貴金属を用いず水電解の過電圧を低減する技術を開発

2025年07月24日

国立大学法人東北大学
AZUL Energy 株式会社

貴金属を用いず水電解の過電圧を低減する技術を開発

─ 低コストなグリーン水素製造の実現に期待 ─

発表のポイント

  • 水電解過電圧(注1)の主要因である酸素発生反応をレドックス化合物(注2)の酸化反応に置き換えることで、高価な貴金属触媒を用いず過電圧を劇的に低減
  • 光還元できるレドックス化合物を用いることで低過電圧の保持に成功
  • 水電解だけでなく様々な電解反応等への展開に期待

概要

二酸化炭素(CO2)の排出を伴わないグリーン水素(注3)の製造において水電解の高効率化は喫緊の課題であり、実現のために水電解における電力コストを低減する技術が求められています。電極における反応過電圧は電力コストに直結するため、従来は高効率な貴金属触媒を用いて反応過電圧の低減が試みられてきました。特に酸素発生極における酸素発生反応(Oxygen Evolution Reaction, OER)は過電圧が大きいため、その過電圧低減が特に重要とされています。

東北大学材料科学高等研究所(WPI-AIMR)の藪浩教授(主任研究者、同研究所水素科学GXオープンイノベーションセンター副センター長)らの研究グループは、東北大発スタートアップ企業のAZUL Energy(仙台市、伊藤晃寿社長)、東北大学バイオ創発共創研究所と共同でレドックス種の一つであるハイドロキノン(HQ)を電解液に添加することにより、イリジウム(Ir)などの貴金属を用いずに低過電圧で水素製造が可能な「再生レドックス媒介電解システム(Regenerative Redox Mediated Electrolysis System, RReMES)」の実証に成功しました。

本研究で開発した電解技術は、グリーン水素製造における電力コスト低減に貢献する技術として期待されます。

本研究成果は、7月14日(現地時間)に科学誌Advanced Sustainable Systemsのオンライン速報版に掲載されました。


図1. RReMESの概略図(左)と電解過電圧の時間依存性(右)。右図でHQなしの場合(黒線)は高い水素発生過電圧が生じているが、HQありの場合は大幅に低減した(緑線・赤線)。光照射がない場合は、HQが消費されて途中で過電圧が上昇する(緑線)のに対し、光照射ありの場合は低電圧を保った(赤線)。

詳細な説明

研究の背景

グリーン水素は、再生可能エネルギーによる水電解によって生成され、持続可能な水素社会の実現において鍵となる技術とされています。しかし、水電解の際に必要な過電圧、特にOERの高い過電圧が、水電解に必要な電力を増大させ、高いオペレーションコストにつながっています。

OER活性を有する触媒を用いることでOER過電圧の低減が検討されていますが、現在利用されている高効率なOER触媒の多くはイリジウムなどの希少金属をベースとしており、資源的・経済的制約のため設備コストが増えるというジレンマが生じています。そこで、OER触媒に依らない過電圧低減戦略が求められていました。

今回の取り組み

本研究では、電解液中にHQを溶かしておくことにより、OERの代替としてHQORを用い、さらに、生成したBQを光照射によってHQに再還元することで、持続的な低過電圧の水電解を実現する「再生型レドックス媒介電解システム(RReMES)」を提案しました。

HQは化粧品や工業用途に幅広く用いられている化合物であり、安価で入手可能です。HQの酸化反応はOERよりも低電位で進行することから、水電解における酸素発生極の反応をHQORで置き換えられるため、過電圧の低減が実現できます(図2)。また、BQは吸収する波長の光を当てることで、光化学的にHQに再生可能です。このHQとBQの酸化還元サイクルを構築することでOERを回避しつつ持続的に水素を生成することができます。

図3に示した実験セルおよび光照射システムを用いて水素発生実験を行った実験では、HQを電解液に加えることで通常の水電解の場合に比べ、約1.4 Vの過電圧低減が確認され(図1)、光照射により安定した電解反応が維持されることを示しました。

本技術は、レアメタル触媒を用いずに電解過電圧を低減することで、高効率なグリーン水素製造技術につながるものと期待されます。


図2.OERをHQORに置き換えた場合の過電圧の低減。


図3.RReMESの写真。

本研究の意義

本研究で開発したRReMESは、高価な触媒を必要とせず、安価かつ入手しやすいHQを用いることで、水電解のエネルギーコストを大幅に削減できる可能性を示しています。また、光還元によるBQの再利用を通じて、長期間にわたり安定的な水電解が可能であり、再生可能エネルギーと組み合わせた次世代の水素製造システムとして実用化が期待されます。今後は、高濃度条件下でも安定に機能する最適なレドックスメディエーターの開発を進め、技術の社会実装を進めていきます。

謝辞

本研究の一部は日本学術振興会科学研究費(JP23H00301)および科学技術振興機構未来社会創造事業(JPMJMI22I5)などの支援を受けて行われました。

用語解説
注1. 水電解過電圧
水を電気分解する際に、理論電圧以上に実際にかけなければならない電圧差。
注2. レドックス化合物
電子を受け取ったり(還元)、渡したり(酸化)することで、酸化還元反応に関与できる化合物。
注3. グリーン水素
製造過程でCO2が排出されない最もクリーンな水素。洋上風力などの再生可能エネルギーを利用して水を電気分解することで作られる。これに対し、天然ガスや石炭などの化石燃料を用いて作られ、大量のCO2の大気中への排出を伴う水素をグレー水素と言う。CO2は排出するが、回収したCO2を貯留したり、他の産業プロセスで利用したりする場合はブルー水素と言う。

論文情報

タイトル: A Regenerative Redox-Mediated Electrolysis System (RReMES) for Efficient Reduction of Water Electrolysis Overpotentials
著者: Yutaro Hirai, Kosuke Ishibashi, Hiroshi Yabu
掲載誌: Advanced Sustainable Systems
DOI: 10.1002/adsu.202500668新しいタブで開きます

問い合わせ先

研究に関すること

東北大学材料科学高等研究所 (WPI-AIMR)
教授 藪 浩(やぶ ひろし)(研究者プロフィール

Tel: 022-217-5996
E-mail: hiroshi.yabu.d5@tohoku.ac.jp

報道に関すること

東北大学材料科学高等研究所(WPI-AIMR) 広報戦略室

Tel: 022-217-6146
E-mail: aimr-outreach@grp.tohoku.ac.jp