若手研究者座談会
材料科学が数学を活気づける

2012年08月27日

AIMRは今、数学の視点から材料科学研究を推進する新しいアプローチを確立しようとしている。この野心的な取り組みは、材料科学者と数学者の双方に大きな利益をもたらすだろう。

左から右に: 藤田武志准教授、義永那津人助教、北條大介助教
 
左から右に: 藤田武志准教授、義永那津人助教、北條大介助教
 

東北大学原子分子材料科学高等研究機関(AIMR)は、世界トップレベル研究拠点プログラム(WPI)の発足当初からの研究拠点の1つとして2007年に誕生して以来、幅広い材料科学関連分野の技術とノウハウを結びつける革新的な学際研究プログラムを進めてきた。この「融合研究」と呼ばれるアプローチは材料科学研究コミュニティーの注目を集め、既にいくつかの重要な発見をもたらしている。設立から6年目に入るAIMRは、数学の視点から材料科学研究を推進するという野心的なプログラムを導入することで、その研究を新しい軌道に乗せようとしている。

このプログラムでは、数学の力を利用して材料科学分野の根本的な問題に答えを出し、新しい研究領域を開拓し、AIMRの研究を最も有望な方向に導いていく。研究所をあげてこのような新しいアプローチを導入する試みは、おそらく世界初のものである。この大胆な戦略は、新しく重要な進展につながることが期待されるが、数学的アプローチを具体的な研究目標に応用するためには多くの課題も残されている。

AIMResearchは今回、AIMRが現在どのような課題に挑み、将来的にはどのような方向性をめざしているのかを理解するため、AIMRの3人の若手研究者に話を聞いた。彼らは、現在の研究プログラムの一環として、数学を基礎にした材料科学研究の確立に取り組んでいる。

アイディアを結びつける

義永那津人助教(数学ユニット)
 
義永那津人助教(数学ユニット)
 

義永那津人助教はAIMR数学ユニットの助教であり、凝縮系ソフトマテリアルの数学の専門家である。彼は、材料科学と数学との融合の展望について楽観的だが、困難が待ち受けていることも認めている。「この新しいアプローチは、2つのまったく異なるスタイルを一緒にするもので、非常に興味深いと思います」と義永助教は言う。

「伝統的に、材料科学研究は経験に頼る部分が大きく、多くの試行錯誤を必要とします。これに対して数学では、明確に定義されたパラメーターを設定し、理論を構築してテストしていきます。数学は、実験結果の基礎的理解を助け、新たな結果を予言するための数学的ツールを提供することにより、材料科学研究の力になることができるのです」。

AIMRの新しい戦略の成否は、2つの異なる研究文化の間に橋をかけられるかどうかにかかっているため、研究目標を慎重に選定することが重要になる。そこで最初は、特に数学的アプローチに適していると思われる3つのテーマに集中して研究を進めることになった。それは、数学的力学系理論に基づく非平衡材料、トポロジカル機能性材料、離散幾何解析に基づくマルチスケール階層性材料の3つである。

AIMRの既存の研究テーマの中には、ほかのテーマより早く成果が出そうなものもある。バルク金属ガラス研究グループの藤田武志准教授は、数学が自分の専門分野にもたらす恩恵について、義永助教と同じ意見を持っている。「バルク金属ガラスは、数学的なアプローチに向いている分野の1つです」と彼は説明する。「この分野の研究は、もともと多くの計算を行わなければなりません。例えば、充填パターンが新しい材料の特性に及ぼす影響を調べる場合などです。私たちは、数学ユニットのメンバーとの協力が、最も有望な研究方針の見きわめや、研究の進展を速めるための手助けになることを期待しています」。

藤田武志准教授(バルク金属ガラス研究グループ)
 
藤田武志准教授(バルク金属ガラス研究グループ)
 

