単一コロイド量子ドットで電気伝導の評価と制御に成功

2023年12月01日

学校法人 東北工業大学
国立大学法人 東京大学生産技術研究所
国立大学法人 東北大学
国立研究開発法人 理化学研究所
国立大学法人 東京農工大学

単一コロイド量子ドットで電気伝導の評価と制御に成功

~「人工原子」デバイスの応用に前進~

発表のポイント

  • 従来、困難だったコロイド量子ドット1個の電気伝導の評価と制御に成功
  • 1個の半導体コロイド量子ドットを用いた単一電子トランジスタで室温動作を実現
  • コロイド量子ドットの光電デバイスや量子情報デバイスへの応用に大きく前進

発表概要

量子ドットは、人工原子とも呼ばれる半導体の極微小な粒子で、本年、量子ドットの発見やコロイド状量子ドットの合成を行った研究者にノーベル化学賞が授与されました。この半導体コロイド量子ドット*1は、太陽電池などの光電デバイス*2の活性層として近年注目されており、これまでにその光学的な性質は比較的よく調べられてきました。一方で、コロイド量子ドットの電気的性質の研究は少なく、特に単一の量子ドットの電気伝導に関する評価はほとんど行われていないため、解明すべき問題が数多く存在していました。

東北工業大学工学部電気電子工学科の柴田 憲治 教授は、東京大学生産技術研究所の平川 一彦 教授、東北大学材料科学高等研究所(WPI-AIMR)の大塚 朋廣 准教授(同大学電気通信研究所兼務)、東京農工大学大学院工学研究院のサトリア・ビスリ 准教授、理化学研究所創発物性科学研究センターの岩佐 義宏 チームリーダーらと共同で、半導体コロイド量子ドット1つを用いた単一電子トランジスタ(Single-Electron Transistor: SET)*3を作製し、従来困難だったコロイド量子ドット1個の電気伝導の詳細な評価を行うとともに、SETの室温動作も実現しました。本研究成果は、半導体コロイド量子ドットの光電デバイスへの応用に寄与するだけでなく、新たな量子情報デバイス*4への応用にも道を拓くものです。

本研究成果は、日本学術振興会科学研究費助成事業、公益財団法人JKA研究補助事業などの支援を受けて実現しました。成果論文は英国科学誌「Nature Communications(ネイチャーコミュニケーションズ)」(オンライン誌)に11月18日付で掲載されました。

発表内容

① 背景

量子ドットは、半導体でできたナノメートルスケールの微粒子で、原子との類似性や制御性の良さから人工原子とも呼ばれて注目されてきました。本年、量子ドットの発見やコロイド状量子ドットの合成を行った研究者にノーベル化学賞が授与されています。半導体コロイド量子ドットは、近年、太陽電池などの光電デバイスの活性層材料として有望視されており、活発な研究が行われています。光電デバイスへの応用のためには、コロイド量子ドットの光学的・電気的性質の理解と制御が重要となりますが、これまで比較的評価が容易な光学的性質が詳細に研究されてきました。一方で、電気的性質の研究は少なく、特に1個の極微小量子ドットの電気的性質に関する評価は非常に困難で、解明すべき問題が数多く存在していました。

量子ドット1個の電気的性質の評価と制御ができるデバイスとして、単一電子トランジスタ(SET)が知られています。このSETにおいては、1個の量子ドットを電子の通り道として用い、ここにゲート電圧を加えることで、電子1個分に相当する電流を制御します。SETは、量子ドット1個の電気的性質を評価・制御できるだけでなく、量子力学に基づいて超高速計算や絶対安全な情報の伝達などを担う量子情報処理のキーデバイスとしても注目されています。SETでは、量子ドットのサイズを小さくするほど、量子力学的な効果が顕著になり、高温動作も可能となる特徴があります。しかし、量子ドットのサイズが小さくなるほど量子ドット1個を流れる電流の検出と制御が難しくなるため、これまでSETは、サイズが100ナノメートル程度の量子ドットで作製されることが多く、室温動作するSETの報告は限られていました。

