合成技術の「新旧融合」二酸化マンガンを極小ナノ粒子に
合成技術の「新旧融合」二酸化マンガンを極小ナノ粒子に
~極小ナノ領域のユニークな粒子形態によって次世代蓄電池や触媒が高性能に~
発表のポイント
- アルファ型二酸化マンガンの極小ナノ粒子を短時間で合成する「アルコール溶液法」を開発。
- 極小ナノ粒子化によって粒子のアスペクト比が低下し棒状の結晶が球状の結晶に変化。
- 次世代多価イオン電池の正極や種々の有機化合物を酸化する触媒として高い性能を発揮。
概要
北海道大学大学院理学研究院の小林弘明准教授、東北大学多元物質科学研究所博士後期課程の飯村玲於奈氏らの研究グループは、アルファ型二酸化マンガンの極小ナノ粒子材料を開発しました。
二酸化マンガンは乾電池や触媒など長年実用されており、近年では更なる応用として次世代蓄電池への適用や触媒の高活性化に向けた研究開発が進められています。様々な種類がある二酸化マンガンの中で、特にトンネル構造をもつアルファ型二酸化マンガンはマグネシウムやカルシウム、亜鉛など次世代多価イオン電池の正極として有望であることが報告されています。アルファ型二酸化マンガンは長いトンネル構造を骨格とした棒状結晶を形成しますが、多価イオンは固体の中での移動が遅いため、トンネルの長さが短い、すなわち粒子のアスペクト比が小さいほど高い正極特性が期待できます。
今回、従来のアルファ型二酸化マンガン合成技術である「水熱法*1」と、小林准教授らが独自に開発してきた極小ナノ粒子合成技術である「アルコール還元法*2」を融合した「アルコール溶液法」を開発し、粒径10 nm以下のアルファ型二酸化マンガン極小ナノ粒子を短時間で合成することに成功しました。本材料は従来材料で見られた棒状結晶とは異なり、トンネルの長さが短くなり球状に近づいていることが分かりました。実際に粒子のアスペクト比は1/10に低下しており、次世代多価イオン電池の正極として高い特性を示しました。さらに、本材料は種々の有機化合物の酸化反応にも高い触媒活性を示し、触媒反応にも低アスペクト比化が有効であることを見出しました。
本手法は、アルファ型以外の様々な二酸化マンガンの極小ナノ粒子や低アスペクト比材料の合成に展開可能なだけでなく、二酸化マンガンのもつ汎用性から電池や触媒、吸着剤など様々な用途への応用が可能であり、低炭素化社会、地球温暖化対策への貢献が期待されます。なお、本研究成果は、2025年1月16日(木)公開のSmall誌に掲載されました。

開発したアルコール溶液法で合成した二酸化マンガン極小ナノ粒子
背景
二酸化マンガン(MnO2)は乾電池や触媒、センサー、吸収剤など様々な用途に用いられる機能性材料であり、中学校の実験でも過酸化水素水から酸素を発生させる触媒として使用されています。MnO2は様々な結晶構造を示しますが、その中の一つ、アルファ型MnO2(α-MnO2)はトンネル構造を有する棒状〜針状結晶として古くから知られています。
近年、リチウムイオン電池需要の高まりから次世代蓄電池開発は世界的に盛んであり、その中で資源制約フリーな蓄電池として、リチウムの代わりにマグネシウム、カルシウム、亜鉛といった二価のカチオンを用いた蓄電池(多価イオン電池)の研究が進められています。トンネル構造を有するα-MnO2は、二価のカチオンをトンネル内部に電気化学的に出し入れできることから、有望な正極材料として注目されています。
多価イオン電池の課題として、正極内部のイオン拡散がリチウムと比べて遅く、十分な正極特性を発揮できないことがあります。α-MnO2内でイオンが拡散する場所はトンネルの内部であり、トンネルの長さが短くなることで正極特性が改善されることが予想されます。トンネルの長さを短くする方法として、粒子全体のサイズを小さくする、いわゆるナノ粒子化する方法が考えられます。α-MnO2ナノ粒子はこれまでに水熱法によって合成されてきましたが、トンネルが束となったバンドル全体の幅が20 nm(トンネルの内径は0.46 nm)に対してトンネルの長さは400 nmと長く(図1)、等方的なサイズ低減ではなく、トンネル長さを選択的に短くする必要があります。すなわち、粒子形状のアスペクト比が小さいα-MnO2ナノ粒子を合成する手法の開発が求められます。
