存の半導体技術にはない待機電力ゼロという新たな価値を提供できます。しかし、実際に既存のシステムLSIの市場で使用されるためには、既存技術が有している信頼性や利便性を損なわないことも必要です。具体的には、(1)既存の半導体素子では動作の安定性(エラーレート)や素子の耐久性が10年間の使用に耐えうるものとなっておりますが、同様の性質はスピントロニクス素子でも求められます。また、(2)既存の半導体素子が使用される様々な温度や磁界環境において、スピントロニクス素子も動作することが求められます。その上で、(3)10年間のデータ保持、すなわち不揮発性という既存のシステムには無い新たな価値が実証されれば、いよいよスピントロニクス素子の実用化が現実味を帯びてきます。

研究手法と成果

今回、東北大学、京都大学、NECの研究グループは、電流誘起磁壁移動素子において情報の記憶を担うコバルトとニッケルからなるナノメートルサイズの磁石薄膜の構成を詳細に検討しました。そして開発した磁石薄膜から加工した素子において、以下に述べるように既存の半導体技術と同等レベルの特性を維持しながら、同時にスピントロニクス素子独自の新たな不揮発性という価値を提供できることが実証されました。
まず(1)試作した3端子素子が必要とされる動作安定性や耐久性を有していることが確認されました。次に(2)-200~150℃の温度範囲、及び±50エルステッド(注4)以下の磁場範囲で評価環境を変えても書込み特性が変動しないことを確認しました。加えて、(3)試作した3端子素子が150℃において10年間のデータ保持特性を有していることを確認しました。この150℃は車載応用等LSI製品に要求される最大動作温度です。これらの3つの要件が同時に満たされたのは世界でも初めてのことです。なお、これらの特性は実際に集積回路上に試作したプロトタイプチップにおいても確認されました。

研究成果の意義

本研究で明らかにした3端子素子の高信頼性能は、誤り訂正などの回路システムの負担を軽減するものであり、いよいよスピントロニクス論理集積回路の実用化の道が開けました。

なお、東北大学は今回の成果を、6月12日から15日まで米国ハワイで開催される半導体デバイス技術の国際学会「2012 Symposium on VLSI Technology」において、12日に発表します。

本成果は、内閣府の最先端研究開発支援プログラム(題名:「省エネルギー・スピントロニクス論理集積回路の研究開発」、中心研究者:東北大学 大野英男教授)によって得られたものです。

(注1)高速論理回路の不揮発素子
LSIにおいて情報処理を司る論理回路には一時的に情報を記憶する回路が連結されており、代表的なものにフリップフロップがあります。この記憶回路が不揮発化されれば、高頻度で電源のオンオフを切り替えることが可能になり、その結果として圧倒的な低消費電力化が可能となります。
(注2)電流誘起磁壁移動
磁石のもつ磁気的性質は電子のもつ磁気モーメントに由来しています。磁石の内部をミクロに見ると、この磁気モーメントの方向が揃った領域があり、これを磁区と言います。また異なる方向の磁気モーメントを有する磁区と磁区の境界領域を磁壁と言います。電流誘起磁壁移動とは、この磁壁を貫通する方向に電流を導入したとき、磁壁が電流と逆方向(電子の方向)に移動する現象のことです。1978年に L. Bergerによって理論的に予言され、2004年に京都大学の小野輝男教授や東北大学の大野英男教授の研究グループによって単一の磁壁の電流誘起磁壁移動が世界で初めて実験的に示されました。
(注3)スケーラビリティー
デバイスのサイズを低減したときに、それに伴って特性が向上する性質のことです。LSI技術ではこのスケーラビリティーの高さからこれまで数10年にわたってその性能を飛躍的に高めてきましたが、現在その物理的な限界が見え始めています。
(注4)エルステッド(Oersted、記号:Oe)
磁場の強さの単位の一つで、1[Oe]は1[emu / cm]の磁極から1[cm]離れた位置での磁場の強さ、または半径1[cm]の1巻きの円形の閉回路に1 / 2π[A]の電流が流れている時に、閉回路の中央に生じる磁場の強さと定義されます。地磁気のつくる磁場は0.5[Oe]程度です。

以上

問い合わせ先

東北大学 省エネルギー・スピントロニクス集積化
システムセンター支援
室長 門脇 豊

TEL : 022-217-6116
E-MAIL : sien@csis.tohoku.ac.jp