本研究では、直径数ナノメートルの半導体コロイド量子ドット1個を用いたSETを作製することに成功し、コロイド量子ドット1個の電気伝導の詳細な評価を行うとともに、SETの室温動作も実現しました。半導体コロイド量子ドットを用いたSETの室温動作を実現したのは本研究が初めてです。これにより、コロイド量子ドットの光電デバイスへの応用に寄与するだけでなく、量子効果が大きな極微小コロイド量子ドットの量子情報デバイスへの応用展開にも道が拓かれました。

② 研究内容

本研究グループは、数ナノメートル程度のギャップを有する金属電極(ソース・ドレイン電極)の上から、市販のPbSコロイド量子ドット溶液を滴下し、金属電極の微小なギャップに1個のPbSコロイド量子ドットを捕獲した構造を作製しました。さらにゲート電極として導電性のシリコン基板を用いることで、SET(図1)を作製しました。本研究では市販の高品質PbS半導体コロイド量子ドット溶液を用いており、量子ドットの分散が溶液処理で可能な点が特徴です。

コロイド量子ドット1個を用いたSETの電気伝導特性を低温で調べたところ、量子ドットのサイズに応じて特性が大きく変化する様子が観測されました(図2)。特に、量子ドットのサイズが5ナノメートル以下のSETにおいては、電子間の相互作用が室温の熱エネルギーと比べても非常に大きくなる結果、素子が室温でもSETとして動作することが確認されました(図3a)。半導体コロイド量子ドットを用いたSETで室温動作を実現したのは、これが初めてです。

さらに、電流が量子ドット中のどの電子軌道を介して流れるのかが電流値に大きく影響することや(図3b)、電子のスピンに依存した電気伝導である近藤効果をコロイド量子ドットを用いたSETでは初めて観測しました。これらコロイド量子ドット1個での微視的な電子の振る舞いに関する情報は、コロイド量子ドットにおける電気伝導のメカニズムの解明と、これを用いた太陽電池などの光電デバイスの高性能化に寄与することが期待されます。

③ 今後の展開

本研究で得られた量子ドット1個での微視的な電子の振る舞いに関する情報は、コロイド量子ドットの太陽電池などの光電デバイスへの応用に貢献するものと期待されます。また、半導体コロイド量子ドットをSETへ応用することで、室温動作SETの実現にも成功しました。半導体コロイド量子ドットは、もともと優れた光の発光・吸収効率で知られています。よって本研究は、半導体コロイド量子ドットが優れた光特性と室温動作を兼ね備えた優れたSET材料であることを示すものであり、SETのデバイス応用に新たな展開をもたらすものです。

発表雑誌

雑誌名: Nature Communications
論文タイトル: Single PbS colloidal quantum dot transistors
著者: Kenji Shibata, Masaki Yoshida, Kazuhiko Hirakawa, Tomohiro Otsuka, Satria Zulkarnaen Bisri, and Yoshihiro Iwasa
DOI番号: 10.1038/s41467-023-43343-7新しいタブで開きます
用語解説
*1)半導体コロイド量子ドット
量子ドットとは、ナノメートルスケールの微小な箱で、半導体結晶で構成されている。電子は、このような微小な空間に閉じ込められることにより、量子力学で記述される飛び飛びの電子状態を持つ。原子との類似性から量子ドットは、しばしば人工原子と呼ばれる。2023年には量子ドットを発見したアメリカの研究者3名がノーベル化学賞を受賞した。本研究で用いた半導体コロイド量子ドットは、有機配位子で周囲を囲まれているため、比較的安定で有機溶媒に溶け、溶液処理が可能である。PbSコロイド量子ドットは、サイズが小さく、高品質なことから、その光電デバイスへの応用が活発に研究されている。
*2)光電デバイス
光を放出するか、光を検出することができる電子デバイスの一種。光と電荷の相互作用を利用して、光を電気信号に変換したり、その逆を行ったりする。代表的な例は、前者が太陽電池、後者がディスプレイである。
*3)単一電子トランジスタ
1個1個の電子をゲート電圧で制御して流すことができる究極の省エネルギー素子。作製には、2つの電極の間に数百~数ナノメートル程度の“島構造”を準備する必要があるなど、非常に高度な作製技術が要求される。“島構造”のサイズが小さいほど量子力学的な効果が顕著に観測され、高温動作も可能になる。本研究では、直径が5ナノメートル程度の微小なPbS半導体コロイド量子ドット(Pb(鉛)とS(硫黄)を用いた量子ドット)を単一電子トランジスタの“島構造”として用いている。
*4)量子情報デバイス
単一の光子や電子、スピンなどに情報機能を持たせることで情報処理を行う電子デバイス。次世代の情報処理や通信を担うとされており、量子コンピュータや量子暗号通信、量子センサなどに用いられる。単一光子発生器・検出器や単一電子トランジスタ、単一光子・スピン変換デバイスなどが該当する。

