座談会インタビュー
材料科学と数学のマリアージュ
2012年12月21日
AIMRは今、材料科学の多様な領域を引寄せ、数学を利用してその間に橋をかけることにより、真にオリジナルな方向に足を踏み出そうとしている。その先には何があるのだろうか?明確な答えが出るのは数年先になるだろう。けれども、ヒントはすでに目に見えはじめている。
2007年の設立当初から、東北大学原子分子材料科学高等研究機構(AIMR)は異なるバックグラウンド、専門知識、研究対象をもつ材料科学者が共同研究を行うことを一貫して奨励してきた。塚田捷AIMR事務部門長は、「このアプローチは、『真にオリジナルな研究を行うためには、優秀な研究者を集結させるだけでは不十分だ』という考えがもとになっています」と説明する。非平衡系材料プロジェクトのMingwei Chen(陳明偉)ターゲットプロジェクト・リーダー(以降、リーダー)も、「自分の専門分野の外に出ると、多くのことを学ぶ機会を得られます」と話す。第一期の5年間を終え、次の5年間に入ったAIMRはこのたび、かねてから進めているこの「融合研究」を加速させるため、新たに重要な一歩を踏み出した。それは、数学を取り入れることである。
統合的なターゲットプロジェクト
AIMRは2012年、材料科学の専門的な研究を数学者の関心の高い問題と組み合わせた「ターゲットプロジェクト」を定めた。このコンセプトに最適なプロジェクトとして、数理動力学系に基づく非平衡系材料、トポロジカル機能性材料、離散幾何解析に基づくマルチスケール階層性材料の3つのテーマが選定されている。
Chenリーダーによると、非平衡現象を十分に理解できるかどうかは数理動力学にかかっているという。マルチスケール階層性材料プロジェクトの阿尻雅文リーダーも、材料研究への数学の貢献について同意見を持つ。「私たちは、数学者とともに材料の物性分析に着手しました。材料科学者が、しかも、数学的な観点から、材料の物性分析をするのです」。阿尻リーダーの長期的な目標は、数学から材料科学へという逆のループを完成させ、個々の用途のためにはどの材料を合成するべきか、モデルを使って予想できるようにすることにある。
数学者が階層性材料にも強い関心を抱いているのは、原子のふるまいを理解できても、それだけで材料の物性を理解することはできないからである。マルチスケール階層性材料プロジェクトの一杉太郎サブリーダーが、この点について詳しく説明する。「原子が集合してクラスターやさらにその集合体になると、さまざまな新物性が現れてきます。ちょうど、細胞が器官を形成し、器官から人体が形成されるのと同じことです。私たちは数学者と協力して、離散的な点である原子と連続体であるバルク材料とのつながりを明らかにしようとしています」。
また、数学が材料科学をリードするというアプローチは、トポロジカル機能性材料研究の概念に革命を起こすかもしれない。このターゲットプロジェクトの谷垣勝己リーダーは、従来ケイ素(シリコン)のような無機材料が使われている半導体を研究している。しかし、次の技術的目標とされている柔軟な半導体デバイスについては、無機半導体はもはや最良の選択とはいえない可能性がある。「大きな変化を起こすためには、理論と実験の両方で新しいアイデアを出す必要があります」と、谷垣リーダーは言う。「私たちは現在、エレクトロルミネッセンス(EL)デバイスだけでなくスピントロニクスにも無機半導体の代わりに有機半導体を用いることを試みており、すでに若干の成功をおさめています。その理論的部分については、数学者と協力していくことになります」。
さらに、谷垣リーダーは「AIMRの数学主導材料科学という戦略は、プロジェクトを独創的な方向に導くための枠組みを提供してくれます」と話す。「これは困難なアプローチですが、きわめてユニークで刺激的な発見を可能にするかもしれません。材料科学と数学の結婚ともいうべきこの発想は、まったく新しい領域を生み出したのです」。
異なる分野間の橋わたしをする
