AIと物理の融合で水素貯蔵材料の設計図を描く

2026年06月11日

国立大学法人東北大学

AIと物理の融合で水素貯蔵材料の設計図を描く

―高容量と実用圧力を両立する材料探索を加速し、水素エネルギー社会の実現へ貢献―

発表のポイント

  • 文献情報から構築した水素貯蔵材料データベースDigHydと、解釈可能な機械学習手法である「シンボリック回帰」(GoodRregressor)(注1)を組み合わせ、侵入型金属水素化物(注2)の性能を支配する物性因子を特定しました。
  • 水素貯蔵量は「金属原子の大きさ(平均金属原子半径)」と「熱の伝わりやすさ(平均熱伝導率)」に、室温平衡圧(注3)は「格子の硬さ、変形しやすさ(平均せん断弾性率と平均ポアソン比)」に、それぞれ主に支配されることを明らかにしました。
  • 実用的な室温平衡圧(日常の環境、約 1 atm)のもとで高い水素貯蔵量を示す材料の具体的な設計ルートを提示し、固体水素貯蔵材料の探索を加速する指針を得ました。

概要

水素は次世代エネルギーキャリアとして期待されていますが、その実用化には、水素を安全かつ高密度に貯蔵できる材料の開発が課題となっています。国立大学法人東北大学の研究グループは、固体水素貯蔵材料の一種である侵入型金属水素化物について、水素貯蔵量wと室温平衡圧Peq,RTが、物理的に意味のある少数の記述子によって説明できることを明らかにしました。本研究では、文献情報から構築した水素貯蔵材料データベースDigHydと、解釈可能な機械学習手法であるシンボリック回帰GoodRegressorを組み合わせ、原子半径、熱伝導率、弾性特性などが水素貯蔵性能を支配する仕組みを解析しました。その結果、実用的な平衡圧(約1 atm)付近で高い水素貯蔵量を実現するための材料設計指針を示すことに成功しました。

本成果は、データ科学と物理的な理解を結びつけた水素貯蔵材料探索の新たな道筋を示すものであり、2026年5月25日(現地時間)に英国王立化学会の学術誌Chemical Scienceに掲載されました。

詳細な説明

研究の背景

水素は、利用時に二酸化炭素を排出しないエネルギーキャリアとして期待されています。一方で、燃料電池やエネルギーシステムで広く活用するには、安全かつコンパクトに、必要なときに出し入れできる貯蔵技術が不可欠です。金属水素化物は、水素を固体中に取り込んで貯蔵できるため、高い体積密度や繰り返しの利用のしやすさという点で有望な材料です。

その中でも侵入型金属水素化物は、水素の吸蔵放出速度が速く、室温付近で扱いやすい平衡圧(水素を吸蔵・放出する圧力)を示す材料群です。しかし、遷移金属や重い元素を含むことが多く、重量あたりの水素貯蔵量が低くなりやすいという課題がありました。また、従来の機械学習による材料探索では、予測精度が高くても、なぜその材料が良いのかを説明しにくいケースがあり、実験研究へ展開しやすい設計指針が求められていました。

今回の取り組み

東北大学未踏スケールデータアナリティクスセンターのSeong-Hoon Jang准教授、同大学材料科学高等研究所(WPI-AIMR)のHao Li 教授、折茂 慎一 所長(同大学金属材料研究所 教授)らの研究グループは、AI支援の文献マイニングにより構築した水素貯蔵材料データベースDigHydから、単相またはほぼ単相とみなせる侵入型水素化物のデータを抽出しました。解析には、貯蔵量wについて706件、室温平衡圧Peq,RTについて299件のデータを用いました。さらに、平均金属原子半径、熱伝導率、せん断弾性率、ポアソン比など、元素・構造・力学特性に由来する57種類の特徴量を作成し、シンボリック回帰によって貯蔵特性との関係を数式として探索しました。(図1)その結果、貯蔵量wは主に「水素が入り込む空間の幾何学的条件」と「格子の柔らかさ」に関係し、平均金属原子半径が約1.47 Åで、平均熱伝導率が比較的低い領域において高くなりやすいことが分かりました。一方、室温平衡圧Peq,RTは、平均せん断弾性率や平均ポアソン比に代表される弾性特性に強く支配され、格子が硬いほど水素化物が不安定化し、平衡圧が高くなる傾向が示されました。(図2)