また触媒の分野では、α-MnO2は空気を酸素源にした様々な有機化合物の酸化反応に対する環境調和型触媒として注目されています。この触媒反応を高活性化する方法としては、触媒活性の高いエッジ面を増やすこと、すなわち触媒の多孔質ナノ粒子化が有効であり、合成手法の確立が求められています。
研究手法・研究成果
古くからα-MnO2ナノ粒子合成法として知られる水熱法では、前駆体としてナトリウムイオンを含む層状構造のMnO2を作製し、水熱処理することでトンネル構造(α-MnO2)に変化させます。この際、カリウムイオンやアンモニウムイオンを溶解させることでα-MnO2トンネル構造形成が促進されます。水熱処理では反応中に結晶の溶解と再析出の反応によって結晶成長が進行し、比較的大きなナノ結晶が生成します。
研究グループでは、アルコールを反応溶液に用いた「アルコール還元法」を開発し、マンガンスピネル酸化物などの極小ナノ粒子が合成できることを報告してきました。このアルコール還元法では、反応性の高い過マンガン酸塩をマンガン源に使用し、スピネル構造を形成するマグネシウムイオンや亜鉛イオンなどをアルコールに溶解させることで、低温かつ高速で反応を進行させます。この手法では水と比べて溶解度の小さいアルコールを用いることで、結晶の溶解と再析出の反応が抑制され、極小ナノ粒子が形成します。
今回の研究では、従来の水熱法とアルコール還元法のプロセス類似性に着目し、両者を融合した新しい合成法「アルコール溶液法」を開発しました。溶解度の低いアルコールを反応溶液に用い、反応性が高くアルコールに可溶な過マンガン酸塩をマンガン源に使用し、またα-MnO2トンネル構造形成を促進するアンモニウムイオンを溶解させた溶液を熱処理することで、アルコールが沸騰する温度(約80度)でα-MnO2極小ナノ粒子が形成することを見出しました。水熱法では一般的に12~24時間の反応時間が必要であり、高圧にするため耐圧の容器が必要ですが、アルコール溶液法では1時間で反応が完了し、また常圧で合成できるため一般的な反応容器で合成できる特徴があります。
今回の研究で得られたα-MnO2極小ナノ粒子は、バンドル全体の幅は約4 nm、トンネルの長さは約8 nmと、水熱法で得られた粒子と比べて粒子形状のアスペクト比が1/10まで小さくなっていることが分かりました(図1)。粒子の形も棒の長さが短くなり、球状に近い形をしていることが分かります。さらに、極小ナノ領域まで粒子サイズが小さくなると、等方的に粒子が小さくなるのではなく、長軸方向が選択的に短くなり形態が球状粒子に近づくことを見出しました。また、得られた粒子粉末の比表面積は2~3倍に増大しており、多孔質であることも分かりました。
本材料の応用として、多価イオン電池正極と酸化反応触媒としての特性を評価したところ、いずれも従来材料よりも高い特性を示しました。多価イオン電池正極では、マグネシウムイオン、カルシウムイオン、亜鉛イオンの室温での電気化学的な高速脱離挿入が可能であり、特にカルシウムイオン電池の正極として優れることを見出しました(図2)。極小ナノ粒子は粒子が小さすぎるため、そのままでは粒子同士が凝集し十分な正極特性が得られませんでしたが、グラフェンに分散させた複合体を作製することで粒子凝集が抑制され、過電圧が小さくエネルギー損失の小さい充放電を達成しました。酸素を使った触媒的酸化反応では、1-フェニルエタノールなどの有機化合物の酸化反応触媒として高い活性を示しました(図2)。従来のα-MnO2との触媒活性との差は比表面積(多孔質性)の違いだけでは説明できず、極小ナノ粒子化によって触媒活性の高いエッジ面が多く露出したことが理由と考えられます。
今後への期待
MnO2は電池や触媒、吸着剤など様々な用途へ応用できることから、本材料のさらなる開発により現行産業技術を革新することが期待されます。今回開発した合成法は、α-MnO2以外の様々なMnO2の極小ナノ粒子化や低アスペクト比化に適用可能です。この技術により、構造の違いによる特性の差を活かした応用展開が期待され、低炭素化社会、地球温暖化対策への貢献が見込まれます。
