若手研究者特集
研究分野の壁を打ち破る

2011年10月31日

WPI-AIMRの研究者たちが、学際的な共同研究がもたらす利点について意見交換を行い、新規のハイブリッド金属触媒の設計とグリーンテクノロジーへの応用に関する最新の進展について語る。

夢のある未来の技術を実現するためには、複数の、そしてしばしばまったく異なる研究分野の結集が必要だ。そこで重要になるのが、学際的な共同研究を必須とする研究文化を確立することである。しかしながら、多様なバックグラウンドをもつ研究者たちを1つにまとめ、充実した「融合」研究を推進し、次の大きな革新につなげていくためには、通常の共同研究では不十分だ。

東北大学原子分子材料科学高等研究機構(WPI-AIMR)は、2007年の設立以来、融合研究を推進して次世代の機能性材料を開発することを目指している。この目的のために、WPI-AIMRは独自の組織・研究体制を構築し、学際的な共同研究が自然に生まれてくるような環境を整えてきた。この4年間で、WPI-AIMRでは44の融合研究プロジェクトが実施されている。その革新的で学際的な研究内容は高く評価され、世界的な材料科学研究者を引きつけている。

研究者の緊密なネットワーク

左から順に、浅尾直樹教授、藤田武志准教授、Hongwen Liu助教、中山幸仁准教授
 
左から順に、浅尾直樹教授、藤田武志准教授、Hongwen Liu助教、中山幸仁准教授
 

現在、WPI-AIMRには119人の研究者が所属しており、その約半数が外国人だ。多くの研究者は、WPI-AIMRがユニークな学際研究に力を入れていることを理由に、ここに来ることを決意したという。WPI-AIMRのソフトマテリアル研究グループに所属している浅尾直樹教授は、「私たちが行っている融合研究は、単なる共同研究の枠を超えて、まったく新しい研究分野を生み出しています」と言う。浅尾教授は、ナノメートルサイズの構造をもつハイブリッド金属触媒の開発をめざして融合研究を行っている。「私はこれまで合成化学の研究を行ってきましたが、ここに来るまで、ナノポーラス金属材料が合成化学に利用できるとは思ってもみませんでした」と同教授は話す。けれども、バルク金属ガラス(BMG)グループのMingwei Chen(陳明偉)主任研究者と共同研究を行ったことがきっかけとなり、ナノポーラス金属が炭素骨格構築を含む分子変換反応の優れた触媒となることを明らかにした。ナノポーラス金属は比表面積が非常に大きく、バルク金属とは異なる様々な物性を示すため、新しい触媒の開発やセンサー応用への関心が高まっている。

WPI-AIMRの融合研究プロジェクトの大半は、1年間のシード・マネーによる助成の恩恵を受けている。これほど短期のプロジェクトに研究資金を提供する研究機関はまれである。「このような資金援助により、全体の手続きを簡略化し、若手研究者が助成金の申請に膨大な時間とエネルギーを費やすことなくプロジェクトに集中できます」と、材料物理研究グループのHongwen Liu(劉虹雯)助教は言う。Liu助教は現在、光電変換効率を高めるプラズモン太陽電池用の基板を開発している。「通常は、各研究分野の間には壁があるものですが、そうした壁が取り払われた環境では、私のような若手研究者でも、本当の意味で最先端のプロジェクトに取り組むことができるのです。私は、このような環境で研究ができることを非常に幸運に感じています」。

科学者たちは、融合研究を通じて、自分の専門外の分野で起きている最新の展開について知ることができるだけでなく、自分自身の研究についても新鮮な展望をもつことができる。中山幸仁准教授は、「私の専門分野はナノテクノロジーの研究ですが、ここでは新しい観点から金属ガラスにアプローチしなければなりませんでした」と言う。中山准教授は、非常に高強度と高弾性を併せ持つ貴金属系金属ガラスナノワイヤーの製造に関する研究に取り組んでいる。「私はWPI-AIMRに来た当初から今日まで、材料科学とナノテクノロジーを融合したプロジェクトに一貫して取り組んでいます」。

WPI-AIMRは、研究者同士がコミュニケーションできる環境を整えることを重視し、彼らが互いに教え合い、同僚や若手研究者に協力することを奨励している。BMGグループの藤田武志准教授は、「最近、ソフトマターの研究をしている大学院生から、ナノポーラス金を細胞接着基板として用いることについて相談を受けました。ナノポーラス金の作製を専門とする私にとって、大学院生の力になれることは嬉しいことでした」と話す。

2011年8月の「ティータイム」での研究者たち
2011年8月の「ティータイム」での研究者たち

研究者同士のアイディア交換を促すため、WPI-AIMRでは定期的にセミナーを開くだけでなく、打ち解けた雰囲気の中で活発な科学的議論ができるように毎週「ティータイム」を開き、そこでは隔週で融合研究の成果についてポスター発表が行われている。「こうしたイベントを通じて、ほかの人たちが何をしているのか知ることができるだけでなく、新しい研究分野に眼を開くこともできるのです」とLiu助教は言う。「私が中国に帰国することがあれば、学生や同僚のために、このようなイベントを開きたいと思っています」。

環境にやさしいアプローチ

クリーンエネルギーへの需要が高まるにつれ、WPI-AIMRは「環境にやさしい」革新的な材料の開発に力を入れるようになってきた。有機化学にもとづく持続可能な社会に適した材料、たとえば再生可能な触媒や太陽電池などが、その例だ。中山准教授は、「日本のこれまでの環境保護活動では、どうすれば環境を保全することができるのかという点に人々の関心が集まっていました。けれども今は、材料科学からのアプローチ、たとえば、効率の高い太陽電池をはじめとする再生可能エネルギーデバイスの開発などに注目が集まっています」と説明する。

最近オープンしたWPI-AIMR主要研究棟
最近オープンしたWPI-AIMR主要研究棟

例えば、ナノテクノロジーの進歩により、従来のリチウムイオンバッテリーの性能を上回る次世代の蓄電デバイスの開発が急速に進んでいる。藤田准教授は遷移金属酸化物を用いたスーパーキャパシタの蓄電性能について研究しているが、「私たちの目標は、太陽電池を使って急速に充電することができ、将来的には携帯電話にも電気自動車にも使えるような、新しいタイプのバッテリーを開発することです」と言う。

2011年2月に開かれた『グリーン・イノベーションのための最先端機能性材料』というワークショップには、アジア太平洋地域、ヨーロッパ、北アメリカから世界的に著名な材料科学者が多数参加した。このワークショップを通じて、「グローバルな展望の下で、新しい形のグリーン・イノベーションを起こす」というWPI-AIMRの取り組みはいちだんと強化された。

WPI-AIMRは今後も、材料科学、物理学、化学、バイオテクノロジー、工学の諸分野に橋を架けることにより、画期的な技術開発を可能にするユニークな環境を提供するだけでなく、サテライトセンターや19の海外連携機関のネットワークを通じて、国際的な共同研究プロジェクトと専門分野の壁を超えた交流を促進していく。