ソフトマテリアル研究グループのソフトマテリアルの専門家である北條大介助教も、新しいアプローチに大きな可能性を感じている。「私たちは現在、大きさが10ナノメートル未満のナノ粒子の非極性溶媒中での分散挙動を調べて、こうした系の三次元モデルを作っているところです」と北條助教は説明する。「私たちは数学を利用して、分散、凝集構造が、粒子の電荷分布によってどのように変化するかを調べたいと考えています。また、各種の分散モデルが構造に及ぼす影響も、数学的計算に基づいて調べています」。

金曜日のブレインストーミング

AIMRは、数学的なアプローチを取り入れる具体的な材料科学問題を選び出すだけでなく、数学ユニットと材料科学研究グループのメンバー間の自由な議論による「文化交流」を奨励して、両分野のさらなる統合をはかっている。この戦略の一環として、研究者たちは毎月1回、インターフェース・ユニットのメンバーも含めたAIMR全体の研究者の前で自分たちの研究分野について非公式のトークを行う「Friday Seminar」を開催している。インターフェース・ユニットは、数学者と実験材料科学者の間に橋をかけるために設けられた、物理学と化学の理論家のグループである。Friday Seminarのような活動は、AIMRの研究者を、東北大学や応用数学連携フォーラム(AMF:同大学の数学者による非公式なグループ)といったより大きな数学コミュニティーと結びつける重要な手段となっている。

セミナーは、各分野の基本的な原理を紹介し、新しい研究成果を発表することに重点を置いている。その目的は、AIMRのほかの研究グループのメンバーに、自分たちの研究分野の一般的な背景について理解を深めてもらうことにある。セッションでは双方向性が重視され、聴き手が積極的に議論に参加し、質問をすることが奨励されている。

ディスカッション形式のセミナーと、AIMRの名物となった毎週の「Friday Tea Time」のポスターセッションに加えて、研究者たちはふだんから可能なかぎり交流することを求められている。「ブレインストーミングは、異なる視点から世界を見ている材料科学者と数学者の相互理解を促す方法として、非常に重要です」と北條助教は言う。「私たちのグループでは、週に一度数学ユニットのメンバーと会って、自分たちの研究について話をしています。形式的なテーマが決まっていないことも珍しくありません。この種の自由なディスカッションが、面白そうな新しい実験のアイディアや、自分たちの理論モデルを改良する方法につながることがあるのです」。

北條大介助教(ソフトマテリアル研究グループ)
 
北條大介助教(ソフトマテリアル研究グループ)
 

義永助教はさらに言う。「毎日のように異なる分野の研究者と交流できることは、非常に刺激になります。材料科学の問題は、決まった数学的解決法がないことが多いので、私たちは仲間と密接に協力して、新しいアプローチや違ったモデルを提案していく必要があるのです。ここで行われている材料科学研究の一部は、最先端の純粋数学や応用数学とつながっています。私たちが一緒に研究をするようになってからまだ日は浅いのですが、数学の分野でもいくつか興味深い進展がありました」。

進歩を加速し、扉を開く

AIMRの融合研究の根底にある協働の精神は、AIMRの設立当初からの重要なテーマである。そして今、ここに数学が加わったことで、このアプローチは次のレベルに進もうとしている。分野間の相互作用が深まったことで、研究者たちが自分の専門分野外にあると思っていた学術誌に論文を投稿する可能性が開かれ、彼らの研究がより広範の人々の目にとまるようになってきている。

「研究テーマを慎重に選択することは重要です」と藤田准教授は言う。「けれども、うまく選ぶことさえできれば、数学に基づくアプローチの適用により進歩が加速し、科学的成果が増えるだけでなくまったく新しい研究分野を開拓することもできるのです」。

材料科学と数学との結びつきを通じて、AIMRはこれからも革新的な融合研究を推し進めていく。めざすは、学際的な交流に基づく新しい研究フロンティアの確立と、科学コミュニティーと人間社会に役立つ画期的な技術の開発である。