Nature Communications(オンライン版)にAIMRの研究成果が掲載
人工次元における「トポロジカル原子レーザー」を実現
―冷却原子系で「利得」を作り、励起状態への凝縮に成功―
概要
京都大学大学院理学研究科の高橋義朗 教授、田家慎太郎 助教、高須洋介 准教授、津野琢士 修士課程学生(研究当時)らの研究グループは、東北大学材料科学高等研究所(WPI-AIMR)の小澤知己 教授と共同で、極低温のルビジウム原子を用いた実験により、「トポロジカル原子レーザー」の発振に世界で初めて成功しました。
本研究では、光(レーザー)の分野で発展してきた「非エルミート量子力学(利得と損失を伴う物理学)」1)を原子の世界に拡張するため、原子の内部状態を人工的な空間次元(人工次元)2)と見なす手法を用いました。さらに、通常は原子を冷却するために用いる「蒸発冷却」のプロセスを通して、特定の高エネルギー状態(トポロジカル端状態)3)にある原子を集中的に増やす「実効的な利得(増幅)」のメカニズムを新たに開発しました。
この成果は、中性原子を用いた量子シミュレーションの可能性を広げるとともに、将来的に外部のノイズに強い高感度な量子センサーや、新しい原理に基づく原子デバイスの開発につながると期待されます。
本研究成果は、2025年12月13日に英国の国際学術誌「Nature Communications」にオンライン掲載されました。

図: 光のレーザーと原子レーザーの対比
(左)一般的なレーザー発振の原理。外部からエネルギー(利得)を与えられ、光が増幅される。(右)今回の実験の概念図。人工次元(スピン空間)上の格子において、蒸発冷却を巧みに利用することで実効的な利得を生み出し、端(エッジ)の状態に原子が凝縮して「原子レーザー」として振る舞う様子。
1. 背景
「減らす」のは得意だが、「増やす」のが難しかった原子の実験
量子力学の世界において、外部環境とのエネルギーの出入りがある系は「非エルミート量子系」と呼ばれます。特に、信号を増幅する「利得(ゲイン)」と、信号が減衰する「損失(ロス)」を制御することで現れる特異な現象は、レーザーや光通信などのフォトニクス(光学)分野で盛んに研究されてきました。
一方、原子などの物質粒子を扱う「冷却原子気体」の分野でも、この非エルミート量子力学の研究が進められています。しかし、原子の実験では、原子を系から取り除く「損失」の導入は容易であるものの、光のように外部からポンプして「利得(増幅)」を加えることは技術的に極めて困難でした。そのため、これまでの原子を用いた実験は「損失のみ」を扱うものに限られており、レーザー発振のように「利得」が本質的な役割を果たす現象の観測は大きな課題となっていました。
2. 研究手法・成果
1. 「人工次元」による人工空間の創出
研究グループは、実際の空間(3次元)ではなく、原子が持つ「スピン(内部状態)」という自由度を、あたかも空間の座標であるかのように見なす「人工次元(Synthetic Dimensions)」という手法を用いました。
具体的には、ルビジウム原子の複数のスピン状態に対し、マイクロ波を照射して状態間を行き来できるように結合させることで、仮想的な「1次元の格子(チェーン)」を作り出しました。この際、マイクロ波の強度や位相を精密に調整することで、「Su-Schrieffer-Heeger (SSH) モデル」と呼ばれる、トポロジカルな性質(端に特異な状態が現れる性質)を持つ人工結晶を実現しました。
2. 蒸発冷却を逆利用した「利得」のエンジニアリング
本研究の最大のブレイクスルーは、冷却原子実験で標準的に用いられる「蒸発冷却」という手法を、全く新しい発想で利用した点にあります。通常の蒸発冷却では、エネルギーの高い原子を系外へ捨て、残った原子を最もエネルギーの低い状態(基底状態)へと冷却・凝縮させます。しかし今回、研究グループは初期状態の原子の分布と蒸発させる条件を巧みに設計しました。その結果、熱的な原子集団からエネルギーの高い原子が取り除かれる過程で、逆に「トポロジカル端状態(エッジ状態)」と呼ばれる高いエネルギー状態にある原子の割合が相対的に増大していくという状況を作り出すことに成功しました。これは、着目する端状態にとっては原子が注入されている(利得がある)のと物理的に等価です。これを「実効的な利得」として機能させました。
3. トポロジカル原子レーザーの観測
この手法を用いた結果、通常であれば不安定で原子が留まれないはずの高エネルギーな「トポロジカル端状態」において、原子が雪崩を打って集まり、ボース・アインシュタイン凝縮(BEC)4)が生じる様子を観測しました。これは、レーザー発振器の中で特定のモードの光が増幅されてレーザー光となるのと同様の現象であり、原子の波(物質波)による「トポロジカル原子レーザー」の実現と言えます。また、この凝縮体がトポロジカルな性質(構造の欠陥や乱れに対する強さ)を保持していることも確認されました。