謝辞
本研究は科研費 若手研究(JP23K13816、JST ALCA-SPRING (JPMJAL1301)、JST GteX(JPMJGX23S1)、物質・デバイス領域共同研究拠点 COREラボ共同研究プログラム、パワーアカデミー、軽金属奨学会、東北大学 材料科学国際共同大学院プログラム(GPMS)、German Research Foundation(390874152: POLiS Cluster of Excellence)の支援を受けて実施されました。
研究について
本研究は北海道大学大学院理学研究院の小林弘明准教授、松井雅樹教授、東北大学多元物質科学研究所の本間 格教授、同大学材料科学高等研究所(WPI-AIMR)、金属材料研究所の折茂慎一教授、同大学金属材料研究所の市坪 哲教授、東京大学大学院工学系研究科の山口和也教授、物質・材料研究機構の万代俊彦主幹研究員、芝浦工業大学工学部の木須一彰准教授、東京理科大学創域理工学部の北村尚斗准教授、井手本康教授、カールスルーエ工科大学、ヘルムホルツ研究所ウルムのマクシミリアン・フィクナー教授らの共同研究により得られたものです。
論文情報
タイトル: | Ultrasmall α-MnO2 with Low Aspect Ratio: Applications to Electrochemical Multivalent-Ion Intercalation Hosts and Aerobic Oxidation Catalysts(低アスペクト比を有するアルファ型二酸化マンガン極小ナノ粒子:多価イオン電池正極や酸化触媒への応用) |
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著者: | 飯村玲於奈、川﨑 栞、藪 貴、立花慎之介、山口和也、万代俊彦、木須一彰、北村尚斗、Zhirong Zhao-Karger、折茂慎一、井手本康、松井雅樹、Maximilian Fichtner、本間 格、市坪 哲、小林弘明 |
掲載誌: | Small |
DOI: | 10.1002/smll.202411493![]() |
参考図

図1. α-MnO2の電子顕微鏡像と粒子の模式図。アルコール溶液法では10 nm以下のナノ粒子の凝集体が観察されている。

図2. (左)次世代カルシウム電池としての室温での正極特性。可逆容量が増大し、過電圧も低減された。(右)酸素を用いたフェニルエタノールの酸化反応における時間変化。触媒活性が大きく向上し2時間で反応が完了した。
用語解説
- *1 水熱法
- 圧力鍋で料理を作るように、水溶液を耐圧容器に入れ100度以上で加熱し材料を合成る方法。常温常圧では水に溶けない原料も使用することができ、また常圧では数百度の加熱が必要材料も200度以下の温度で合成することができる。
- *2 アルコール還元法
- 金属イオンをエタノールなどのアルコールで還元し、金属や酸化物のナノ子を合成する方法。アルコールは水と比較して酸化物の溶解度が低く、よりサイズの小さいナノ粒を得ることが可能である。このことに関するプレスリリースは以下を参照のこと。
室温でマグネシウム蓄電池から大量のエネルギーを取り出せる正極材料を開発(2023年1月30日プレスリリース)
問い合わせ先
研究に関すること
北海道大学大学院理学研究院
准教授 小林弘明(こばやしひろあき)
Tel: | 011-706-2706 |
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Fax: | 011-706-2702 |
E-mail: | h.kobayashi@sci.hokudai.ac.jp |
東北大学材料科学高等研究所(WPI-AIMR) 広報戦略室
Tel: | 022-217-6146 |
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E-mail: | aimr-outreach@grp.tohoku.ac.jp |