大容量の蓄電が可能な「リチウム空気電池」用電極材料の開発
大容量の蓄電が可能な「リチウム空気電池」用電極材料の開発
-ナノ多孔質グラフェンとルテニウム系触媒が鍵-
ポイント
- リチウムイオン電池の6倍以上の電気容量を持ち、100回以上繰返し使用が可能な「リチウム空気電池」の開発に成功した。
- 高性能な多孔質グラフェンと触媒により長寿命と大容量を実現。
- 1回の充電で500㎞以上の走行が可能な電気自動車の実現を視野に。
概要
JST 戦略的創造研究推進事業の一環として、東北大学原子分子材料科学高等研究機構(AIMR)の陳 明偉 教授らは、3次元構造を持つナノ多孔質グラフェン注1)による高性能なリチウム空気電池注2)を開発しました。
現在の電気自動車に使われているリチウムイオン電池の電気容量では、200㎞程度しか走行できず、走行距離を飛躍的に伸ばすために新しいタイプの大容量の蓄電池の開発が望まれています。
近年、注目されている新しい二次電池の中に「リチウム空気電池」があります。この電池はリチウムイオン電池とは異なり、正極にコバルト系やマンガン系の化合物を用いることなく、リチウム金属、電解液と空気だけで作動し、リチウムイオン電池の5~8倍の容量を実現できるとされています。
陳教授らはこのリチウム空気電池の正極に新たに開発した多孔質グラフェンを使用し、電極の単位重量あたり2000mAhの大きな電気エネルギーを持ち、かつ100回以上の繰返し充放電が可能なリチウム空気電池の開発に成功しました。正極に使用した多孔質グラフェンは、グラフェンの持つ電気伝導性に加えて、大きな空隙を持つことから、大容量の電極材料となりうることに着目したものです。現時点では、少量の貴金属を触媒に使用し、また、充電時の過電圧が大きいなどの課題は残りますが、実験結果を電気自動車の走行距離に換算すると充電1回あたりで500~600㎞の走行に相当する結果が得られました。今後、さらなる改善を行うことで実用的な電気容量と寿命への到達が期待されます。本研究成果は、2015年9月1日(ドイツ時間)に「Advanced Materials」でオンライン公開されました。
研究の背景と経緯
リチウム空気電池は技術的な難しさから近年ようやく成果が出始めている新しい二次電池です。陳教授らが、2012年にナノ多孔質金を用いたリチウム空気電池の論文をScience誌で発表したことでリチウム空気電池は一躍注目を浴びました。一般的なリチウムイオン電池が単位触媒重量あたり電気容量150mAh/g(ミリアンペア時/グラム)程度で、電気自動車を160㎞走行できるのに対して、このリチウム空気電池は、単位触媒重量あたり電気容量300mAh/gで、同じ電気自動車を270㎞走行できます。さらに、ナノ多孔質金を用いたリチウム空気電池は100サイクル充電が可能なことを初めて示しました。しかし、リチウム空気電池は充放電両方の化学反応に対応した電極材料や触媒が開発途上にあり、国内外でさまざまな金属や炭素系の材料を用いた開発競争が進行中です。
リチウム空気電池の動作原理が図1(a)で、リチウム金属と空気を電極として固体、液体、気体の三相界面上で電子のやり取りが行われます。このため、空気極は液体と気体を効率よく混ぜることができ、かつ、触媒上で効率よくリチウムイオンの酸化(放電)と過酸化リチウムの分解(充電)を起こすことが可能な電気伝導性多孔質体が用いられています。同時に、この多孔質体は放電後に生成される過酸化リチウムの貯蔵場所としても優れています。図1(b)は実物大のコイン型リチウム空気電池であり、ナノ多孔質グラフェン電極自身が集電板の役割も果たしています。グラフェン電極の表面では、図1(c)のような化学反応が起こり、生成物である過酸化リチウムが生成・分解していると考えられます。
本研究グループは、発火などの危険性のある水溶液系ではなく、安定な非水溶液系リチウム空気電池のナノ多孔質正極材料の高性能化に着目し研究を進めてきました。これまでに、電気伝導性が高く空隙率が99%に達するナノ多孔質グラフェンを正極として用いることで、市販されているリチウムイオン電池の電気容量の30倍以上(8300mAh/g)を持つ電極材料の開発に成功していましたが、充電時の過電圧が非常に高いためエネルギー利用効率注3)が50%程度と悪く、実用化を阻んでいました。
研究の内容
今回、本研究グループは大きな電気容量を持つ炭素材料に少量のルテニウム系触媒(40wt.%:重量%,<5vol.%:体積%)を添加することで電極自体が持つ大きな比表面積、空隙率や電気伝導性を損なうことなく、大きな電気容量(2000mAh/g)と充電電圧(4.0V以下)を同時に実現し、かつ、エネルギー利用効率72%で100回以上安定して作動する空気電池の開発に成功しました。
