「ほどけ方」で編み物を分類する新理論を構築
「ほどけ方」で編み物を分類する新理論を構築
~未知の編み構造や伝線制御への応用が可能に~
立命館大学総合科学技術研究機構の嶋本大祐専門研究員、東北大学材料科学高等研究所(WPI-AIMR)のソニア・マムーディ助教、青山学院大学理工学部のサミュエル・ポワンクルー助教らによる研究チームは、編み物の本質が、作りやすさと表裏一体の壊れやすさにあることを明らかにしました。ほどけ方に基づいて構造を分類することで、「編み物」を数学・物理の観点から改めて定義し、編み物の範囲を無数の未知の構造にまで広げました。具体例として、伝線しない編み物や、逆に壊れやすい編み物の構造を提示しています。
本件のポイント
- 周期的に糸が絡まった構造を、ほどけ方に基づいて分類する方法を提案
- 未知の構造が編み物として作成可能かどうかを判定可能に
- 伝線しにくい構造や、逆に壊れやすい構造など、壊れ方を制御した新しいトポロジーを考案
研究成果の概要
本研究では、「編み物とは何か」をトポロジー※1の観点から定義し、周期的に糸が絡まった構造が編み物として作成可能かどうかを判定する方法を提案しました。
棒針編みやかぎ針編みでは、糸の両端を固定したまま小さな操作を繰り返すことで、大きな布を作ることができます。本研究チームは、この「局所的な操作のみで作れる」という制約が、糸の絡まり方にどのように反映されるかに着目しました。特に、編み物では一部分の絡まりがほどけると、その変化が周囲へ連鎖的に広がるという特徴がある点に注目しました。本研究ではこの連鎖を「欠陥」の伝播として記述し、その伝播の仕方に基づいて構造を分類しました。これにより、初めて見る構造であっても、トポロジー情報のみから、編み物として作成可能かどうかを判定できるようになりました。
この手法を応用することで、ストッキングの伝線のように、絡まりの崩壊が広範囲へ広がる現象を、統一的に理解できることも示されました。さらに、欠陥が広がりにくい構造を設計することで、部分的にほどけても連鎖的に壊れにくい新しい編み物の例を提案しました。
研究の背景
一本の糸を特定の操作で繰り返し絡めていくことで、布を作ることができます。一般的にこの操作を「編む」と呼び、その結果として作られる布を「編み物」と呼んでいます。編み物は、織物のように多数の縦糸と横糸を必要とせず、一本の糸から柔らかく複雑な構造を作ることができるという特徴を持っています。そのため、古くから衣類や工芸に用いられてきました。

図1 編める/編めない構造それぞれの具体例。これらの区別は簡単ではない。
しかし、そもそも編み物とは何でしょうか。なぜ、限られた種類の編み物しか使われていないのでしょうか。どのような構造が編み物として作れるのか、という問題は、これまで数学者や物理学者の研究対象となってきませんでした(図1)。現在使われている編み方は経験的に発展してきたもので、未知の構造を目にしたときにそれが編み物として作成可能かどうかを判定する一般的な方法は存在していませんでした。
一方、糸の形状そのものではなく、その絡まり方、すなわちトポロジーを扱うのに適した理論として、結び目理論※2が知られています。結び目理論では空間の中で絡まった曲線を絡み目と呼び、切ったり貼ったりすることなく、滑らかな変形に基づいて絡まりを調べます。実際の糸も柔らかく変形することができますが、絡まり方そのものを変えるには糸を切る必要があります。そのため、トポロジーに注目することで、物理的に可能な操作を議論することができます。
糸の絡まり方は、布の柔らかさや物理的な性質を左右します。しかし、編み物をトポロジーによって定義し、その範囲を明らかにする理論は、これまで存在していませんでした。そこで本研究では、周期的に絡まった構造をトポロジーに基づいて分類することで、編み物とは何かを数学や物理の観点から理解することを目指しました。
研究の内容
本研究チームは、周期的な構造の絡み目を、そのほどけ方に基づいて分類する方法を提案しました。本研究では、絡み目を格子に区切り、小さなセルの繰り返しとして表現します。そして、それぞれのセルのトポロジーに対しほどけている状態と絡まっている状態の二つの状態を定義し、曲線を切り貼りしないという制約のもとで、どのように状態が遷移することができるかを考察します。
その結果、「あるセルが二つの状態間を遷移するためには、どのセルがほどけていなければいけないか」という依存関係に基づいた分類が可能になりました。
この分類から、編み物には、ある場所で生じた変化が周囲へと連鎖的に伝わるという共通の特徴が現れることが分かりました。すなわち、糸を切ったときに、そこからほどけが広がるものが編み物として分類されます(図2)。この考え方を用いることで、未知の構造であっても、そのトポロジー情報から、編み物として作成可能かどうか判定できるようになりました。
