ソフトマター物理学: 液面からぶら下がる液滴
2020年08月31日
実験中に偶然観察された液滴の興味深い効果は、マイクロロボットに応用できる可能性がある
低密度流体の表面から高密度流体の液滴をぶら下げる(懸垂させる)方法が、東北大学材料科学高等研究所(AIMR)の研究者が率いる国際チームによって見いだされた1。この不思議な効果は、マイクロリアクターやマイクロロボットに応用できる可能性がある。
水などの液体を、より密度が低く、互いに混ざり合わない油などの液体に滴下すると、液滴は容器の底に沈む。しかし、AIMRのThomas Russell教授が率いる研究チームは以前、水の三次元構造体を水中に印刷する研究をしていたときに、ある興味深い現象に気付いた。ポリカチオンを含むデキストラン(多数のグルコース分子からなる多糖)水溶液の液滴が、ポリアニオンを含むポリエチレングリコール(PEG;エチレングリコールのポリマー)水溶液の表面にとどまり、懸垂していたのである。
さらに不可解だったのは、二つの水溶液の界面での分子間引力(界面張力)が、極めて小さいという事実である。水の上を歩く昆虫は、撥水性の高い脚と水との間の大きな界面張力を利用してこれを実現しているが、デキストラン溶液とPEG溶液の間の界面張力は非常に小さく、同様の機構では説明がつかないからだ。
「この効果は予期せぬものでした」とRussell教授は言う。「界面張力がこんなに小さいのに、なぜ重い液滴が液面に懸垂できるのか、大変気になりました」。
好奇心を刺激されたRussell教授らは、この効果を詳細に調べることにした。すると、この2相系では水溶液間の界面で高分子電解質の複合体が形成されており、これがPEG溶液表面での重いデキストラン溶液の液滴の懸垂を可能にしていることが明らかになった。
「デキストラン溶液の液滴が、空気とPEG溶液の界面から懸垂できる条件は、液滴のPEG溶液側にかかる重力応力と表面応力の間の力のバランスによってのみ決まります」とRussell教授は説明する。「驚いたことに、他の要素は関係ないのです」。
懸垂液滴は汎用性が高く、マイクロロボットやマイクロリアクターへの応用が期待される。「懸垂液滴に磁性微粒子を埋め込むことで、印加磁場の影響下で液滴を移動させたり回転させたりすることができました」とRussell教授。「また、水面で呼吸するボウフラのように、開口部が空気に接した懸垂液滴では、その中で空気を用いた反応を実現したり、隣接液滴にカスケード反応を誘発したりできることも確認しました」。
研究チームは現在、今回の知見を活かして、生物に着想を得たメニスカスクライミング・システム(陸上と液面上の溶液との間で物質の輸送や往復を可能にするシステム)を作製している。また、懸垂液滴における空気との接触を利用して、二酸化炭素を固定できる人工細胞の作製も計画中だ。
References
- Xie, G., Forth, J., Zhu, S., Helms, B. A., Ashby, P. D., Shum, H. C. & Russell, T. P. Hanging droplets from liquid surfaces. Proceedings of the National Academy of Sciences USA 117, 8360–8365 (2020). | article
このリサーチハイライトは原著論文の著者の承認を得ており、記事中のすべての情報及びデータは同著者から提供されたものです。