ターゲットプロジェクトにおける共同研究の進め方は、従来のアプローチとは逆転している。すなわち、最初に数学者と材料科学者がチームを組み、それから共通の関心事項を探して、どちらにとっても有益なプロジェクトを決定するのだ。
このアプローチのもとに最適なプロジェクトが見つかっても、挑むべき問題は起こってくる。例えば、専門家の用語は分野ごとに違っているため、コミュニケーションの妨げになることがある。この問題に対処するため、AIMRではカジュアルで分野横断的なチーム・ミーティングを頻繁に開いて、研究者同士が互いの専門分野や研究対象の理解を深める機会をつくっている。このような場での各メンバーの研究発表などを通じて、共通の関心事項と新しい研究方法が見えてくるのだ。例えば、マルチスケール階層性材料プロジェクトでは、一杉サブリーダーが原子レベルの界面に強い興味を持っているのに対して、ほかのメンバーの関心は連続体としてのバルク界面に向いている。「このような違いがあることと、それをいかにして乗り越えるかということが、ターゲットプログラムの本質なのです」と一杉サブリーダーは言う。「それは、まったく新しい方向に足を踏み出すための絶好の機会になります」。
AIMRには、特定の研究室には所属せず、どのグループとも自由に共同研究を行うことができる「インターフェース研究者」と呼ばれる理論物理学者と化学者もいる。阿尻リーダーは、彼らは分野間のギャップを埋める上できわめて重要な役割を果たしていると言う。塚田事務部門長も、「彼らは、数学者と材料科学者のどちら側の研究者とも適切に話をすることができ、メッセージを正しく伝えて、研究者同士を結び合わせることができます」と説明する。こうした独立した立場の研究者はAIMRの中では新しい存在だが、彼らのおかげで研究者間のコミュニケーションの質は高まっている。
境界線を曖昧にする
ターゲットプロジェクトの取り組みは、AIMRの研究者が自分自身の「従来型」の研究を進める方法にも影響を及ぼしはじめている。
谷垣リーダーは、この異例の協力関係が、チーム内の研究の進め方も変えつつあると言う。彼のチームはこれまで、材料の特性を明らかにした後、改良する方法を模索していたが、今ではモデル化も利用するようになった。「数学者が興味をもっているのは、トポロジー材料のトポロジーと幾何学の部分であり、それが無機物か有機物であるかは気にしません。研究を進める上で、こういう考え方があることを知っていると非常に面白いです」と谷垣リーダーは言う。
Chenリーダーも、ターゲットプロジェクトにより自分の研究対象が広がったと言い、将来の研究活動に期待を膨らませている。各種ガラスのモデルをつくり、普遍的な法則を確立することに挑戦しているChenリーダーは、「興味の幅が広がったことで、多孔性に関する研究も始めることができました。これは非常に面白い、新しい方向です」と話す。
こうした学際的な研究は、AIMRの研究者全員、特に、自分の研究の進め方を確立する途上にある若手研究者の挑戦意欲をかき立てている。
「私たちは、サクセスストーリーになるような大きな成果が出るのを待っています」と谷垣リーダーは言う。こうした成果が出るまでには、通常、数年から数十年の時間がかかる。よって、今後5年間は数学と強く連携した材料科学に集中するというAIMRの新しい戦略は、研究者たちに短期間で成果を出すという、もう1つの挑戦を課している。各ターゲットプロジェクトは、毎年あらかじめ設定した目標を達成しなければならず、目標達成に向けた研究の進捗状況はAIMRによって評価される。この体制は始まったばかりだが、すでにいくつかの画期的な成果が得られ、材料科学者と数学者による共著論文が発表されたことは、大いに励みになっている。
Chenリーダーは、「AIMRが大胆な戦略を打ち出しており、それがもたらす成果が予測困難であることは、AIMRのどの研究者も認めていることです」と話す。塚田事務部門長も、これは非常に野心的なプロジェクトであり、そのことは世界トップレベル研究拠点プログラム(WPI)のプログラム委員会のメンバーも認識しているという。「これは大変難しい挑戦ですが、そこから完全に斬新かつ卓越した研究が生まれてくることを、私は確信しています」。