分子構造の制御により、非白金触媒で燃料電池の高性能化に成功
分子構造の制御により、非白金触媒で燃料電池の高性能化に成功
―レアメタル不要な高出力触媒により、脱白金・安価な次世代燃料電池の実現に期待―
発表のポイント
- 燃料電池の正極触媒として用いられる白金炭素の代替として、安価で資源制約のない金属錯体青色顔料(鉄テトラアザフタロシアニン)を炭素に担持した触媒を使用しました。
- 分子構造の最適化によりアニオン交換膜(AEM)型燃料電池(注1)において、従来の金属錯体系触媒を上回る900 mW/cm2を超える出力を実現しました。
- 400 mA/cm2の一定電流密度下において、少ない電圧低下かつ35時間の耐久性を確認し、実作動環境での安定性を実証しました。
概要
燃料電池の実用化に向けて高価な白金に代わる非貴金属触媒の開発が求められる一方、従来の非白金系触媒では出力不足と耐久性の低さが課題とされてきました。
東北大学材料科学高等研究所(WPI-AIMR)の藪浩教授とイスラエル工科大学(Technion)のDario R. Dekel教授らの研究グループは、北海道大学電子科学研究所の松尾保孝教授および東北大学発スタートアップ企業のAZUL Energy株式会社(仙台市、伊藤晃寿社長)と共同で、安価で資源制約のない金属錯体青色顔料を炭素に担持した触媒を、アニオン交換膜(Anion Exchange Membrane,AEM)型燃料電池の正極触媒である白金炭素(Pt/C)の代替触媒として使用し、その分子構造を最適化することで、従来の金属錯体触媒を凌駕する900 mW/cm2の出力と高い耐久性を実現しました。本触媒は、レアメタルを使わない高出力な燃料電池を実現するための重要な技術として期待されます。
本研究成果は、現地時間の9月26日に米国化学会が発行する学術誌ACS Catalysisのオンライン速報版に掲載されました。
詳細な説明
研究の背景
燃料電池の正極反応は、酸素分子が電子を受け取って反応する酸素還元反応(Oxygen Reduction Reaction,ORR)(注2)です。この反応は燃料電池の効率と出力を左右しますが、反応が遅いため、効率向上のために高い酸素吸着能と触媒能を持つ白金族金属(Platinum Group Metal,PGM)(注3)を含む触媒が使われ、通常は白金ナノ粒子を炭素に担持した白金炭素(Pt/C)触媒が用いられています。しかしながら白金は高価で資源制約もあることから、Pt/Cを使わずに高活性と耐久性を両立する触媒が求められていました。
アニオン交換膜(Anion Exchange Membrane,AEM)型燃料電池はアルカリ性の反応環境であり、酸化劣化の影響を受けやすい非白金触媒を採用しやすい燃料電池です。これまで様々な非白金系触媒が開発されてきた中、金属フタロシアニン(MPc)(注4)は、中心金属とそれを囲む大環状分子からなり、原子レベルで構造や電子状態を設計できる利点があります。しかし、従来の金属フタロシアニン系正極触媒は、AEM型燃料電池での出力が十分でないことに加え、耐久性に乏しく、一定電流での耐久性評価はほとんど報告されていない状況でした。
今回の取り組み
研究グループは、通常の鉄フタロシアニンの周辺ベンゼン環を、窒素を含む複素環へ置き換えた2種類の鉄テトラアザフタロシアニンを合成しました。FeAzPc-4Nを導電性カーボンのKetjen Blackに担持した触媒をAZ-FT-30、窒素数をさらに増やしたFeAzPc-8N8Meを担持した触媒をAZ-FO-30としました(図1)。電子顕微鏡・元素分析から、鉄を含む分子がカーボン表面に原子・分子レベルで分散し、大きな粒子へ凝集していないことを確認しました。
回転リングディスク電極による評価では、AZ-FT-30の酸素還元反応の開始電位と半波電位は、1.009 Vおよび0.937 V(対RHE、1,600 rpm)でした。AZ-FO-30では、それぞれ1.029 Vおよび0.945 Vでした。両触媒の電気化学的表面積はAZ-FT-30が155.8 m2/g、AZ-FO-30が157.5 m2/gと近く、表面積の大小ではなく、分子構造に由来する固有の触媒活性の差が性能に反映されたと考えられます。
それぞれの触媒を正極触媒としてカーボンペーパーに塗布し、80 °CでAEM型燃料電池の性能を評価した結果、AZ-FT-30の最大出力密度(注5)は744 mW/cm2、AZ-FO-30は902 mW/cm2に達しました(図2(a)・(b))。さらにAZ-FO-30を400 mA/cm2で連続作動させたところ、35時間後の電圧低下は約12%で、平均低下速度は2.4 mV/hでした(図2(c))。これは、従来は出力測定にとどまることが多かった分子触媒について、AEM型燃料電池セルとしての作動安定性を示した成果です。
従来の金属フタロシアニン系正極触媒を用いたAEM型燃料電池の報告と、本研究で見出した性能を0.5 Vにおける電流密度と最大出力密度の観点から比較したところ、従来の金属フタロシアニン系触媒を凌駕する性能が実現できていることを明らかにしました(図3)。
こうした性能向上の詳細な要因を探るため、密度汎関数理論(DFT)(注6)計算により、酸素還元反応の中間体が鉄中心へ吸着する様子を調べました。反応中間体であるOHが吸着したときの鉄—酸素間距離は、通常のFePc、AZ-FT-30、AZ-FO-30の順に短くなりました。最も短いAZ-FO-30ではOHが鉄活性点へ強く結合することを示しており、水分子を1個明示的に含めた、より実際の反応環境に近い計算でも同じ傾向が得られました。計算で得た反応の自由エネルギーの傾向も、AZ-FO-30、AZ-FT-30、通常のFePcの順に高い触媒活性を示す実験結果と整合しました。このことから、触媒分子の分子構造制御により、OHの吸着強度を制御した結果、高いORR性能とAEM型燃料電池性能が実現できたことが明らかになりました。