研究支援

本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業基盤研究(C)「テラヘルツ励起による単一電子のコヒーレント制御と機能性素子への応用(研究代表者:柴田 憲治、21K04820)」、同基盤研究(S)「単一分子トランジスタのテラヘルツダイナミクスと量子情報処理技術への展開(研究代表者:平川 一彦、20H05660)」、同基盤研究(C)「High Performance Supercapacitors based on Hierarchical Colloidal Quantum Dot Assemblies(研究代表者:Satria Bisri、21K04815)」、東北大学電気通信研究所 共同プロジェクト研究(助成番号:R04/A06)、公益財団法人JKA研究補助事業(競輪、助成番号:2023M-380)による助成を受けて行われました。また、研究の一部は、東北大学電気通信研究所研究基盤技術センターおよびナノ・スピン実験施設で実施されました。

添付資料


図1 1個のコロイド量子ドットを用いた単一電子トランジスタ(SET)の試料構造
(a)間隔がナノメートルサイズの金属電極(ナノギャップ金属電極)と電極間に分散したPbSコロイド量子ドットの電子顕微鏡写真。コロイド量子ドットは直径5ナノメートル程度。左下の線の長さが40ナノメートルを表す。(b)PbSコロイド量子ドット1個を用いたSETの試料構造と測定回路を示す模式図。ソース・ドレイン電極間に電圧をかけ、量子ドットを介した電流を測定する。ゲート電極に電圧をかけることで量子ドットを流れる電流を制御できるトランジスタ構造となっている。

図2 異なるサイズの単一コロイド量子ドットトランジスタにおける電気伝導特性
(a)直径3.6ナノメートル、(b)4.8ナノメートル、(v)8.7ナノメートルの単一PbSコロイド量子ドットSETにおいて、低温で観測された電気伝導特性。電子が1つずつ量子ドットを介して流れることを示す菱形構造(クーロンダイヤモンド)が観測された。量子ドットのサイズによって、クーロンダイヤモンドの大きさが大きく変化する様子が観測された。

図3 SETの室温動作と電子軌道に依存した伝導度の変化
(a)直径4.8ナノメートルの単一PbSコロイド量子ドットトランジスタにおいて室温で観測されたクーロンダイヤモンド特性。室温でもクーロンダイヤモンドが観測されたことで、素子が室温動作することが示された。(b)(上図)電流が量子ドット中のどの電子軌道を介して流れるかで、伝導度が大きく変化することを示す実験結果。量子ドット中の電子軌道に依存して、量子ドット中の電子の波動関数の広がり(下図の赤い領域)が変化する。これにより、電極と電子の波動関数との距離(下図の黒い矢印)が変化することで電流値が大きく変化することがわかった。

問い合わせ先

研究に関すること

東北大学材料科学高等研究所(WPI-AIMR)/
電気通信研究所 / 大学院工学研究科 / Tohoku Quantum Alliance
准教授 大塚 朋廣

Tel: 022-217-5509
E-mail: tomohiro.otsuka@tohoku.ac.jp

報道に関すること

東北大学材料科学高等研究所(WPI-AIMR) 広報戦略室

Tel: 022-217-6146
E-mail: aimr-outreach@grp.tohoku.ac.jp