神経科学: シャーレの中の神経回路網
2019年02月25日
神経細胞を操作して単純な脳モデルを構成することによって、脳が2種類の活動状態を共存させる仕組みが見えてきた
東北大学材料科学高等研究所(AIMR) の研究者らは、細胞とスライドガラスとの界面を精密に設計することによって、脳神経回路のモデルとなる小さな回路網をシャーレの中に作製する技術を開発した1。この回路網は脳内における神経細胞の結合様式を模倣しており、脳機能の神経基盤の解明に繋がる貴重な知見をもたらした。
ヒトの脳には、特定の情報を処理するのに特化した、さまざまな領域が存在する。例えば、見た物の色を処理する領域もあれば、言語を処理する領域もある。
しかしこれらの情報は、個別に処理されるだけでなく、一つの事柄として統合される必要もある。AIMRの山本英明助教は、こうした情報の統合が行われていることは、「赤」と「青」という文字を見せられた時、「赤」と「青」と書かれた場合よりも「赤」と「青」と書かれた場合の方が迅速に認知できることからも分かる、と説明する。
「一般的な話としてですが、情報が統合される場合には神経細胞群が同期して活動するのに対して、分離して処理されている場合にはその同期性が弱まります」と山本助教は言う。「脳の中ではこれらの神経活動状態はうまくバランスがとれており、複雑な情報処理を実行するための土台になっています」。
しかし、同期と非同期という二つの相反する活動状態がどのようにして一つの神経回路網の中に埋め込まれるのかについては、明らかになっていない。「細胞が集まってどのようにして脳としての情報処理を実現するようになるのか。そのメカニズムの解明は、現代自然科学における最大の難問の一つです」と山本助教は指摘する。
今回、山本助教は、東北大学、バルセロナ大学(スペイン)、東北福祉大学、早稲田大学、山形大学の研究者らと共に、作ることで理解するという構成論的アプローチを用いてこの問題に挑んだ。研究チームは、四つの小さな回路モジュールが結ばれた、非常に単純な「脳モデル」を作製した。そして、モジュール間の相互作用の強度を人工的に制御して、同期と非同期のバランスに及ぼす影響を調べた(図参照)。
その結果、四つのモジュール間の結合がちょうど切れかかっている状態においてのみ同期と非同期が共存できることが明らかになった。結合がそれより少しでも強ければ回路全体での同期が優位になり、弱ければ各モジュールが個別に活動するだけになる。
今回の研究グループを率いたAIMRの平野愛弓教授は、「神経回路網にモジュール構造を持たせることで過剰な同期を適度に抑制し、実際の脳に近い活動パターンをin vitroで実現することができました」と言う。「いま観察されているダイナミクスは、まだまだ脳神経回路の複雑さには程遠いものですが、その活動パターンを形作る基本的なメカニズムについての新たな知見を得ることができました」。
今回の研究成果は、脳におけるモジュール性接続の機能的役割を明らかにしただけでなく、工学的なアプローチによって複雑系の集団現象を探究できることを示す好例であるとも言える。
References
- Yamamoto, H., Moriya, S., Ide, K., Hayakawa, T., Akima, H., Sato, S., Kubota, S., Tanii, T., Niwano, M., Teller, S. et al. Impact of modular organization on dynamical richness in cortical networks. Science Advances 4, eaau4914 (2018). | article
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