国際シンポジウム
分野や国を超えた連携とその相乗効果を求めて

2019年04月26日

イノベーションを担う科学者たちが一堂に会し、材料科学とスピントロニクス研究の未来をめぐって活発な議論を交わした

3日間のシンポジウムには250名を超える研究者が参加した。
3日間のシンポジウムには250名を超える研究者が参加した。

2017年に文部科学省から指定国立大学法人に指定された東北大学は、最も強みを有する「材料科学」、「スピントロニクス」、「未来型医療」、「災害科学」の4領域で、世界レベルの研究力の確立に取り組んでいる。2018年には、材料科学とスピントロニクス研究における新たな計画が開始されることを記念して、世界トップレベル研究拠点のキックオフシンポジウムが仙台で開催された。これに続き、今年も2月16日~18日に二つの領域の研究拠点が合同で企画した第2回シンポジウムが開催された。

参加した250名を超える国内外の研究者たちにとって、今回のシンポジウムは、構造材料、電子材料、生体材料、エネルギー材料、数学、情報科学といった幅広いトピックに関して意見交換を行う貴重な機会となった。ここで繰り返し強調されていたのは、分野や国を超えた連携の重要性であった。

異分野融合を目指す共同研究の重要性

開会の挨拶に立った東北大学の大野英男総長は、歴史上の多くの科学的偉業が共同研究を通して成し遂げられてきたと指摘した。自身も著名な物理学者である大野総長は、磁気学分野における東北大学の顕著な貢献について説明し、その例として、100年以上前の本多光太郎教授の先駆的研究から近年の佐川眞人博士による最強の磁石の発明までを振り返るとともに、異分野間連携の取り組みによって、これらに続く業績が生まれることへの期待を語った。

続いて東北大学材料科学高等研究所(AIMR)の小谷元子所長が、東北大学が材料研究、コンピューター科学、工学の各分野にもたらした飛躍的進歩の例を紹介し、東北大学が導入している多層的アプローチについて説明した。その目的は、材料科学研究拠点においてだけでなく、上記4領域の各拠点(コアリサーチクラスター)での研究活動を強化するようなエコシステムを確立することにある。

小谷所長は、「東北大学では現在400名以上の研究者が材料科学研究に従事しています」と語った。「世界的な広がりを持つ学際的な連携を構築するためには、相乗効果が鍵となります」。

先端スピントロニクス研究開発センター(CSIS)のセンター長である東北大学理学研究科物理学専攻の平山祥郎教授は、コアリサーチクラスターの一つであるCSISでの活動が、いかにして次世代IoT(モノのインターネット)への応用に向けた技術的基礎を構築するかを説明した。また、スピントロニクスやトポロジカル材料のさらなる発展への足掛かりとして、東北大学と清華大学(中国北京市)の協力関係が重要であると語った。

清華大学の副学長でありAIMRの主任研究者でもあるQi-Kun Xue教授は、持続可能な開発のためには材料科学とスピントロニクスの研究が重要であると強調した。Xue 教授は、清華大学と東北大学が20年以上にわたって育んできた緊密な協力関係が、こうした重要分野のさらなる共同研究を促す土台になるだろうと語った。

施釉(せゆう)陶器から超高速メモリーデバイスまで

Alan Lindsay Greer教授は、さまざまなガラス形成系の結晶化を研究する可能性について述べた。
Alan Lindsay Greer教授は、さまざまなガラス形成系の結晶化を研究する可能性について述べた。

プレナリーセッションでは、2人の研究者が講演を行った。最初に登壇したのは、東北大学と長年にわたり共同研究を行ってきたケンブリッジ大学の材料科学系教授で、AIMRの主任研究者でもあるAlan Lindsay Greer教授だ。Greer教授は、ポリマー、カルコゲナイド、金属、合金など、さまざまなガラス形成系の結晶化研究の進展について概説し、極めて広範な結晶成長速度が熱力学的パラメーターや速度論的パラメーターと相関していると述べた。こうした成果は、基礎科学的に興味深いだけでなく、超高速計算システムの開発において重要になってくる可能性がある。「高速結晶化の研究はコンピューターメモリーと関連があり、また、高速相変化に向けた金属の応用につながる可能性もあります」。

次にGreer教授は、「純粋な金属は、従来の考え方に反してガラス形成体とみなせるか」という疑問を取り上げ、「どうやらガラス形成体とみなせそうです。しかも、この考え方は大いに利用できそうです」と語り、ガラス転移におけるフラジリティーの概念を説明した。フラジリティーとは、液体粘性の温度依存性がアレニウス則からどの程度外れているかを表す指標であり、液体の冷却によって起こると考えられるフラジャイルな挙動(アレニウス則から外れた「超アレニウス挙動」)からストロングな挙動(シリカガラスに代表される、アレニウス則に従う振舞い)への変化(クロスオーバー)が、高速結晶成長の理解に欠かせないものになる可能性があるという。Greer教授は、「昔の人は、ガラスのこの特性を知っていました。この特性は、吹きガラス製法と非常に関係が深いのです」と指摘した。「フラジャイルからストロングへのクロスオーバーは、メモリーデバイスの性能にとって重要であると考えられます」。

