p型・n型制御に成功:窒化物熱電薄膜の実用化に前進

2026年03月12日

国立大学法人東北大学

p型・n型制御に成功:窒化物熱電薄膜の実用化に前進

―残留酸素を活用した欠陥設計でキャリア極性を制御―

発表のポイント

  • スパッタリング(注1)装置内の残留酸素を除去すべき不純物ではなく制御因子として活用し、意図的な元素添加を行うことなくクロム窒化物(CrN)薄膜のn型からp型への伝導型変換(注2)を実現しました。
  • 酸素が結晶中の欠陥を制御する鍵として機能することを解明しました。
  • 単一材料かつ同一結晶構造を持つn型・p型CrN薄膜の作製に成功し、耐熱性に優れたn–pホモ接合(注3)型薄膜熱電デバイスへの道を開きました。

概要

近年、集積化や小型化に適した薄膜熱電材料(注4)への関心が高まっています。中でも、高温環境下で安定に動作する遷移金属窒化物は有望材料とされ、特にクロム窒化物(CrN)は優れたn型熱電特性を示すことが知られています。一方、実用的な薄膜熱電モジュールには、同一材料系でn型とp型の両立が不可欠ですが、従来手法ではプロセスの複雑さが課題となっていました。

東北大学大学院工学研究科の双逸助教と須藤祐司教授らの研究グループは、スパッタリング装置内の残留酸素を活用し、反応性窒素ガス流量を制御することで、CrN薄膜の伝導型をn型からp型へと変換できることを見出しました。低流量ではN空孔によりn型を示し、流量の増加によりCr空孔が安定化してp型へと変化します。放射光実験および第一原理計算により、酸素が欠陥形成を制御する因子として機能していることを明らかにしました。

本成果は、意図的な元素添加を行うことなく単一材料でn型・p型の両立を可能にする新たな材料制御指針を示し、耐熱性に優れた窒化物薄膜熱電デバイスの実現に向けた重要な一歩となるものです。

本研究の成果は、2026年3月6日に英国王立化学会誌Journal of Materials Chemistry Aに掲載されました。

詳細な説明

研究の背景

近年、デバイスの集積化や小型化に対応する薄膜熱電材料の研究が進展しています。特に高温環境下でも安定に動作する材料として、遷移金属窒化物が注目されています。これらは高融点、高い機械的強度、優れた耐酸化性を兼ね備え、過酷環境での応用が期待されています。中でもCrNは、大きなゼーベック係数(注5)と比較的低い格子熱伝導率(注6)を示すn型半導体として知られています。しかし、実用的な熱電モジュールを構築するためには、結晶構造や熱膨張係数、機械的特性が整合したn型・p型材料の組み合わせが不可欠です。

CrNのp型化については、主に金属元素を意図的に置換する方法が検討されてきましたが、精密な組成制御を必要とし、プロセスが複雑になるという課題がありました。また、窒化物薄膜の成膜には高温でのエピタキシャル成長(注7)や単結晶基板の使用が一般的であり、成膜条件にも制約が存在していました。

今回の取り組み

こうした背景のもと、東北大学大学院工学研究科の双逸助教(同大学材料科学高等研究所(以下、WPI-AIMR)および高等研究機構兼務)と須藤祐司教授(WPI-AIMR兼務)は、同大学グリーン未来創造機構グリーンクロステック研究センターの齊藤雄太教授、産業技術総合研究所の畑山祥吾主任研究員、東北大学大学院工学研究科の金美賢特任助教および慶應義塾大学理工学部のポール フォンス教授(研究当時)と共同で、スパッタリング装置内に自然に存在する残留酸素に着目し、その制御によるCrN薄膜の伝導型変換の可能性を実証しました。

具体的には、装置内のベース圧力(成膜前の真空度)を10-5 Paに固定し、反応性窒素ガス流量(fN2)のみを制御することで、膜中の酸素取り込み量を6.8~12.4 at.%の範囲で再現性よく調整することに成功しました。fN2の増加に伴い作動圧力が上昇し、酸素分圧が増大することでCrN膜中の酸素含有量が増加しました。

fN2 = 2–10 sccmの条件で作製したCrN薄膜は、いずれもNaCl型立方構造を有していることがX線回折(XRD)により確認されました。(111)回折ピークはfN2の増加とともに低角側へシフトし(図1a)、低fN2領域で存在したN空孔が窒素によって徐々に充填され、格子が膨張したことを示唆しています(図1b)。さらに、透過電子顕微鏡(TEM)観察により、キャリア極性の違い(後述、図2b)にもかかわらず、いずれも柱状の多結晶微細組織が保持されていることを確認しました。

組成分析およびゼーベック係数測定の結果(図2b)、低fN2条件ではN空孔がドナーとして作用しn型伝導を示しました。一方、fN2を4 sccm以上に増加させると、Cr空孔が安定化し、p型ホール伝導へと変化しました。酸素は単純なアクセプタとして作用するのではなく、欠陥形成エネルギーを変化させることでキャリア極性を制御していることが明らかになりました。さらに、Cr K吸収端X線広域微細構造(EXAFS)解析(注8)(図2c)第一原理計算から、Cr–Cr結合距離の伸長や配位数の減少、Cr 3d–O/N 2p軌道混成の増強が確認され、局在ホール状態の形成とキャリア極性変換との強い相関が示されました(図2d)。n型およびp型薄膜はいずれもNaCl型立方構造と類似の微細組織を保持しており、室温における最大パワーファクター(注9)は、n型で0.105 mW·m-1·K-2、p型で0.053 mW·m-1·K-2を達成しました(図3)。

