ディラック線ノードの直接観測に成功

2018年07月31日

東北大学大学院理学研究科
東北大学材料科学高等研究所
東北大学スピントロニクス学術連携研究教育センター
東北大学多元物質科学研究所
高エネルギー加速器研究機構

ディラック線ノードの直接観測に成功

-トポロジカル量子コンピューター基盤物質を発見-

概要

東北大学大学院理学研究科の高根大地博士課程院生、木村憲彰准教授、佐藤宇史教授、同材料科学高等研究所の相馬清吾准教授、高橋隆教授、同多元物質科学研究所の組頭広志教授、および高エネルギー加速器研究機構 物質構造科学研究所の堀場弘司准教授らの研究グループは、グラフェンと同じ蜂の巣格子を持つ2ホウ化アルミニウム (AlB2)という物質が、線ノード型のディラック粒子(注1)という新しいタイプの電子状態をもつ物質であることを、放射光を用いた角度分解光電子分光実験(注2)により発見しました。このアルミニウム(Al)をマグネシウム(Mg)で置き換えた2ホウ化マグネシウム(MgB2)(注3)は39 Kで超伝導を示す高温超伝導体であり、この新たに発見されたディラック粒子を超伝導化することによって、今まで極低温でしか実現されていないトポロジカル超伝導体(注4)の転移温度を一気に高温化できる可能性があります。この発見は、ノイズに強いトポロジカル量子コンピューター(注5)の開発へ新たな道を拓くものです。

本成果は、米国物理学会誌 Physical Review B の速報注目論文 (Rapid Communication & Editors’ suggestion)に選ばれ、平成30年7月17日(米国東部時間)に、オンライン公開されました。

研究の背景

近年、「トポロジカル絶縁体」という、内部は電流を流さない絶縁体であるのに対して、表面に特殊な金属状態が現われる物質が大きな注目を集めています。この表面の電子は、「ディラック粒子(または、ディラック電子)」と呼ばれ、物質内部の電子よりも格段に高速で、かつ不純物に邪魔されずに動くという優れた特性を持ちます。この超伝導体版が「トポロジカル超伝導体」で、その表面には「マヨラナ粒子(注6)」という電子状態が現れ、ディラック粒子と同様に、不純物などに対して頑強な性質を持ちます。マヨラナ粒子がディラック粒子と異なるのは、自分自身(粒子)とその反粒子が同じである「粒子-反粒子対称性」を持つという点です。この対称性は本来、超伝導体が持つ性質ですが、それが表面の電子にも受け継がれてマヨラナ粒子となっています。マヨラナ粒子を演算素子に応用できれば、環境エラーに対して頑強なトポロジカル量子コンピューターを実現できることから、トポロジカル超伝導体とマヨラナ粒子の探索が精力的に進められてきました。しかしながら、これまで見つかったトポロジカル超伝導体候補物質は、そのほとんどが液体ヘリウム温度(4.2 K)以下の温度まで冷却する必要があり、またマヨラナ粒子の研究自体もまだ実証の段階であるため、より高い超伝導転移温度を持つ物質の発見が強く望まれていました。

このような状況下で最近、MgB2という高温超伝導体(超伝導転移温度39 K)が、実はトポロジカル超伝導体になるのではないかという提案がなされました。MgB2は2001年に青山学院大学(当時)の秋光純教授らが発見した超伝導体で、ホウ素で組まれた蜂の巣格子シートがMgを挟む層状物質です(図1)。ホウ素は周期表で炭素の隣にあり、ホウ素の蜂の巣格子シートは炭素からなるグラフェン(注7)とよく似た性質をもちます。とくに、蜂の巣格子シートに面直に伸びたπ軌道により、グラフェンと同様にディラック粒子を形成します。このディラック粒子もトポロジカルに頑強な性質を持っており、これが超伝導化すれば転移温度が一桁高いトポロジカル超伝導体が実現します。これは、マヨラナ粒子の研究や応用を大きく進めるものですが、MgB2では電子配置の関係でπ軌道に電子が十分供給されず、トポロジカル超伝導体となりうるようなディラック粒子が本当に形成されているかが明らかでないという問題がありました。

