神経ネットワーク: 接続の方向性が生体らしい活動パターンを生み出す
2026年04月27日
マイクロ流体デバイスを用いて、階層的モジュール構造と軸索-樹状突起間の指向性接続が、統合と分離のバランスを制御する仕組みを解明
本研究を主導した山本英明教授
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脳は無秩序なニューロンの集まりではない。生物は、種を超えて共通するいくつかの構造的な特徴を進化の過程で受け継いできた。例えば、一部のニューロンが密に結合したモジュール構造や、電気信号が軸索から樹状突起へと一方向に伝わる配線構造がその代表例である。 こうした構造が、神経ネットワーク全体の同期した活動と、局所的で独立した活動とのバランスにどう影響するのかは、神経科学における長年の問いであった。しかし、その解明は技術的に困難であった。
AIMRの山本英明教授は、「従来の培養ニューロンは、双方向性の強い結合を形成する傾向があり、その結果、ネットワーク全体で過剰な同期が生じていました。同期が強すぎると、詳細な配線構造が神経活動パターンに及ぼす影響が覆い隠されてしまいます」と、説明する。
2025年、山本教授の研究チームは、この課題をin vitro実験と計算・数理モデリングを組み合わせることで解決した1。
「この研究では、マイクロ流体デバイスを用いて軸索の成長方向を誘導し、モジュール間の結合に方向性を持たせた階層的モジュール型ネットワークを作製しました。同時に、スパイキングニューラルネットワーク(SNN)シミュレーションと状態遷移モデルを用いて、このような回路構造がネットワーク全体の同期をどのように制御するかを予測するための枠組みを構築しました。実験と理論を組み合わせたこの手法により、ネットワークの構造が神経活動に及ぼす影響を、系統的に明らかにすることができました」と、山本教授は説明する。
本研究の成功のカギは、新たに開発したマイクロ流体デバイスである。非対称で先細りになったマイクロチャネルにより軸索の成長方向を制御し、モジュール間で接続を特定の方向に強めることに成功した。その結果、ネットワーク全体でフィードフォワード型の信号伝達を促進することが可能となった。こうした方向性のある構造は、従来の培養法では実現できなかったものである。
この新しいデバイスを使ったin vitro実験により、人工的に構築した神経細胞ネットワークでは、従来の培養で見られるようなネットワーク全体の一様な活動とは異なり、活動がモジュール間を特定の方向に伝播することで、空間的に分離した活動パターンが生じることが実証された。さらに、SNNシミュレーションと状態遷移モデルを使った解析により、ネットワークの構造(トポロジー)が活動パターンをどのように決定するかを理論的に予測できるようになった。
山本教授は、「これらの結果は、脳で見られる階層的かつ方向性のある配線構造には明確な意味があることを示しています。これらの構造は、統合・分離をバランスするように神経活動パターンを制御することで、生物の複雑な行動を支えているのです。ここで開発した新しい実験系は創薬研究などにも活用することができます。また、脳にヒントを得たバイオコンピューティング技術への応用も期待できます」と、語る。
A personal insight from Dr. Hideaki Yamamoto
この研究で最も達成感を感じたこと、最も驚いたことは何ですか。
最も達成感を感じたのは、方向性のある接続とモジュール構造が、培養神経ネットワークにおける過剰な同期を抑制することを実証できたときです。これは、生体における両者の役割と一致しており、脳で見られる配線構造が培養系においても同様の働きをすることを示しています。
一方で印象的だったのは、生物学・物理学・工学・数学といった異なる分野を統合することの力です。実験と理論を結びつけることで、神経ネットワークの機能を決定づける普遍的な原理に迫ることができました。つまり、in vitro実験、SNNモデル、状態遷移モデルが組み合わさることで、観察された現象の根底にあるメカニズムの理解と予測が可能になったのです。
(原著者:Patrick Han)
Highlight article
- Monma N., Yamamoto H., Fujiwara N., Murota H., Moriya S., Hirano-Iwata A. and Sato S. Directional intermodular coupling enriches functional complexity in biological neuronal networks Neural Networks 184, 106967 (2025). | DOI: 10.1016/j.neunet.2024.106967
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