Greer教授は、19世紀のフランスと日本の施釉陶器の画像を示しながら、相変化によって起こりうる現象の別の例を挙げた。施釉陶器に見られるリング状のパターンは、陶芸家がどこで窯の温度を変えたかを示しており、厳密な温度管理が行われたことが分かるという。Greer教授は、これらのパターンと、アモルファス薄膜における爆発的結晶化という興味深い現象によって生じたナノスケールの渦巻きパターンを比較し、類似点を挙げた。また、相変化の応用に向けて、材料の設計や最適化の点でまだまだ研究すべきことは多いと語った。

量子コンピューティングに向けての次なるステップ

Kang Wang教授は、量子コンピューティングの可能性について熱く語った。
Kang Wang教授は、量子コンピューティングの可能性について熱く語った。

続いて、カリフォルニア大学ロサンゼルス校のKang Wang教授は、「なぜトポロジカル量子コンピューターに注目すべきなのか」と題した講演において、古典コンピューターでは手に負えないような問題を量子コンピューターが解くことで、非常に面白い可能性が開けてくるだろうと語った。創薬、全身を対象とした解析の技術、スマート交通管理、地震防災はもとより、観測可能な宇宙における原子計数にも大きな影響を及ぼす可能性があるという。

現在のコンピューターは、0と1を用いる二進法に基づき、逐次モードで演算を行っている。これに対して量子コンピューターは、量子ビット(キュービット)を用いて、全く異なる超並列処理で演算を行う。Wang教授は、「キュービットは『重ね合わせ』や『もつれ』と呼ばれる状態にあり、0と1は独立した状態とはみなされません」と説明した。「けれども、こうした重ね合わせやもつれでは位相コヒーレンスが維持される必要があり、これが、量子コンピューティングの実現やキュービット数を増やしていく上での大きな課題になっているのです」。

Wang教授は、自身の研究チームが、デコヒーレンスの課題を克服してロバストなトポロジカル量子コンピューティングを実現するための新しいアプローチを発見した経緯を説明した。彼らは数年前に、エットーレ・マヨラナが1937年に理論的に予言した、粒子と反粒子が同一である謎のフェルミ粒子「マヨラナ粒子」の存在を示す確実な証拠を見いだしている。Wang教授は、「マヨラナ粒子をトポロジカルキュービットとして用いれば、ロバストなトポロジカル量子コンピューティングを実現できるかもしれません」と語った。

数学的アプローチによって一体化された学際的研究と教育

今回のシンポジウムでは、「数学と情報科学」と「材料科学国際共同大学院プログラム(GP-MS)」という二つのセッションが新たに加わり、合計七つのセッションが開催された。「数学と情報科学」のセッションでは、AIMRの主任研究者である水藤寛教授が司会を務めた。GP-MSは2019年4月に正式に発足した東北大学の新しい国際ダブルディグリープログラムで、工学研究科の及川勝成教授がプログラム長を務める。東北大学は近年、こうした国際ダブルディグリープログラムの幅を広げており、他にもスピントロニクス国際共同大学院プログラム(GP-Spin)やデータ科学国際共同大学院プログラム(GP-DS)などが実施されている。

「数学と情報科学」のセッションが加わったことは、データが豊富な世界で数学とその応用が果たす役割が大きくなっていることを反映している。小谷所長は、「数学に裏打ちされた材料科学の研究ができることは、AIMRのユニークな強みの一つです 」と語った。「今日のデジタル社会は、人工知能、IoT、ビッグデータの台頭を目の当たりにしています。数学的なアイデアをこうした領域に拡張しようとする研究者も増えています。これはAIMRだけでなく世界的な傾向です。新しいセッションは、私たち数学者に何ができるかを示す絶好の機会です」。

小谷所長はさらに、数学が伝統的な学問分野の壁を超える世界共通語であることや、AIMRが世界トップクラスの研究者たちにとっていかに魅力的な機関であるかについて触れた。また、より多くの女性が数学や材料科学分野での研究に関心を抱き、活躍の道を見いだせるようになって欲しいと希望を語った。

ポスターセッションは、研究者たちが最新の研究成果について議論する機会となった。
ポスターセッションは、研究者たちが最新の研究成果について議論する機会となった。

3日間にわたりさまざまな分野を取り上げた今回のシンポジウムは、世界中の共同研究者や友人たちの参加を受け、異分野融合研究や国際連携の促進において大きな成功を収めることができた。このシンポジウムはまた、AIMRが創設以来ずっと重きを置いてきた材料科学とスピントロニクス研究の最先端について、活発な議論が繰り広げられる場となった。

シンポジウムの前日には、サテライトイベントとして、ガラスに関するより専門的なワークショップが開催された。このワークショップは、数学分野と材料科学分野の連携強化のために2012年から毎年開催されている。参加者たちは、金属ガラスなどのアモルファス材料について、深く掘り下げた議論を行った。