ミクロな見た目の “かたち” で材料の欠陥がわかる

2018年02月26日

大学共同利用機関法人 高エネルギー加速器研究機構
国立大学法人 東北大学 材料科学高等研究所(AIMR)
新日鐵住金株式会社

ミクロな見た目の “かたち” で材料の欠陥がわかる

〜放射光計測と応用数学による世界初の視点〜

ポイント

・金属酸化物材料中の化学状態が反応により不均一に変化していく様子を、放射光X線顕微法を用いて三次元で解明
・不均一さの“かたち”の変化を応用数学で解析することにより、材料全体の特性を悪化させる起点を特定することに成功
・経験や予備知識に頼らず、膨大なデータから材料特性の支配因子を見いだす世界初の研究手法

概要

大学共同利用機関法人 高エネルギー加速器研究機構(KEK)物質構造科学研究所の木村 正雄 教授、武市 泰男 助教は、東北大学 材料科学高等研究所(AIMR)の大林 一平 助教、平岡 裕章 教授、新日鐵住金株式会社 先端技術研究所の村尾 玲子 主任研究員と共同で、金属酸化物の化学状態が不均一に変化する現象を放射光*1 X線顕微法で観察し、応用数学の手法のひとつ パーシステントホモロジー*を活用してその反応起点を特定するという、世界初の研究手法を開発した。

観察された不均一さの発生原因を細かく調べるのが従来の研究アプローチであった。それに対して本手法では、不均一さの“かたち”そのものが様々な反応メカニズムを内包していることに注目し、ミクロな見た目の“かたち”だけから材料の欠陥を見いだす。言わば、「土と草と木が織りなす“かたち”から森全体を特徴づける因子を見つける」新たな研究視点である。さらに、対象物に関する科学的な知見や経験則などは不要で、先端計測手法により得られる膨大なデータから、材料のマクロ特性を支配する因子を簡単に見つけることができる。

今回の実例に限らず様々な反応や分野に展開可能で、今後、機械学習や人工知能(AI)を用いた材料開発に不可欠なアプローチ法のひとつになると期待される。

この研究成果は、2月23日 Nature Publishing Groupの電子ジャーナルScientific Reportsに掲載された。

背景と本研究のユニークな点

材料の不均一性は、作りたての材料の特性を決めるだけでなく、実環境で使用する際の寿命や信頼性をも左右することが多い。例えば、破壊・劣化・腐食といった現象は、最も弱いミクロ部位が材料全体の特性を決める。材料の把握のためには、全体の平均値の測定だけでなく、ミクロでの不均一性の測定が不可欠で、その情報は材料イノベーションを実現する上でとても重要になる。近年、様々な計測手法が用いられ、得られる情報は日々多様化し高度化している。その計測手法の代表例が顕微法である。

従来の材料研究では、先人が構築してきた研究理論や自らの経験と知識を総動員して、顕微法で観察された不均一性の原因を細かく調べてきた。そのため思いつくメカニズムが従来の知見の想定範囲内にとどまる傾向があった(図1上)。さらに、実験データの種類・量は膨大となり、単純に人間が判断できる限界を越えているという問題もある。

そこで、膨大なデータを最大限活用して、全く新たな視点で材料欠陥のメカニズムを解明すべく研究に取り組むこととした(図1下)。それには機械学習やAIを用いた中立的かつ高速なデータ解析が必要である。但し、機械学習やAIは、膨大なデータから自動的に何かを見つける魔法の小槌ではない。マクロ特性との関連づけを行う適切な材料を記述する指標を与えることが必要なのだ。

研究グループは顕微法により観察された不均一性の“かたち”に着目した。ミクロな見た目の“かたち”を正しく読み取り、内包する情報を引き出す方法として、応用数学のひとつであるパーシステントホモロジーを採用した。その結果、不均一性の“かたち”の特徴を数値化し、内在する情報(材料全体の破壊が起こる起点)を抽出することに成功した。