つまり、従来は経験的にしか知られていなかった編み物の範囲を、無数の新しい構造にまで拡張できることが示されました。

図2 端のない編み物の一部分を仮想的にほどき、それが全体に伝わるか否かが編めるか否かに対応する。
さらにダイナミクスに目を向けると、編み物の破壊も同じ考え方で理解できることが分かります。編み物の連鎖的な破壊の代表例が、ストッキングの伝線です。伝線とは、最初に一箇所で糸が切れたことをきっかけに、長距離にわたって絡まりがほどけていく破壊現象です。このように、ほつれが連鎖する現象は、欠陥が一方向へ伝播していく過程として記述できます。
伝線は悩ましい現象ですが、小さな変形だけで作ったり壊したりできるというこの性質は、編み物の作成の容易さと表裏一体であると言えます。
そこで最後に、作りやすさを保ったまま、壊れやすさだけを取り除けば、より興味深い構造が作れるのではないかと考えました。例えば、あるセルがほどけるためには、周囲の複数のセルが同時にほどけていなければならないという依存関係を持たせれば、破壊の連鎖が停止する、丈夫な布を作ることができるはずです。
本研究では、その一例として、部分的にほどけても破壊が連鎖しない編み物の構造を考案しました。また同様のアプローチにより、伝線が広がりやすい依存関係を設計し、通常の編み物よりも逆に壊れやすい構造の例も提示しました。
社会的な意義
本研究は、どのような構造が編み物として作成可能かを、トポロジーに基づいて判定する方法を与えるものです。この方法により、新しいテキスタイルの発見を体系的に行えると考えられます。例えば、計算機による自動探索を行えば、これまで想定されていなかった性質を持つ構造が見つかる可能性があります。
また本研究では、布の壊れやすさがトポロジーで決まることを示しました。これは、同じ材料を用いても、トポロジーを変えるだけで破壊挙動を制御できることを意味します。例えば、部分的に損傷しても伝線しにくい布を作ることで、廃棄される布製品を減らせる可能性があります。逆に、一定条件で壊れやすく設計された布など、機能性を持つ構造の創出にもつながります。
さらに、本研究で導入した「欠陥」とその「伝播」という考え方は、布に限らず、ひも状の構造が複雑に絡まり合うさまざまな問題へ応用できる可能性があります。高分子科学やロボティクスをはじめとする多くの分野において、新たな設計指針や理解につながることも期待されます。
研究者のコメント
本研究は、「編み物とは何か」という素朴な疑問から取り組み始めました。研究を始めた当初は、実際に編み物をした経験もありませんでしたが、問いに対する一つの答えを見つけて、その結果として役に立つものを生み出せるかもしれないという点が興味深いことだと思います。
論文情報
| タイトル: | Topological defect propagation to classify knitted fabrics |
|---|---|
| 著者: | Daisuke S. Shimamoto, Keiko Shimamoto, Sonia Mahmoudi, and Samuel Poincloux |
| 掲載誌: | Physical Review X |
| DOI: | 10.1103/g565-3dyn![]() |
用語解説
- ※1 トポロジー
- 長さや角度ではなく、切ったり貼ったりしない変形で保たれる性質を扱う数学の分野。
- ※2 結び目理論
- 空間内で絡まったひも状の曲線を、切らずに変形できるかどうかという観点から分類する理論。
問い合わせ先
研究に関すること
立命館大学 総合科学技術研究機構
専門研究員 嶋本大祐
| Tel: | 077-561-2631 |
|---|---|
| E-mail: | 711dsk@gmail.com |
東北大学 材料科学高等研究所(WPI-AIMR)
助教 ソニア・マムーディ(研究者プロフィール)
| Tel: | 022-217-6176 |
|---|---|
| E-mail: | sonia.mahmoudi.d8@tohoku.ac.jp |
青山学院大学 理工学部・物理科学科
助教 サミュエル・ポワンクルー
| Tel: | 042-759-6290 |
|---|---|
| E-mail: | poincloux@phys.aoyama.ac.jp |
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