今後の展開
今回の結果は、フタロシアニン骨格への窒素導入という分子構造制御によって、白金族金属を用いずにAEM型燃料電池の出力と耐久性を高められることを示しました。今後は、鉄活性点と酸素反応中間体の結合の強さを指標として分子構造をさらに最適化するとともに、触媒層内のイオン伝導、ガス輸送、水分管理を含む電極構造を改良し、より長時間の耐久性と高出力の両立を目指します。
なお、AZ-FT-30については、AZUL Energy株式会社が製造を担い、2026年7月3日より富士フイルム和光純薬株式会社より試薬販売を開始しています。今後上記の検討をさらに進め、触媒のラインナップを充実していく予定です。
図1. 青色顔料触媒の分子構造と触媒の調製方法
図2. 青色顔料触媒を用いたAEM型燃料電池の(a) 電圧-電流密度分極曲線、(b)電流密度/出力-電圧分極曲線、(c)AZ-FO-30を正極触媒とした場合の400 mA/cm2一定電流耐久性試験。
図3. 既報の金属フタロシアニン系触媒を正極触媒としたAEM型燃料電池と本研究の比較。どちらの触媒も既報を凌駕する高い出力性能を有している。
謝辞
本研究は、Nancy & Stephen Grand Technion Energy Program(GTEP)、Israeli Science Foundation(169/22)、Israeli Smart Transportation Research Center(2071819)、Gelman-Laser Foundation(2071458)、日本学術振興会 科学研究費助成事業(JP23H00301)、科学技術振興機構 未来社会創造事業(JPMJMI25I1)、文部科学省マテリアル先端リサーチインフラ(JPMXP1223HK0074、JPMXP1224HK0103)などの支援を受けて実施されました。また、Israel National Institute for Energy Storage(INIES)、Hydrogen Technologies Consortium(H2Tech)およびIsrael Budgeting and Planning Committee(VATAT)の支援を受けました。J. C. Douglin氏は、欧州連合Horizon Europe研究・イノベーションプログラムおよびAsteriskから支援を受けました。
用語解説
- 注1. アニオン交換膜(AEM)型燃料電池
- 水酸化物イオンなどの陰イオンを通す膜を電解質に用い、アルカリ性環境で作動する燃料電池。非白金系触媒を利用しやすい特徴があります。
- 注2. 酸素還元反応(Oxygen Reduction Reaction, ORR)
- 燃料電池のカソードで酸素が電子を受け取る反応。反応が遅いと、燃料電池の電圧や出力が低下します。
- 注3. 白金族金属(Platinum Group Metal, PGM)
- 白金、パラジウム、ルテニウムなどの金属群。優れた触媒性能を持つ一方、希少で高価です。本研究のカソード触媒はPGMを使用しません。
- 注4. 金属フタロシアニン(MPc)
- 中心金属を窒素原子が取り囲む平面状の大環状分子。周辺骨格を置換することで電子状態と触媒性能を分子レベルで調整できます。
- 注5. 最大出力密度
- 燃料電池の電極面積1 cm2当たりに取り出せる最大電力。値が大きいほど、同じ面積から高い出力を得られます。
- 注6. 密度汎関数理論(DFT)
- 電子状態に基づいて物質の構造や反応エネルギーを計算する量子化学的手法。本研究では反応中間体と鉄活性点の相互作用を調べました。
論文情報
| タイトル: | Advanced Metal-Phthalocyanine-based Catalysts with Enhanced Oxygen Reduction Reaction Activity for High-Performance Anion-Exchange Membrane Fuel Cells |
|---|---|
| 著者: | John C. Douglin, Kosuke Ishibashi, Yutaro Hirai, Yasutaka Matsuo, Koji Suto, Pankaj Kumar, Maytal Caspary Toroker, Hiroshi Yabu, Dario R. Dekel |
| 掲載誌: | ACS Catalysis |
| DOI: | 10.1021/acscatal.6c03312![]() |
問い合わせ先
研究に関すること
東北大学材料科学高等研究所(WPI-AIMR)
教授 藪 浩(研究者プロフィール)
| Tel: | 022-217-5996 |
|---|---|
| E-mail: | hiroshi.yabu.d5@tohoku.ac.jp |
報道に関すること
東北大学材料科学高等研究所(WPI-AIMR) 広報戦略室
| Tel: | 022-217-6146 |
|---|---|
| E-mail: | aimr-outreach@grp.tohoku.ac.jp |