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図1 今回の研究アプローチと従来との比較の模式図
過去の研究や個人の経験に頼ることなく、材料全体の特性を左右する欠陥の場所を特定することができる

実例

製鉄所では、高炉で鉄の原料である酸化鉄の塊(焼結鉱*3)を一酸化炭素ガス中で還元し、鉄を取り出す。工業プロセス上、機械強度の低下、例えば、クラック(ひび割れ)等の制御は重要課題のひとつである。

研究グループは、材料中の化学状態が反応により不均一に変化していく様子を、放射光X線吸収微細構造法*4を用いて三次元で観察する技術を確立した。還元反応の過程にある焼結鉱を取り出して、鉄原子の価数や近接する原子の数と距離などが、どのように変わるかを観察した。その結果、主に3つの化学状態(図2の赤、青、白の領域)が複雑に不均一に混じり合いながら、反応が進行していることが明らかになった。

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図2 放射光X線顕微法により解明された焼結鉱中の化学状態の不均一性
XAFS測定を行いながら試料をスキャンすることにより、材料の微小部位の化学状態をマッピングすることができる
赤で示す領域:還元反応が進んでいない領域
青で示す領域:還元反応が進んでいる領域

クラック発生の原因を特定するには、X線顕微法により得られた不均一度合いのデータのうち、どの部位が起点になるのかを知る必要がある。研究グループは、還元反応に伴う化学状態の変化だけでなく、その不均一度合いの“かたち”の変化に注目することで劣化の本質を解明できないかと着想した。そして、焼結鉱中に存在する2つの相(酸化鉄、カルシウム-鉄系酸化物)を、穴の空いた物体に見立て、反応とともにその穴の形・大きさ・分布がどのように変化するかをパーシステントホモロジーを用いて解析した(図3)。

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図3 パーシステントホモロジーで “かたち” を定量化する方法の模式図

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図4 a.X線顕微法+パーシステントホモロジーで予想された劣化の起点
b.実際に観察されたクラック

不均一性の“かたち”から予想された劣化の起点(aに赤、緑の菱形で表示)は、実際にクラックが発生した部分(bに青色で表示)と、一致している

“かたち”の変化を定量的に解析し、重要と思われる“かたち”つまり劣化の起点に対応する箇所をオリジナルデータ上にマッピングすることに成功した(図4)。劣化の起点において特徴的な“かたち”が形成されることは、従来からの知見により合理的に説明できる。さらに、劣化の起点の“かたち”として、2種類の「砂時計型のカルシウムフェライト相」と2種類の「小さな島型の酸化鉄」の計4種類があることが分かった。ここで、「島型」は予想していなかったタイプであり、従来の知見に引きずられない本手法の有用性が確認された。

こうして明らかになった材料強度を低下させる“かたち”を有する組織を、できるだけ少なくしたり分散させたりすることで材料特性を改善することができると考えられる。

本研究の意義、今後への期待

計測技術の進歩により得られる実験データの種類・量が膨大になると、従来の考えに捕らわれた判断によって、新たな反応メカニズムを見いだすチャンスを逸することもあり得る。本研究は、人間の考えを補完し、膨大なデータから材料特性の支配因子を見いだす画期的なものである。金属酸化物の機械強度だけでなく、触媒や電池など不均一性が特性に大きく関係する材料の評価にも展開が可能である。

Society 5.0*5社会における機械学習やAIの活用が広がりつつあり、そうした技術が材料開発のあり方をも変えようとしている。新技術を活用した新たなアプローチ法のひとつとして、本研究で提示した「顕微法による不均一性の観察」と「パーシステントホモロジーによる“かたち”の解析」の融合が重要になると考える。従来の材料科学的な知見に加えて、“かたち”という視点を持つことが、現代の材料開発におけるひとつの転機となるであろう。

