スピンダイナミクス: ナノ構造中のスピン運動を調べる

2010年06月28日

時間分解実験により明らかになった磁気ナノ構造中のスピン運動の詳細は、低消費電力の高速スピントロニクスデバイスの開発に役立つであろう

図1: (a) MRAM素子、および「0」から「1」までを書き込むスピンダイナミクスの概略図。スピンは永久「棒」磁石(赤色および青色)で示す。(b) 厚さ0.9 nmのコバルト層で観測されたスピン運動。
図1: (a) MRAM素子、および「0」から「1」までを書き込むスピンダイナミクスの概略図。スピンは永久「棒」磁石(赤色および青色)で示す。(b) 厚さ0.9 nmのコバルト層で観測されたスピン運動。

人々が必要とするパソコンなどの情報記憶容量は、増大する一方である。このニーズに応えるため、研究者らは様々な研究を通じて、記憶素子の小型化やデータの書き込み・読み出し速度の高速化を目指している。最近注目されている構造は、磁気トンネル接合アレイを利用した「スピン・トランスファー・トルク(STT)」磁気抵抗ランダムアクセスメモリー(MRAM)である。こうしたデバイスでは、情報は強磁性膜の磁化の方向で記憶され、STT相互作用を通して印加された電流により磁化方向(記憶)が制御される。

東北大学原子分子材料科学高等研究機構(AIMR)の水上成美助教らの研究チームは、白金層に挟まれたコバルト膜(膜厚0.5~4.0 nm、最小厚みは数原子層に相当)において、スピンの高速運動を観測した1。「スピンは、メモリーセルの中で常に棒磁石のように運動しており、量子力学的物体であるにもかかわらず『摩擦』を受けます。『ギルバート緩和』とよばれるこの摩擦が、デバイスの消費電力と速度に影響を与えるのです」と水上助教は説明する。研究チームの実験により、超薄膜のスピン運動に作用する摩擦の強さが初めて正確に測定できるようになったという(図1)。

STT-MRAMの消費電力を下げるには、磁化のスイッチングに必要な電流を可能な限り小さくする必要があるが、この値はギルバート緩和定数αと垂直磁気異方性Heffに比例する。その一方で、磁化の熱的安定性はHeffに比例する。したがって、最適性能を実現する構造を設計するためには、αHeffがどのような関係にあるのか理解することが極めて重要になる。

過去の理論研究から、αHeffは比例関係にあることが示唆されているが、非常に薄い膜において高周波数でスピンダイナミクスを観測することは困難であるため、まだ確認には至っていない。水上助教らのチームは、高感度の超高速時間分解磁気光学カー効果実験を行う測定系を構築し、αHeffの両方の値を得ることができた。

実験結果から、Heffはコバルト層の厚さに逆比例するが、αはコバルト層が厚さ1 nmになるまで直線的に増加し、その後は急上昇することが示されている。この挙動はコバルト膜における垂直から平行への磁化遷移を反映しているのかもしれないと、水上助教らは考えている。「私たちの実験により、コバルト/白金系のギルバート緩和が広く調節できることが実証されました。スピントロニクス応用では、高速・低消費電力を実現するために、Heffを高く保ちながらギルバート緩和を最適化することが非常に重要になります」と水上助教は言う。今回の結果は、STTを応用したデバイスの設計に向けて、重要な一歩となった。

References

  1. Mizukami, S., Sajitha, E.P., Watanabe, D., Wu, F., Miyazaki, T., Naganuma, H., Oogane, M. & Ando, Y. Gilbert damping in perpendicularly magnetized Pt/Co/Pt films investigated by all-optical pump-probe technique. Applied Physics Letters 96, 152502 (2010). | article

このリサーチハイライトは原著論文の著者の承認を得ており、記事中のすべての実験データは同著者から提供されたものです。