ナノサイズの「磁気の渦」の正体を解明
ナノサイズの「磁気の渦」の正体を解明
― 次世代・超省電力メモリ実現へ新たな設計指針 ―
発表のポイント
- 磁気の渦(磁気スキルミオン)がわずか数ナノメートルという極小サイズで、しかも複数の異なる形で現れる理由を解明しました。
- 最先端の放射光(注1)実験により、電子の振る舞いが劇的に変化する瞬間(リフシッツ転移(注2))が、スキルミオン誕生の引き金であることを突き止めました。
- 本成果は、電子の状態を「設計図」として利用することで、極小スキルミオンの大きさや形を自在にデザインできる可能性を示すものです。
概要
スキルミオンは、電子のスピン(小さな磁石)(注3)が渦巻状に並んだ特殊な構造(図1a)で、一度できると壊れにくく、しかもごくわずかな電流で動かせるという優れた性質を持つことから、次世代の超低消費電力メモリや情報デバイスの切り札として注目されています。これまでスキルミオンの形成には、結晶構造に表と裏の区別がある特殊な環境が必要であると考えられていました。しかし近年、これまでの常識では説明できない材料から、直径わずか約2ナノメートルという「世界最小級」のスキルミオンが発見され、世界的な注目を集めています。特にEu(Ga,Al)4という材料は、磁場によってスキルミオンの並び方が菱形から正方形へ変化する珍しい性質を持ちますが(図1b, c, d)、なぜこれほど小さくなれるのか、なぜ並び方の形まで変わるのか、その根本原因は分かっていませんでした。 東北大学と京都産業大学の共同研究グループは、放射光施設フォトンファクトリーを利用した角度分解光電子分光実験(注4)を行い、Eu(Ga,Al)4の内部を動く電子の状態を精密に観測しました。その結果、ガリウム(Ga)をアルミニウム(Al)に置き換える過程で、特定の組成において新たなフェルミ面(注5)が出現する「リフシッツ転移」を発見しました(図2)。新たに現れたフェルミ面が、スキルミオンの有無や大きさ、並び方を決定していることを突き止めました。これは、伝導電子がスピンの向きを揃えるRKKY相互作用(注6)が、極小スキルミオンの形成と多様性をもたらすことを示しています。この成果は、電子状態を変化させることでスキルミオンの大きさや形状を自在に設計・制御できる可能性を示したものです。本研究成果は2026年4月13日10時(英国時間)、科学誌Nature Communicationsに掲載されました。
詳細な説明
研究の背景
現代の情報社会を支えるハードディスクなどの磁気記録デバイスには、さらなる大容量化と省電力化が求められています。その鍵として期待されているのが「磁気スキルミオン」(図1a)です。スキルミオンは粒子のような性質を持ち、安定して存在でき、非常に小さな電流で動かせるため、情報の運び手として理想的な性質を持っており、超高密度・省電力磁気メモリなどへの応用が期待されています。 これまで、スキルミオンの形成にはDM相互作用(注7)という、中心対称性のない(表と裏の区別がある)結晶構造に特有の力が重要であるとされてきました。しかし近年、この力が生じないはずの中心対称な材料でもスキルミオンが形成されることが分かり、従来の定説を覆す発見として大きな注目を集めています。さらに、この新型のスキルミオン材料について、スキルミオンの大きさが従来の10分の1以下と小さいことや、並び方を磁場によって変化させられることなど、特異な性質が次々と明らかになってきました。このような様々な特徴を説明するモデルの解明が重要な課題となっています。
今回の取り組み