論文情報

タイトル:Non-empirical identification of trigger sites in heterogeneous processes using persistent homology
著者:Masao Kimura, Ippei Obayashi, Yasuo Takeichi, Reiko Murao, Yasuaki Hiraoka
掲載:Scientific Reports 8号(2018年2月23日)

DOI: 10.1038/s41598-018-21867-z(新しいタブで開きます)

なお本研究は以下の支援を受けて実施された。

・総合科学技術・イノベーション会議の戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)「革新的構造材料」(管理法人:JST)(ユニットD66およびD72)

・戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)
研究領域:[数理モデリング] 現代の数理科学と連携するモデリング手法の構築
研究課題名:「ソフトマター記述言語の創造に向けた位相的データ解析理論の構築」
研究代表者:平岡 裕章(東北大学 材料科学高等研究所 教授)

・科学技術振興機構イノベーションハブ構築支援事業「情報統合型物質・材料開発
イニシアティブ(MI2I:"Materials Research by Information Integration" Initiative)」
トポロジカル解析グループ GL:平岡 裕章(東北大学 材料科学高等研究所 教授)

・KEK フォトンファクトリー共同利用実験課題
2014G707, 2015S2-002, 2016S2-001

用語解説

*1.放射光
光速近くまで加速された電子の軌道が磁場で曲げられるときに生じる強力な光。高精度でのX線分光やX線回折実験などの光源として利用される。

*2.パーシステントホモロジー
re_20180223_01.jpg応用数学的手法の一つ。“かたち”を扱う幾何学の1分野「トポロジー」では、個数だけを議論するのに対し、「パーシステントホモロジー」では、穴の形・大きさ・分布をも定量的に扱うことが可能である。例えば右の4つの図で、トポロジーでは全て同じ“かたち”と扱われるが、パーシステントホモロジーでは、それらを定量的な指標で記述し区別可能である。



*3.焼結鉱
re_20180223_02.jpg鉄の原料で、高炉と呼ばれる大型の還元炉で還元されて銑鉄となる。粉状の鉄鉱石は、そのまま高炉に入れると目づまりを起こし、炉内の下から上への還元ガスの流れを阻害するので、石灰石とコークス(乾溜した石炭)を混ぜ、一定の大きさに焼き固めた多孔質の焼結鉱として高炉に入れている。焼結鉱は不均質で複雑な微細組織を有している (右図)。それが高炉原料としての特性(機械強度や還元されやすさ)に大きく関係する。




*4.放射光X線吸収微細構造法(X-ray Absorption Fine Structure:XAFS、ザフス)
物質によるX線の吸収の度合いが、X線のエネルギーによってどのように変わるか(吸収スペクトル)を測定する実験方法。得られたスペクトルを解析すると、試料のそれぞれの元素の化学状態や構造を求めることができる。

*5.Society 5.0
re_20180223_03.jpg狩猟社会(Society 1.0)、農耕社会(Society 2.0)、工業社会(Society 3.0)、情報社会(Society 4.0)に続く、新たな社会を指すもので、第5期科学技術基本計画において我が国が目指すべき未来社会の姿として初めて提唱された考え。

内閣府webページ Society5.0 より





問い合わせ先

 

研究内容に関すること

木村 正雄(きむら まさお)
大学共同利用機関法人 高エネルギー加速器研究機構 物質構造科学研究所 教授

TEL : 029-864-5608
FAX : 029-864-3202
E-MAIL : masao.kimura@kek.jp

 

大林 一平(おおばやし いっぺい)
東北大学 材料科学高等研究所 (AIMR) 助教

TEL : 022-217-6320
FAX : 022-217-6151
E-MAIL : ippei.obayashi.d8@tohoku.ac.jp

 

村尾 玲子(むらお れいこ)
新日鐵住金株式会社 先端技術研究所 主任研究員

TEL : 070-3514-8083
FAX : 0439-80-2746
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