これらの結果は、通常は除去すべき不純物とされる残留酸素を欠陥制御因子として積極的に活用することで、意図的な元素添加を行うことなく伝導型を制御できることを示しています。

今後の展開

本研究は、残留酸素を“除去すべき不純物”ではなく、“制御可能な欠陥設計因子”として活用するという、材料設計における新しいアプローチを提示するものです。同一結晶構造を有するn型およびp型CrN薄膜を単一材料系で実現できたことにより、界面歪みや熱膨張差を最小化したn–pホモ接合の形成が可能になります。これにより、高温環境下でも安定に動作する高信頼性熱電デバイスの構築が期待されます。

今後は、CrNを基盤としたp–nホモ接合型熱電素子(TEG)の実証を進めるとともに、本研究で示した「残留酸素を制御因子として活用する」設計概念を他の遷移金属窒化物へと展開することで、耐熱性と高安定性を兼ね備えた次世代薄膜熱電材料の創出を目指します。


図1. (a) 各fN2で成膜したCrN薄膜のXRDパターン。(b) 各fN2条件におけるCrN薄膜の(111)面の面間隔d111。なお、d111値は、(111)回折ピーク位置から算出した。挿入図にNaCl型CrNの結晶構造模式図を示す。(c) fN2 = 2 sccmで成膜したCrN薄膜の断面TEM像。(d) fN2 = 6 sccmで成膜したCrN薄膜の断面TEM像。

図2. (a) 各fN2で成膜したCrN薄膜のゼーベック係数。(b) 代表例として、fN2 = 2 sccmで成膜したCrN薄膜のCr K吸収端におけるフーリエ変換EXAFSスペクトルおよびフィッティング結果。(c) (b)のフィッティングに基づき算出したCr–Cr経路の配位数(Coordination number)。

図3. 各fN2条件で室温成膜したCrN薄膜の室温におけるパワーファクター。

謝辞

本研究は、JSPS科研費(助成番号JP24K00915、JP21H05009)、熱・電気エネルギー技術財団、東北大学WPI-AIMR Fusion Research支援の助成を受けて実施されました。また、研究の一部は、NEDO官民による若手研究者発掘支援事業(若サポ)と科学技術振興機構(JST)創発的研究支援事業(JPMJFR235T)により行われました。また、X線吸収微細構造(XAFS)の測定はSPring-8のBL01B1にて実施されました。また、本論文は「東北大学2025年度オープンアクセス推進のためのAPC支援事業」の支援を受けました。

用語解説
注1. スパッタリング
スパッタリングは、真空中でターゲット材料を原子レベルで放出し、基板上に薄膜として堆積させる成膜技術である。反応性スパッタ法はスパッタリングの中の一種で、アルゴンなどの不活性ガスに加えて窒素などの反応性ガスを導入し、成膜中に化学反応を起こしながら薄膜を形成する方法である。
注2. n型からp型への伝導型変換
半導体における電気伝導の型。n型は電子が、p型は正孔(電子が抜けた状態)が主に電流を運ぶ。n型からp型への伝導型変換とは、主な電荷担体が電子から正孔へ変化すること。
注3. n–pホモ接合
同一材料内でn型とp型を形成した接合構造。物性が一致するため安定性に優れる。
注4. 熱電材料
温度差を電気エネルギーに直接変換できる材料。外部電源を用いずに発電できるため、廃熱の有効利用技術として注目されている。
注5. ゼーベック係数
温度差によって発生する電圧の大きさを示す指標。値が大きいほど、温度差からより大きな電圧を取り出すことができる。
注6. 格子熱伝導率
結晶中の原子の振動(フォノン)によって熱が伝わる成分を指す。熱電材料では、この値が低いほど熱が伝わりにくくなり、温度差を維持しやすくなるため、発電性能の向上につながる。
注7. エピタキシャル成長
単結晶基板上で結晶方位を揃えて成長させる方法。高温や特殊基板を必要とすることが多い。
注8. X線広域微細構造(EXAFS)解析
放射光を用いて原子周囲の局所構造や結合状態を解析する手法。元素ごとの結合距離や配位数を評価できる。
注9. パワーファクター
熱電材料の性能を評価する指標の一つで、ゼーベック係数と電気伝導率から決まる。値が大きいほど、発電性能が高いことを示す。

論文情報

タイトル: Residual oxygen-driven p–n conversion and thermoelectric properties in CrN films
著者: Yi Shuang, Yuta Saito, Shogo Hatayama, Mihyeon Kim, Fons Paul and Yuji Sutou
掲載誌: Journal of Materials Chemistry A
DOI: 10.1039/D5TA10269C新しいタブで開きます

問い合わせ先

研究に関すること

東北大学大学院工学研究科
助教 双 逸(研究者プロフィール

Tel: 022-795-7339
E-mail: shuang.yi.e3@tohoku.ac.jp

東北大学大学院工学研究科
教授 須藤 祐司(研究者プロフィール

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E-mail: ysutou@material.tohoku.ac.jp

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