開発に成功した空気電池は、RuO2ナノ粒子触媒をグラフェンで挟んだ窒素ドープナノ多孔質グラフェンを正極電極として開発しました(図2)。ナノ多孔質グラフェン電極は、100-300nm(ナノメートル ナノは10億分の1)の大きさの微細孔を持つため、リチウムイオン、酸素、電解質の輸送が円滑に行われます。また、大きな空隙の中に生成物である過酸化リチウムが貯蔵され(図2(a))、さらにその大きな表面積の効果により、過酸化リチウムの分解反応が促進されます。この電極を用いて充電した後には、図2(b)のように過酸化リチウムが消失していることが確認でき、放電前の状態(過酸化リチウムの生成・分解の平衡状態)に戻ることが明らかになりました。さらに透過型電子顕微鏡(TEM)を用いて、使用前と50サイクル充放電後のRuO2ナノ粒子触媒の状態を原子レベルで観察した結果、50サイクル充放電後(図2(c))でも、粒子のサイズが変わっておらず、充放電過程で触媒に大きな変化、劣化がないことが確認できました。
次に、このリチウム空気電池の充放電の繰返し試験を行いました(図3)。その結果、RuO2ナノ粒子をグラフェンで挟んだ窒素ドープナノ多孔質グラフェンはフル放電したときに電極単位重量あたり最大8300mAhの電気容量を持ち、電極単位重量あたり電気容量2000mAhで固定した場合、100サイクル以上充放電ができることがわかりました。また、充放電時の電流密度を変化させる実験を行った結果、従来のリチウム空気電池よりも充電スピードが速く、また72%を超えるエネルギー利用効率が示されたことから、本電極材料は、エネルギーのロスの少ない正極であることが確認されました。
本研究で開発に成功したナノ多孔質グラフェン電極は、表1に示した最高性能の報告例に示されている充放電電圧と比べて過電圧が0.1-0.2V程度高いものの、高い電気伝導性を維持しながら大きな空隙率と表面積を保持していることから、電気容量とサイクル特性は他の材料と比べると格段に性能が良いといえます。例えば、表1に示した各報告例のうち、酸化グラフェンを焼成する手法で作製された多孔質グラフェンにRuO2ナノ粒子を乗せた場合、充電電圧が3.6Vまで下がり、100サイクル程度の耐久性がありますが、電気容量は800mAh/gと小さくなっています。このように従来の研究と比べて本研究では、電池の性能指標として重要な過電圧、寿命、および電気容量を同時に達成できる高性能なナノ多孔質グラフェンの開発に成功しました。
今後の展開
今回の結果は、高容量、高効率なリチウム空気電池の正極材料に関し、実用に向けての設計指針を示した重要な成果です。従来の電極は電気伝導性が低い炭素電極などを用いているため、エネルギー利用効率が50%程度でしたが、3次元構造を持った本ナノ多孔質グラフェン電極を使用すればエネルギー利用効率を最大72%以上まで向上させることが出来ます。商業的に見ると、本電極材料は、少量のルテニウムを使用しているため金や白金などと比較すれば低いものの依然としてコストが割高となりますが、1回の充電で電気自動車を500㎞以上走行させる可能性があり、リチウム空気電池の実用化への重要な一歩になるものといえます。今後は、さらに高性能でコストの低い触媒の開発に伴って、大きな電気容量(4000~5000mAh/g)と低い過電圧が同時に実現できるリチウム空気電池の開発が進むことが期待されます。今後は、本電極の実用化を目指して企業と模索していく予定です。
参考図
図1 リチウム空気電池とその予想されている反応メカニズム
(a)リチウム空気電池の動作原理。
(b)コイン型電池を用いた実物大のリチウム空気電池の写真。
(c)ナノ多孔質グラフェン電極上の化学反応の様子と表面で行われているとされる化学反応式。
図2 RuO2ナノ粒子を挟んだナノ多孔質グラフェン電極
(a)RuO2ナノ粒子をグラフェンで挟んだナノ多孔質グラフェンを電極として用いた50サイクル充電前の走査型電子顕微鏡(SEM)像。円盤状の過酸化リチウムが生成していることが確認できた。
(b)RuO2ナノ粒子をグラフェンで挟んだナノ多孔質グラフェンを電極として用いた50サイクル充電後の走査型電子顕微鏡(SEM)像。
(C)充電試験後のナノ多孔質グラフェン電極の透過型電子顕微鏡(TEM)像。100-300nmの孔サイズを持つ。2-3層のグラフェンに覆われた5nmのRuO2ナノ粒子が壊れずに存在していることが確認できた。
図3 RuO2ナノ粒子をグラフェンで挟んだ窒素ドープナノ多孔質グラフェン電極を用いたリチウム空気電池の充放電特性の試験結果
実験条件:1.0M(モル濃度)LiTFSI/TEGDME(リチウムビス(トリフルオロメタンスルホニル)イミド/トリエチレングリコールジメチルエーテル)、電流密度400mA/g、電気容量2000mAh/g。
表1 本電極と他の電極(世界最高性能のテストデータ)との性能の違い
質量は触媒を含む電極全体の重さが用いられている。
論文情報