3. 波及効果、今後の予定
本研究により、冷却原子系において長年の壁であった「利得」を自在に制御する道が拓かれました。これにより、光の分野で培われてきた非エルミート量子力学の知見を、物質波である原子の世界に本格的に導入することが可能になります。
今回実現した「トポロジカル原子レーザー」は、端状態特有の「乱れに強い」という性質を持っています。将来的には、この性質を利用したロバスト(堅牢)で高感度な原子干渉計や重力センサー、あるいは指向性の高い原子ビーム源など、次世代の量子技術への応用が期待されます。
4. 研究プロジェクトについて
本研究は、JSPS科研費(JP17H06138, JP18H05405, JP18H05228, JP21H01007, JP21H01014, JP24K00548) 、JST 戦略的創造研究推進事業(CREST) (JPMJCR1673, JPMJCR19T1, JPMJCR23I3)、 JST 戦略的創造研究推進事業(さきがけ) (JPMJPR2353)、文部科学省 光・量子飛躍フラッグシッププログラム Q-LEAP(No.JPMXS0118069021)、JST ムーンショット型研究開発事業 (JPMJMS2268, JPMJMS2269), JST 先端国際共同研究推進事業 (JPMJAP24C2) の助成を受けて⾏われました。
用語解説
- 1) 非エルミート量子力学
- エネルギーの保存されない(外部との出入りがある)開放系を記述する量子力学の枠組み。利得(増幅)と損失(減衰)のバランスによって現れる特異な現象が注目されている。
- 2) 人工次元 (Synthetic Dimensions)
- 原子の内部自由度(スピン状態など)を、あたかも実空間の「位置」のように見立てて、人工的な格子構造を作る技術。これにより、実空間では実現が難しい高次元の物理現象や特殊なトポロジカル物質をシミュレートできる。
- 3) トポロジカル端状態 (Topological Edge State)
- 物質の内部は絶縁体(電気を通さない)だが、表面や端(エッジ)だけは電気や信号を通すという特殊な状態。不純物や欠陥があってもその性質が守られるため、頑健なデバイスへの応用が期待される。
- 4) ボース・アインシュタイン凝縮 (BEC)
- 極低温において、多数の原子が単一の量子状態を共有し、あたかも一つの巨大な波のように振る舞う現象。
研究者のコメント
今回実現した「トポロジカル原子レーザー」は、端状態特有の「乱れに強い」という性質を持つことが期待されます。この特性は、現在の量子コンピューター開発における最大の課題である「ノイズによるエラー」を克服できるかもしれない「トポロジカル量子コンピューター」の基礎原理にも通じるものです。現在活発に行われている中性原子を用いた量子コンピューターとは異なった発想に基づくものであり、中性原子を用いた量子情報処理の裾野の広さを示す研究であると思います(高須洋介)。
論文情報
| タイトル: | Gain engineering and atom lasing in a topological edge state in synthetic dimensions (和訳:人工次元トポロジカル端状態における利得エンジニアリングと原子レーザー発振) |
|---|---|
| 著者: | Takuto Tsuno, Shintaro Taie, Yosuke Takasu, Kazuya Yamashita, Tomoki Ozawa, Yoshiro Takahashi |
| 掲載誌: | Nature Communications |
| DOI: | 10.1038/s41467-025-67106-8![]() |
研究に関するお問い合わせ先
実験に関して
京都大学理学研究科・准教授・高須洋介
| Tel: | 075-753-3765 |
|---|---|
| E-mail: | takasu@scphys.kyoot-u.ac.jp |
理論に関して
東北大学材料科学高等研究所・教授・小澤知己 (研究者プロフィール)
| Tel: | 022-217-5937 |
|---|---|
| E-mail: | tomoki.ozawa.d8@tohoku.ac.jp |
報道に関するお問い合わせ先
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