今回、東北大学大学院理学研究科の新井 結喜 大学院生、中山 耕輔 助教、材料科学高等研究所(WPI-AIMR)の佐藤 宇史 教授、多元物質科学研究所の組頭 広志 教授、京都産業大学理学部の瀬川 耕司 教授らの共同研究グループは、中心対称な結晶構造を持ちながら、低温で複数の極小スキルミオン相(菱形格子および正方格子)を示す希少な材料であるEuAl4とその関連物質Eu(Ga,Al)4(図1b)に着目しました。そして、この材料の複雑な磁気状態の起源を解明するため、物質内部の電子のエネルギーと運動量を直接観測できる軟X線角度分解光電子分光(SX-ARPES)を実施しました。 その結果、EuGa4のGaをAlに置換していくと、Gaの40%ほどをAlで置換した時点で電子の世界に突然「新しい通り道(フェルミ面)」が出現する「リフシッツ転移」という現象を観測しました(図2)。さらに、この電子状態の変化を境にして、スキルミオンやらせん磁性(注8)が一斉に現れることを発見しました。さらに、詳しい解析の結果、フェルミ面を特定の方向に移動させた際、新たに現れたフェルミ面が「重なりやすい(ネスティング)」性質を持っていることを示し(図3)、この重なりの強さと方向こそが、スキルミオンのサイズや並び方を決める「設計図」そのものであることを明らかにしました。これは、従来の常識であったDM相互作用とは異なる仕組みとして、伝導電子が仲介するRKKY相互作用が、極小スキルミオン誕生の鍵であることを示す決定的な証拠です。
今後の展開
今回の発見により、電子状態を「操作」することで、狙ったサイズ・狙った形のスキルミオンを戦略的に創り出せる道が拓けました。今後は本研究で示した指針に基づき、組成や構造を精密に制御することで、より微小で高温動作可能なスキルミオン材料の創製が加速すると期待されます。

図1.
- (a) 磁気スキルミオンの模式図。円錐は電子スピンを表し、尖っている方向が磁石のN極に相当する。
- (b) Eu(Ga,Al)4の結晶構造の模式図。
- (c) スキルミオンが菱形に規則正しく並んだ状態。EuAl4に弱い磁場をかけた際に観測されている。
- (d) スキルミオンが正方形に規則正しく並んだ状態。EuAl4に強い磁場をかけた際に観測されている。

図2. Eu(Ga,Al)4においてSX-ARPESを用いて観測したフェルミ面の組成依存性。EuGa4では青線(e2)と赤線(h1)の二種類のフェルミ面のみ存在するのに対して、GaをAlで置き換えた物質では、緑線(e1)フェルミ面が新たに出現する。このようなフェルミ面の変化をリフシッツ転移と呼ぶ。

図3.
- (a) EuGa4で観測したフェルミ面(青線)と、それを緑矢印の分だけ平行移動させたもの(赤線)。
- (b) EuAl4で観測したフェルミ面(青線)と、それを緑矢印の分だけ平行移動させたもの(赤線)。紫色で示した部分で両者が良く重なっている(ネスティングしている)。
- (c) (b)中でフェルミ面が重なるように動かした距離(緑丸 = 緑矢印の長さ)と、スキルミオンの大きさから期待される移動距離(緑点線)の比較。両者が一致していることは、フェルミ面の重なりがスキルミオンの大きさを決めていることを示している。
謝辞
本成果は、日本学術振興会(JSPS)科研費JP23H01115(研究代表者:中山 耕輔)、JP21H04435(研究代表者:佐藤 宇史)、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業 CREST「ナノスピンARPESによるハイブリッドトポロジカル材料創製」(JPMJCR18T1)(研究代表者:佐藤 宇史)などの助成により得られました。SX-ARPES装置を用いた実験は高エネルギー加速器研究機構物質構造科学研究所放射光共同利用実験課題(課題番号:2024S2-001、2022G652、2024G141、2024G136)により実施しました。
用語解説
- 注1. 放射光
- 円形の加速器内を周回運動する数GeV(ギガ電子ボルト)の高いエネルギーを持つ電子が、磁場によって軌道を曲げられたときに発生する指向性の高い電磁波を放射光と呼ぶ。赤外線から可視光(ヒトが見ることのできる光、動物種によって見ることのできる光の波長は異なる)、紫外線、X線、γ線に至るまでの、幅広い波長の電磁波が加速器から発生される。そのため、放射光の用途も広く、材料科学、デバイス開発、環境科学、医学、生物学、考古学、科学鑑定など多くの分野で、物質、材料、化学物質、生物、食物などについて、原子や分子の構造や元素の状態の精密な分析が行われている。
