スピントロニクス: 両面で発現するスピン

2012年08月27日

半導体表面に作成した金属薄膜の表面と裏面(界面)でスピントロニクスに重要なスピン偏極電子の存在が明らかになり、スピン偏極度が調節可能な電子源の実現へ向けて大きな前進が得られた

スピン偏極(ラシュバ効果)はビスマス薄膜の表面(上の面)で通常観測されるが、シリコン基板との界面(下の面)でも同じ効果が起きていることが見出された。
スピン偏極(ラシュバ効果)はビスマス薄膜の表面(上の面)で通常観測されるが、シリコン基板との界面(下の面)でも同じ効果が起きていることが見出された。
 

 

電子の固有角運動量(スピン)を利用する「スピントロニクス」は、電子の電荷のみを利用する従来のエレクトロニクスと比べて、効率の良い情報記憶・処理方法を実現する新技術として期待されている。大抵の物質でランダムな方向を持つ電子のスピンを、ある方向に揃える(スピン偏極させる)ことがスピントロニクスデバイスの開発において最も基本的な条件である。このたび東北大学原子分子材料科学高等研究機構(AIMR)の高山あかり大学院生と高橋隆教授らは、大阪大学の共同研究者とともに、高いスピン偏極度を持った電子を生成する新しい方法を見出した。この方法の重要な特徴は、スピン偏極の大きさを調節できる点にある1

従来、スピン偏極電子の生成には、磁場によりスピンが自発的に整列する強磁性物質が利用されていた。しかし、微細構造を持つデバイスには、磁場よりも電場を用いる方が圧倒的に有利である。電場によるスピン偏極電子の生成には、電荷とスピンを結びつける「スピン軌道相互作用」を用いるのが有望と考えられている。その一例である「ラシュバ効果」は、物質が(一般的にはその表面に)ある種の非対称性をもつときに、スピン軌道相互作用によって電子がスピン偏極する現象であり、これを用いたデバイス研究が精力的に行われている。

研究チームはラシュバ効果を示す金属ビスマス超薄膜について、高精度の実験を行い、その電子構造を詳細に調べた。研究者らは、シリコン表面上に16から80原子層の厚さを持つ高品質ビスマス単結晶薄膜を作成し、その電子スピン状態を系統的に決定した。その結果、ビスマス薄膜表面だけでなく、ビスマス薄膜とシリコン基板との界面においても、表面と同様なラシュバ効果により、スピン偏極した状態が発現していることを見出した(図参照)。

「これは予想外の結果でした。従来のラシュバ効果の描像では、スピン偏極した電子はビスマス薄膜の表面にしか存在しないと予想されていたからです」と高山氏は説明する。さらに、ビスマス薄膜の厚さを薄くすると、両面のラシュバ効果の干渉効果によって、表面のスピン偏極が小さくなることも明らかになった。「これが最も意外な結果でした。薄膜の厚さを変えることにより、スピン偏極の大きさを調節できたのです」と高山氏は言う。

研究者らがビスマスを選んだのは偶然ではない。スピン軌道相互作用は、ビスマス、金、アンチモンなどの重元素において特に強い事が分かっている。今回の研究で、ビスマス薄膜の厚さを変化させることでスピン偏極の大きさを調節できることが明らかになった。今後、ラシュバ効果により生成・制御されたスピン偏極電子を用いた次世代スピントロニクスデバイスへの開発や、スピンと電場の結合がもたらす新しい量子効果の基礎研究の進展が期待される。

References

  1. Takayama, A., Sato, T., Souma, S., Oguchi, T. & Takahashi, T. Tunable spin polarization in bismuth ultrathin film on Si(111). Nano Letters 12, 1776–1779 (2012). | article

このリサーチハイライトは原著論文の著者の承認を得ており、記事中のすべての実験データは同著者から提供されたものです。