このように、貯蔵量と平衡圧は異なる物理因子によって支配されることが明確になりました。さらに、この知見を候補組成の最適化に展開し、BCC型、Laves相、LaNi5型、TiFe型など複数の構造クラスに対して、Peq,RTが約1 atmの実用的条件で高いwを狙う設計経路を提示しました。

今後の展開

今回提示した候補組成は、直ちに合成可能であることを保証するものではなく、今後の実験的検証が必要です。一方で、どの物性をどの方向に調整すれば良いかを示す説明可能な設計図が得られたことで、試行錯誤に頼ることの多かった水素貯蔵材料の探索を効率化できると期待されます。

今後は、合成・測定データを取り込みながらモデルを更新する閉ループ型の材料探索への展開が見込まれます。さらに、侵入型水素化物だけでなく、イオン性水素化物や水素化物系固体電解質など、幅広いエネルギー材料の設計に応用していくことも期待されます。


図1. 本研究の流れ。文献データベースDigHydからPCT測定データを整理し、シンボリック回帰手法GoodRegressorにより重要な記述子を抽出、材料設計へつなげます。

図2. 侵入型金属水素化物における水素貯蔵性能を支配する因子の模式図。(a)水素貯蔵量wは、金属原子の平均半径<rM>と平均熱伝導率<κ>に強く関係する。<rM>が小さすぎると水素が入りにくく、大きすぎると格子との大きさの不一致が生じるため、約1.47 Å付近で水素を効率よく取り込めます。また、<κ>が低く、比較的柔らかい格子では水素挿入に伴う変形を受け入れやすく、高い水素貯蔵量が期待されます。(b)室温平衡圧Peq,RTは、平均せん断弾性率<G>と平均ポアソン比<ν>により特徴づけられる格子の硬さ・変形しやすさに支配されます。柔らかく変形しやすい格子では水素化物が安定化しPeq,RTが低くなる一方、剛直な格子では水素化物が相対的に不安定化し、Peq,RTが高くなります。

謝辞

本研究は、JST 革新的GX技術創出事業(GteX)(JPMJGX23H1)の支援を受けて実施されました。

用語解説
注1. シンボリック回帰
データから予測式そのものを探索する機械学習手法。ブラックボックス型の機械学習と異なり、どの特徴量が結果に効いているかを人が解釈しやすい。
注2. 侵入型金属水素化物
金属原子がつくる結晶格子のすき間に、水素原子が入り込んで形成される水素化物。水素の出し入れが速く、室温付近で扱いやすい材料が多い一方、重量あたりの水素貯蔵量が低くなりやすい。
注3. 室温平衡圧(Peq,RT
室温で水素化物と水素ガスが平衡にあるときの圧力。実用上は、水素を吸蔵・放出しやすい圧力範囲に入ることが重要となる。

論文情報

タイトル: A unified descriptor framework for hydrogen storage capacity and equilibrium pressure in interstitial hydrides
著者: Seong-Hoon Jang, Di Zhang, Xue Jia, Hung Ba Tran, Linda Zhang, Ryuhei Sato, Yusuke Hashimoto, Yusuke Ohashi, Toyoto Sato, Kiyoe Konno, Shin-ichi Orimo, Hao Li
掲載誌: Chemical Science
DOI: 10.1039/D6SC03089K

問い合わせ先

研究に関すること

東北大学未踏スケールデータアナリティクスセンター
准教授 Seong-Hoon Jang

Tel: 022-795-3407
E-mail: jang.seonghoon.b4@tohoku.ac.jp

東北大学材料科学高等研究所(WPI-AIMR)
教授 Hao Li(研究者プロフィール

Tel: 022-217-5922
E-mail: li.hao.b8@tohoku.ac.jp

報道に関すること

東北大学材料科学高等研究所(WPI-AIMR) 広報戦略室

Tel: 022-217-6146
E-mail: aimr-outreach@grp.tohoku.ac.jp