- 注2. リフシッツ転移
- 金属において、フェルミ面のトポロジーが劇的に変化する(フェルミ面が出現・消失したり、つなぎかえが起きたりする)現象である。この転移に伴って、超伝導などの性質が大きく変化する例が報告されている。しかし、スキルミオンの出現とリフシッツ転移の関係はこれまで未解明であった。
- 注3. スピン
- 電子が持つ、自転に由来した磁石の性質をスピンと呼ぶ。一般的な磁石(強磁性体)では、スピンの向きが一方向に揃った状態になっている。一方、磁気スキルミオンでは、スピンの向きが渦巻き状になっている。
- 注4. 角度分解光電子分光(ARPES)
- 結晶の表面に紫外線などの強力な光を照射して、外部光電効果により結晶外に放出される電子のエネルギーと運動量を同時に測定することで、物質中での電子の状態を観測する実験手法である。紫外線よりも波長の短い軟X線を結晶に照射すると、紫外線を照射した場合よりも物質の内部深く(バルク)の電子状態を決定することが可能になる。この手法をSX-ARPESと呼ぶ。
- 注5. フェルミ面
- 物質中の電子は、最もエネルギーが低い量子状態から順に占有する。順に全ての電子を埋めていった際の電子の存在する領域と存在できない領域の境界のエネルギーをフェルミエネルギーと呼ぶ。そのエネルギーにおける運動量空間での電子分布がフェルミ面である。
- 注6. RKKY相互作用
- Ruderman-Kittel-Kasuya-Yosida相互作用の略称。金属において遠く離れたスピンの間に働く力である。スピンが揃う向きは距離によって周期的に変化する。また、その周期は伝導電子が作るフェルミ面が重なる距離と関係している。
- 注7. DM相互作用
- Dzyaloshinskii-Moriya相互作用の略称。結晶構造の中心対称性が破れた物質において、隣り合う電子スピンの向きを捻るように働く力である。この力がスキルミオンの形成に重要であると考えられている。
- 注8. らせん磁性
- 磁気秩序の一種で、隣り合うスピンがらせん状に回転しながら配列する。スキルミオンと同様に、中心対称性のない結晶では、DM相互作用がらせん磁性を安定化させることがこれまで分かっていた。
論文情報
| タイトル: | Origin of multiple skyrmion phases in EuAl4 |
|---|---|
| 著者: | Yuki Arai, Kosuke Nakayama, Asuka Honma, Seigo Souma, Daisuke Shiga, Hiroshi Kumigashira, Takashi Takahashi, Kouji Segawa, and Takafumi Sato |
| 掲載誌: | Nature Communications |
| DOI: | 10.1038/s41467-026-71020-y![]() |
問い合わせ先
研究に関すること
東北大学大学院理学研究科物理学専攻
助教 中山 耕輔(なかやま こうすけ)
| Tel: | 022-217-6169 |
|---|---|
| E-mail: | k.nakayama@arpes.phys.tohoku.ac.jp |
東北大学材料科学高等研究所
教授 佐藤 宇史(さとう たかふみ)(研究者プロフィール)
| Tel: | 022-217-6169 |
|---|---|
| E-mail: | t-sato@arpes.phys.tohoku.ac.jp |
報道に関すること
東北大学大学院理学研究科
広報・アウトリーチ支援室
| Tel: | 022-795-6708 |
|---|---|
| E-mail: | sci-pr@mail.sci.tohoku.ac.jp |
京都産業大学広報部
| Tel: | 075-705-1411 |
|---|---|
| E-mail: | kouhou-bu@star.kyoto-su.ac.jp |




