グラフェンにおける水素発生反応: 電気化学イメージングによる可視化と最適エッジ構造の数学的な設計
2019年09月30日
化学種をドープしたグラフェンエッジは、クリーンな水素燃料の製造に利用できる可能性がある
東北大学材料科学高等研究所(AIMR)をはじめとする共同研究チームは、数学的に最適化した、窒素原子とリン原子を共に含有するグラフェン構造が、水素発生反応(HER)の電極触媒として、高価な白金触媒と同等以上の性能を示す可能性があることを示した1。安価な触媒の利用で水素製造のコストが下がれば、化石燃料に代わって水素燃料の普及が進むと期待される。
現在、HERの触媒に最適とされている材料は白金である。水の電気分解によって水素を製造するHERでは、太陽電池パネルや風力タービン発電による再生可能エネルギーの電力を用いて水を電気分解することで、クリーンな水素を製造することができる。水素は貯蔵・輸送して、燃料として用いることができるが、化石燃料とは違い、燃焼により発生するのは水蒸気だけである。
しかし、白金は希少で高価であるため、代わりに安価で大量に存在する炭素を、原子1個分の厚さのシート状材料であるグラフェンの形で用いる技術が模索されている。AIMRの熊谷明哉准教授は、グラフェンのHER活性は、末端部であるエッジ構造、化学種の存在や種類、グラフェンシートの穴の周囲(結果としてエッジ構造として存在)の欠陥構造など、さまざまな要因の影響を受けると説明する。「けれども、最高の性能をもたらすのが原子構造なのか、化学種なのか、あるいはその両方なのかを示す直接的な証拠はありませんでした」。
この謎を解明するため、研究チームはグラフェンの原子構造を数学的に設計し、二酸化ケイ素ナノ粒子を用いた化学気相成長法によって穴のあいたグラフェンを意図的に作製した。また、最近開発された走査型電気化学セル顕微鏡法(SECCM)を用いて、得られたグラフェン構造の評価も行った。この手法では、走査型顕微鏡の内部に実質的に電気化学セルを再現することができ、グラフェン表面上のさまざまな部位において高い空間分解能でHER活性を測定できる。
研究チームはSECCMを用いて、穴あきグラフェン、穴なしグラフェン、窒素原子とリン原子を共にドープしたグラフェン、いずれか一方のみドープしたグラフェン、いずれもドープしていないグラフェンについて、HERの性能を比較した。その結果、穴あきグラフェンのエッジ構造に窒素原子とリン原子が共にドープされた領域で、触媒活性が最も高くなることが明らかになった。グラフェンのエッジ構造には炭素格子の欠陥が集中しており、これが多くの導入原子が近接して存在するのを受け入れているという。
理論計算研究からは、さらなる知見も得られた。最も触媒活性が高い部位は、周囲の炭素原子と「ピリジン型」の化学結合をしている窒素原子であり、特にこうした窒素原子の近くにリン原子があると、リン原子がピリジン型窒素の電荷を強めて触媒活性がさらに高まることが示されたのである。
「理論研究の結果は、最適構造のグラフェンが白金を上回る電極性能を持つことを示唆しています。これは注目に値します」と熊谷准教授は言う。「この最適な原子構造が数学的な知見を参考とし導かれたことも重要です。数学的に最適構造を導くことは他の研究分野にも波及できるからです」。また、今回の最適な炭素構造の特定について、「HER用の炭素構造は、持続可能な水素経済の発展に欠かせないものになるでしょう」と期待を寄せる。
研究チームは、より多くの化学種を導入できるよう、エッジ構造を増やした穴あきグラフェンの作製方法を最適化したいとも考えている。また、SECCMを用いて、二酸化炭素の還元などといった他の重要な電気化学反応を研究することも計画している。
References
- Kumatani, A., Miura, C., Kuramochi, H., Ohto, T., Wakisaka, M., Nagata, Y., Ida, H., Takahashi, Y., Hu, K., Jeong, S. et al. Chemical dopants on edge of holey graphene accelerate electrochemical hydrogen evolution reaction. Advanced Science 6, 1900119 (2019). | article
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