国際シンポジウム
材料科学とスピントロニクスの新たな始まり

2018年04月23日

東北大学の材料科学とスピントロニクス研究の新時代の幕開けを飾る記念すべきシンポジウムが開催された

2017年6月に指定国立大学法人に選ばれた東北大学では、世界トップレベルの研究拠点を形成するための計画が進められている。東北大学は「材料科学」、「スピントロニクス」、「未来型医療」、「災害科学」の四つの重要領域で高い評価を得ているが、新たな世界トップレベル研究拠点の形成により、その評価を揺るぎないものにしようとしている。東北大学材料科学高等研究所(AIMR)は、材料科学研究拠点の形成において、学内の他の研究所や研究科と連携して、拠点形成の中心的な役割を果たすことになる。

講演を聴くキックオフシンポジウムの参加者。
講演を聴くキックオフシンポジウムの参加者。

2018年2月19日~20日、学際的な意見交換とアイデア共有を促すため、世界トップレベル研究拠点のキックオフシンポジウムが仙台で開催された。このシンポジウムは、材料科学グループとスピントロニクスグループが共同で企画した初のイベントであり、東北大学のみならず海外の大学や産業界のリーダーが集結した。

開会の挨拶に立った東北大学の里見進総長は、東北大学が東京大学と京都大学とともに指定国立大学法人に選ばれた栄誉について語った。また、国際競争力を高めるという観点から、新しい枠組みの下で研究力を強化し、最良の研究環境を提供することの重要性を強調した。

社会を変革する

文部科学省からは高等教育局担当の信濃正範審議官が登壇し、「社会の変革とSociety 5.0の実現の原動力となる研究の推進」への期待を語った。2016年に第5期科学技術基本計画において提唱されたSociety 5.0は、人工知能、ビッグデータ、ロボティクス、モノのインターネット(IoT)を広く取り入れることで社会の変革を目指す取り組みだ。

続いて登壇した総合科学技術・イノベーション会議の久間和生常勤議員もSociety 5.0に触れ、「産業・社会システムにおいて新たな価値を創出するカギはサイバー空間とフィジカル空間の融合にある」とし、Society 5.0の実現には新しい材料開発の手法が必要不可欠であると語った。

久間氏はまた、小谷元子所長が指揮するAIMRの金属ガラス、多孔質材料、スピントロニクス材料分野の業績を強調し、東北大学電気通信研究所(RIEC)所長でAIMRの主任研究者でもある大野英男教授と東北大学国際集積エレクトロニクス研究開発センター(CIES)の遠藤哲郎センター長がもたらしたスピントロニクスの目覚ましい進歩を称賛した。

誇るべき伝統の上に

続いて挨拶に立った小谷所長は、東北大学の百年を超える材料研究の歴史を紹介した。1916年の金属材料研究所(IMR)の創設と、永久磁石鋼の開発で知られる本多光太郎初代所長の業績に始まる輝かしい歴史は、2001年の多元物質科学研究所(IMRAM)の創設、2007年のAIMRの創設へと続いている。

豊かな歴史を受け継ぐAIMRは、現在、数学と連携した材料科学研究に邁進している。小谷所長は、「グローバルな連携ネットワークを通して国際的な結びつきを強化し、大学全体の研究力を集約することで最先端研究を活かし、社会のニーズに応える、国連の『持続可能な開発目標』の達成に向けて努力する」ことの重要性を説いた。

2018年4月から東北大学総長となる大野英男教授は、RIEC所長としての立場で講演し、同じく東北大学の豊かな歴史を振り返る中で、半導体研究のパイオニアである西澤潤一名誉教授と、世界中でハードディスクに使用されている垂直磁気記録技術の発明者である岩崎俊一名誉教授の業績に触れた。

大野教授はスピントロニクスを「これらの初期の偉業を受け継ぎ、組み合わせた分野」と位置づけ、材料科学から物性物理学、デバイス工学、システム応用へと広がったスピントロニクスは、今後はSociety 5.0の実現の基礎となるだろうと語った。

多様な技術

講演に先立ち、2011年に準結晶に関する研究でノーベル化学賞を受賞したDan Shechtman教授が東北大学に祝辞を贈り、若い科学者たちが東北大学の良き伝統を受け継ぎ、優れた業績を挙げることを期待するとのメッセージを寄せた。

その後、スピントロニクス技術、数学、計算科学と材料科学の各分野の新展開をカバーする基調講演から六つのセッションが始まった。

シンポジウムの基調講演の講演者(左上から時計回りに、David Awschalom教授、Alfio Quarteroni教授、鶴丸哲哉氏、佐川眞人氏)。
シンポジウムの基調講演の講演者(左上から時計回りに、David Awschalom教授、Alfio Quarteroni教授、鶴丸哲哉氏、佐川眞人氏)。

シカゴ大学のDavid Awschalom教授は、デバイスから欠陥を取り除くことを目指す従来のアプローチとは対照的に、「量子系に欠陥を戻してやることで新しい電子技術や光学技術を探求」するアプローチを紹介した。例えば、炭化ケイ素に欠陥を導入してスピンダイナミクスを新たなレベルで制御することによって、量子情報処理や医用画像化技術に多大な影響を与える可能性があるという。