タイトル:3D Nanoporous Nitrogen-Doped Graphene with Encapsulated RuO2 Nanoparticles for Li–O2 Battery
DOI: 10.1002/adma.201503182
用語解説
- 注1) ナノ多孔質グラフェン/ナノ多孔質金属
- ナノ多孔質グラフェンは物質の内部にナノサイズの細孔がランダムに繋がったスポンジ状構造体(ナノサイズの細孔を持つ多孔質構造体)のこと。例えば、下図のようにナノ多孔質グラフェンの前駆体となるナノ多孔質金属の場合、ひも状の構造体が連続して繋がり、かつ、ナノサイズの穴が開いている状態である。ナノ多孔質グラフェンは、この穴とひも状構造が数百nmサイズの状態で維持されている。
ナノ多孔質金属の3次元立体図
- 注2) リチウム空気電池
- リチウム空気電池とは図1に示したように、負極にリチウム金属、正極に電気伝導性多孔質体(金属や多孔質炭素など)を採用し、正極でリチウムイオンと酸素が反応し、Li2O2を生成する(放電)ことで電気を得るメカニズムです。また、生成したLi2O2をLiと酸素に分解する(充電)ことで再放電が可能となります。リチウム空気電池はこのようなLiと酸素だけのやり取りで蓄電ができ、極めて単純な化学反応式で表すことが可能です。
- 注3)エネルギー利用効率
- 充電するときに必要な電気エネルギーに対して、放電するときに取り出せる電気エネルギーの割合。一般的に二次電池では、充電するときの電気エネルギーは放電するときの電気エネルギーよりも多くの電気エネルギーが必要となり、充電したときに必要になった電気エネルギーを100%利用することが出来ません。充電するときの電気エネルギーと放電するときのエネルギーの差が大きい場合、商業利用するときにさまざまな問題となります。
付記事項
本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。
戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)
研究領域:「エネルギー高効率利用のための相界面科学」
研究総括:花村 克悟 東京工業大学 大学院理工学研究科 教授
研究課題名:「界面科学に基づく次世代エネルギーへのナノポーラス複合材料開発」
研究代表者:陳 明偉(東北大学 原子分子材料科学高等研究機構 教授)
研究期間:平成23年10月~平成29年3月
JSTはこの領域で、エネルギーの高効率利用を達成するためにエネルギー創生、省エネルギーなどのさまざまな角度から材料の開発を行っています。上記の研究課題では、3次元構造を持ったナノ多孔質複合材料を用いて効率よく電気エネルギーを蓄電する材料を開発して社会に還元することを目指しています。
本研究は、同研究グループの郭 現偉 助手、韓 久慧 博士課程学生、伊藤 良一 助教、平田 秋彦 准教授、藤田 武志 准教授らの協力を得て行いました。
問い合わせ先
研究に関すること
陳 明偉(チン メンゥエイ)
東北大学原子分子材料科学高等研究機構(AIMR)教授
TEL/FAX : | 022-217-5959/022-217-5955 |
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E-mail : | mwchen@wpi-aimr.tohoku.ac.jp |
伊藤 良一(イトウ ヨシカズ)
東北大学原子分子材料科学高等研究機構(AIMR)助教
TEL/FAX : | 022-217-5959/022-217-5955 |
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E-mail : | ito@wpi-aimr.tohoku.ac.jp |
JSTの事業に関すること
古川 雅士(フルカワ マサシ)
科学技術振興機構 戦略研究推進部
TEL/FAX : | 03-3512-3531/03-3222-2066 |
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E-mail : | crest@jst.go.jp |
報道に関すること
科学技術振興機構 広報課
TEL/FAX : | 03-5214-8404 / 03-5214-8432 |
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E-mail : | jstkoho@jst.go.jp |
東北大学 原子分子材料科学高等研究機構(AIMR) 広報・アウトリーチオフィス
TEL : | 022-217-6146 |
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E-mail : | outreach@wpi-aimr.tohoku.ac.jp |