研究の内容

今回、東北大学と高エネルギー加速器研究機構の共同研究グループは、MgB2のMgを、電子が1個多いAlで置き換えたAlB2の高品質単結晶を作製し、放射光科学研究施設フォトンファクトリー(Photon Factory: PF)において、軟エックス線を利用した角度分解光電子分光(図2)を用いて、AlB2の電子状態を決定しました。その結果、図3(a)に示すように、ディラック粒子の特徴であるX字型のバンド分散(注8)を明確に観測しました。さらに高精度な測定から、AlB2のディラック粒子がエネルギーを変えながら面直方向に連なる「線ノード」型と呼ばれる特殊な電子状態をもつことを見出しました。これは、図1(a) の点線で示すようにAlB2の蜂の巣格子が、上の格子と下の格子の横位置が同じになるパターン(AA積層という)で積層することに起因しています。AA積層の場合、3次元物質であるにも拘らず、そのディラック粒子はグラフェンのような単原子層物質と同様に、トポロジカルに頑強な性質を持ちます。このように、今回の研究成果から、AlB2がトポロジカル超伝導体になりうる特殊な電子状態を持っていることが明らかになりました。

今後の展望

AlB2自体は非超伝導体ですが、MgB2と同型の結晶で電子が1個多いだけの物質であるので、その電子状態は非常によく似ています。そのためMgB2の超伝導を保ったまま、π軌道に十分な電子を供給することができれば、これまでよりはるかに高い超伝導転移温度をもつトポロジカル超伝導体を実現できます。それは、エラーフリーの超高速トポロジカル量子コンピューターを構成する基盤物質となり、その実現に拍車がかかるものと期待されます。

本成果は、新学術領域「トポロジーが紡ぐ物質科学のフロンティア」(領域代表者: 川上則雄)、科研費基盤研究(A)「角度分解光電子分光による原子層薄膜における超伝導とスピン軌道相互作用の研究」(研究代表者: 佐藤宇史)、同基盤研究(B)「スピン分解ARPESによるフェルミオロジーに基づいた革新的原子層超伝導体の開発」(研究代表者: 高橋 隆)、高エネルギー加速器研究機構PF共同利用実験課題などによって得られました。

論文情報

”Observation of a Dirac nodal line in AlB2"

D. Takane, S. Souma, K. Nakayama, T. Nakamura, H. Oinuma, K. Hori, K. Horiba, H. Kumigashira, N. Kimura, T. Takahashi, and T. Sato,
Physical Review B 98, 041105(R) (2018). (Editors’ suggestion)
DOI: 10.1103/PhysRevB.98.041105(新しいタブで開きます)

2018年7月17日 オンライン公開(米国東部時間)

参考図

pr_20180731_01.jpg
図1 MgB2(もしくはAlB2)の結晶構造。(a)Mg/Al原子が2枚のホウ素の蜂の巣格子により挟まれている。ホウ素原子は、面直方向に伸びたπ軌道を持っている。(b)結晶を上から見た図。

 
 

pr_20180731_02.jpg
図2:軟X線角度分解光電子分光の概念図。物質に高輝度軟X線を照射し、放出された光電子のエネルギーと運動量を精密に測定することで、物質の電子状態を決定できる。

 
 

pr_20180731_03.jpg
図3: (a)角度分解光電子分光によって得られた、(b)に示した3ヶ所の測定点(A, B, C)における AlB2のバンド分散。ディラック電子によるX字型の直線的なバンド分散が観測され、それがC→Aと移動すると、高いエネルギー側へシフトしていることがわかる。(b) AlB2における線ノード型のディラック粒子のエネルギー状態の模式図。