ミラノ工科大学(イタリア)とスイス連邦工科大学ローザンヌ校(EPFL)に所属するAlfio Quarteroni教授は、「ハートに数学を」と題した講演を行い、数値シミュレーションを用いて人間の心臓のような複雑な系をモデル化する方法を説明した。Quarteroni教授は、健康な心臓と不健康な心臓のシミュレーションは、心臓血管疾患の診断や治療計画の立案に役立つだろうと期待を述べた。また、数学モデルは地震学やスポーツ科学といった幅広い分野で新たな知見をもたらしていると語った。

ルネサスエレクトロニクス代表取締役会長の鶴丸哲哉氏は、新しい技術的要求に対する解決策を提示できる可能性が最も高いのはスピントロニクスだと考えている。鶴丸氏は、東北大学のスピントロニクス研究はトップレベルにあるとして、産業界との相互協力を深めることの重要性を強調した。また、半導体には世界を変える力があり、今後の課題は、グローバルな人材を育成し、開かれた技術革新を奨励することだと語った。

著名な発明者で、現在は大同特殊鋼の顧問を務めている佐川眞人氏は、2012年に日本国際賞を受賞したネオジム-鉄-ホウ素焼結磁石の開発に関する自らの業績について講演を行った。佐川氏は東北大学での研究とその後の東北大学との共同研究に触れ、「東北大学、特に金属材料研究所の貢献は、世界最強の永久磁石の進化にとってなくてはならないものでした」と振り返った。そして、この磁石の最も有望な用途はロボットと電気自動車であるとし、ネオジムなどの軽希土類元素に基づくクリーン技術の時代を「希土類-鉄磁石時代」と名付けることを提案して講演を締めくくった。

将来に向けて

小谷所長は、材料科学の世界トップレベル研究拠点について手短に紹介した後、これまでのAIMRの活動を概説し、自身の専門である幾何解析について説明した。続いて、「機能材料に基づく高効率エネルギー変換・貯蔵システムの開発や、構造材料に基づく高信頼性社会基盤システムの開発など、世界的に重要性を増している新しい研究目標」を達成するためには、材料科学と数学との連携が欠かせないとする展望を語った。

さらに、AIMRの三つのターゲットプロジェクトは既に実を結んでいると述べ、共通語としての数学が「データを可視化、数値化、概念化」して材料科学の理解を深めるのに役立っているとした。

小谷所長は東北大学の指定国立大学としての新しい枠組みについて、「中心的研究拠点に選ばれたことを大変誇りに思っています。AIMRが他の研究拠点のロールモデルとして、WPIプログラムで世界トップレベルの地位を達成するために開発したノウハウを伝えられることは、この上ない喜びです」と述べた。さらに「AIMRは新設されたWPIアカデミーのメンバーとしてトップレベルの研究水準を維持し、東北大学の新しい材料科学研究拠点で中心的な役割を果たすことを目指します」と続けた。

スピントロニクスの可能性を引き出す

基調講演の最後の講演者として登壇した大野教授は、人工知能向けナノスピントロニクスデバイスやVLSI(超大規模集積回路)について講演した。大野教授は、理想的なワーキングメモリー技術は「事実上無限の耐久性をもつ、スケーラブルな、高速不揮発性メモリー」であるとし、「スピントロニクスメモリーデバイスは、この理想を実現できることがわかっている唯一のデバイス」であるとした。

シンポジウムのポスターセッションで情報交換する研究者たち。
シンポジウムのポスターセッションで情報交換する研究者たち。

大野教授は、産業界が多様な人工知能向け用途を実現するにあたっては、スケーラビリティーが最優先事項の一つとなり、この点で材料が非常に重要になってくると指摘した。今後の課題は、「知識を深めて実社会に伝え、最先端技術のR&Dプラットフォームを提供すること」であるという。

仙台国際センターで開催された2日間のシンポジウムには15名の招待講演者を含む計373名が参加し、183件のポスターが掲示された。

AIMR Workshop 2018で、ケンブリッジ大学(英国)のChris Pickard 教授(写真左;AIMR主任研究者)に質問するウィスコンシン大学マディソン校(米国)のJohn Perepezko教授(AIMR連携教授)。
AIMR Workshop 2018で、ケンブリッジ大学(英国)のChris Pickard 教授(写真左;AIMR主任研究者)に質問するウィスコンシン大学マディソン校(米国)のJohn Perepezko教授(AIMR連携教授)。

引き続き、2月21日にはAIMR Workshop 2018が開催され、AIMRとAIMRジョイントリサーチセンター(AJC)や海外連携機関の研究者たちによる闊達な意見交換が行われた。このワークショップは、2008年以降、毎年開催されてきたAIMR International Symposium (AMIS)を継承するもので、研究交流と国際ネットワークの形成を促すことを目的としており、さまざまな角度から活発な議論が展開された。