用語解説

注1)線ノード型のディラック粒子
ディラック粒子とは、約80年前に英国の物理学者ディラック(1933年ノーベル物理学賞)が提唱した相対論的効果を取り入れた「ディラック方程式」に従う粒子のことを指します。このような状態にある電子は非常に動きやすい上に、半整数量子ホール効果などの通常の電子系とは異なる量子効果を示すという特徴があります。物質中のディラック粒子は、エネルギーの原点(ノード)が「点」状のものと「線」状のものがあり、これまでグラフェンやトポロジカル絶縁体の表面など、数多くの物質で確認されているのは点ノード型です。線ノード型ディラック粒子をもつ物質はほとんど例がなく、その探索が精力的に行われています。
注2)放射光を用いた角度分解光電子分光実験
光電子分光とは、物質に紫外線やX線を照射すると電子が表面から放出される「外部光電効果」を利用した実験手法です。放出された電子を「光電子」と呼びます。その測定原理は1905年にアインシュタインが提唱した光量子仮説に基づいており、光電子の分析から物質中の電子のエネルギーや運動量を高精度で決定することができます。加速器から放射される「放射光」を光電子分光の光源に用いると、物質の電子状態を非常に高い精度で測定することができます。近年、高輝度放射光施設が世界中で建設されており、ナノ構造物質や新規材料、次世代デバイスなどの研究に大いに活用されています。
注3)2ホウ化マグネシウム(MgB2)
2001年に、青山学院大学(当時)の秋光純教授らによって発見された超伝導物質です。2つの電子が格子振動を媒介にして超伝導クーパー対を形成する従来型の金属超伝導体のなかでは、常圧下で最高の転移温度Tc=39 Kを示します。その高いTcは、ホウ素の蜂の巣格子上を運動する電子が、共有結合に起因した高いエネルギーの蜂の巣格子の振動と強く相互作用するためと考えられています。
注4)トポロジカル超伝導体
通常の超伝導は、物質が臨界温度を超えて冷却されたときに起こる、電気抵抗がゼロになる現象です。超伝導状態では、電気がエネルギーを失わずに物質中を流れます。トポロジカル超伝導体では、物質内部では、通常の超伝導体と同様に超伝導ギャップが開いているのに対し、その表面や端(エッジ)に、不純物に頑強な電子状態(マヨラナ粒子)が現れます。→(注6)マヨラナ粒子を参照。
注5)トポロジカル量子コンピューター
異なる2つ以上の状態を量子力学的に重ね合わせて一度に信号処理する「量子コンピューター」は、従来のコンピューターでは天文学的な時間のかかる因数分解の問題などを、数時間で解くような超高速計算が可能になると考えられています。しかし、その計算の途中で、量子力学的な重ね合わせ状態が壊れないように保つ事が大変難しく、これを克服するアイデアとして、不純物に頑強なマヨラナ粒子を演算素子に利用することが提案されています。そのような環境ノイズに強い量子コンピューターは、トポロジカル量子コンピューターと呼ばれ、トポロジカル超伝導体の最も重要な応用と考えられています。
注6)マヨラナ粒子
1937年にEttore Majorana (エットーレ・マヨラナ)が理論的に提案した粒子で、粒子がそれ自身の反粒子になる特徴(粒子-反粒子対称性)を持っています。素粒子ではニュートリノがマヨラナ粒子ではないかと言われていますが、まだ決着がついていません。物質中では、ディラック方程式に従い、さらに粒子-反粒子対称性をもつと見なせる電子状態のことを指します。トポロジカル超伝導体や、磁性三角格子などのエッジ状態(物質の表面や端)に、マヨラナ粒子が発現すると考えられています。
注7)グラフェン
炭素が蜂の巣のような6角形の網の目状につながったシート状の物質です。黒鉛(グラファイト)を、非常に薄く剥がすなどして得ることができます。グラフェン内の電子は、特殊な運動量とエネルギーの関係(ディラックコーンと呼ばれる)を持ち、その結果、ディラック方程式で記述される運動に従います。この物質内におけるディラック電子は、あたかも質量がゼロもしくは非常に小さい粒子のように振る舞い、さらに物質内の欠陥などに散乱されにくい、という性質を持っています。そのためグラフェンは高い電気伝導性や熱伝導性を示し、非常に少ない電力で動作する超高速電子デバイスなどへの応用が展開されています。
注8)バンド分散
電子は、ある運動量に対して任意のエネルギーをとることはできず、そのエネルギーは運動量の関数となります。物質の中では、電子は結晶格子による散乱と干渉を受けるために、運動量とエネルギーの関係は複雑化します。運動量の関数としてグラフ化したエネルギー曲線を、電子のエネルギーバンド分散、あるいは単にバンド分散とよびます。電子の状態は、バンド分散の形状や個数、エネルギー位置で一義的に決まります。物質の多くの性質は電子のバンド分散によって決まるため、これを測定することは、様々な物性の起源の解明や、物質の機能を改良・制御する上で必要不可欠です。

問い合わせ先

研究に関すること

佐藤 宇史(さとう たかふみ)
東北大学大学院理学研究科 教授

TEL : 022-795-6477
E-MAIL :

t-sato@arpes.phys.tohoku.ac.jp


高橋 隆(たかはし たかし)
東北大学材料科学高等研究所 教授

TEL : 022-795-6417
E-MAIL :

t.takahashi@arpes.phys.tohoku.ac.jp



報道に関すること

東北大学材料科学高等研究所(AIMR) 広報・アウトリーチオフィス

TEL: 022-217-6146
E-MAIL : aimr-outreach@grp.tohoku.ac.jp

高エネルギー加速器研究機構 広報室

TEL: 029-879-6046
E-MAIL : sci-pr@mail.sci.tohoku.ac.jp