S 極と N 極が変わる際の摩擦の起源を明らかに

2015年07月31日

東北大学原子分子材料科学高等研究機構(AIMR)
東北大学電気通信研究所(RIEC)
東北大学省エネルギー・スピントロニクス集積化システムセンター(CSIS)

磁石に電界を加えることで、S 極と N 極が変わる際の摩擦の起源を明らかに

- 磁気的摩擦の起源に電気的制御により迫る -

ポイント

  • 磁気的摩擦の大きさを電気的に制御した。
  • 磁気的摩擦の大きさを決める要因を明らかにした。

概要

東北大学原子分子材料科学高等研究機構の松倉文礼教授、陳林助手、大野英男教授(兼務 東北大学電気通信研究所、東北大学省エネルギー・スピントロニクス集積化システムセンター)は、磁石の磁気的摩擦を電気的に制御することに成功し、その電気的な制御を可能としている理由を明らかにしました。
物質の運動に摩擦がともなうように、磁石の中の磁化の運動(S 極と N 極の方向が変わるための運動)にも摩擦があります。ハードディスクなどの磁石を用いた記録装置は、磁化方向(N 極と S 極の向き)により情報を記録しますが、その際、磁気的摩擦の低減が情報書き換え(磁化方向反転)に必要な電力の低減につながります。しかし、磁気的摩擦が生じる理由については未解明な部分が多かったため、「磁気的摩擦の大きさを決める要因の解明」は磁性分野の研究における重要な課題の一つとなっていました。「要因の解明」がこれまで困難だったのは、条件の揃った試料で磁気的摩擦を変化させることが難しかったためです。今回、松倉教授らは強磁性共鳴注 1を用いて電界を加えた強磁性半導体(Ga,Mn)As 注 2の試料における磁化運動の摩擦の大きさ(ダンピング定数)を評価し、「電界を試料に加えることで磁気的摩擦の大きさを電気的に制御できる」ことを示しました。これにより初めて、条件の同一な単一の試料内で磁気的摩擦を変えることが可能になりました。この手法に加えて、複数の試料を用いた詳細な実験も行うことにより、電界を加えることによる試料の電気抵抗の変化が磁気的摩擦の大きさの変化をもたらしていることを系統的に明らかにしたのです。
本研究で磁気的摩擦の制御に用いた「電界を加える手法」は様々な磁石の性質を明らかにする手法として用いることができ、磁石を用いた素子の開発とその高性能化にも貢献するものと期待されます。本研究成果は、米国科学誌「Physical Review Letters(フィジカル・レビュー・レターズ)」の 7 月 31 日号(オンライン版(7 月 30 日に出版))に掲載されます。

研究の背景

電子の持つ「スピン」という性質をエレクトロニクスに利用することで、高機能素子を 実現しようという研究分野がスピントロニクスです。磁石の中ではスピンが集団として振 る舞うことで、磁気が発生します。スピントロニクスにおいては、磁気的性質を電気的に 制御する技術が必要となります。 ハードディスク等の「磁石の磁化方向(N 極と S 極の向き)で情報を記録する装置」においては、情報の書き換えの際に磁化方向を変える必要があります。物体が運動する際に摩擦による抵抗を受けるように、磁石の中で磁化方向が変わる際にも摩擦による抵抗があります。この磁気的摩擦の大きさを示す量が「ダンピング定数」です。大きなダンピング定数を持つ材料は、大きな磁気的摩擦を示す材料に相当します。スピントロニクス技術の進展により、磁化方向を電気的に書き換えることが可能となりましたが、書き換えに必要とされる消費電力の低減には磁気的摩擦の低減が必要となります。
これまでも磁気的摩擦の起源を探る多くの研究がなされてきました。磁気的摩擦の材料依存性や温度依存性に対する大まかな傾向は分かってきたものの、その大きさを決める要因は完全には明らかにされていません。どのような手法を用いて磁気的摩擦を決める要因を明らかにするのか、どのようにその大きさを制御するのかが、現在、磁性材料研究とスピントロニクス素子開発における重要な課題となっています。

研究の内容

磁石の中の磁化方向の微小歳差運動(すりこぎ運動)は強磁性共鳴法により誘起することができます。本研究では、強磁性共鳴の実験結果を解析することで、強磁性半導体(Ga,Mn)As のダンピング定数の大きさを決めました。
試料をコンデンサに加工し、電界を加えることにより、ダンピング定数は 10%程度変化しました(図 1)。これは、磁気的な摩擦の大きさを電気的に制御できることを示す結果です。強磁性半導体は磁石の性質と半導体の性質を併せ持つ材料です。通常の半導体のように、電界を加えることによって電気抵抗も変わります。ここでは、電界を加えることにより、電気抵抗は 25%程度変化しており、電気抵抗と磁気的摩擦の間に関連があることを示唆する結果となっています。
このことを明らかにするために、異なる電気抵抗を持つ複数の試料に対して系統的な測定を行い、ダンピング定数は「電気抵抗が高くなると大きくなる」ということを明らかにしました。また、電気抵抗が高くなると、試料中で磁石が微粒子として振る舞う領域が増えることを詳細な磁化測定から示しました。従って、電気抵抗の高い試料ほど、「磁気的な乱雑さ」が増えます。図 2 に、実験から決めた磁気的な乱雑さとダンピング定数の関係を示します。磁石の中の磁気的な乱雑さの度合いとダンピング定数の大きさに明確な対応関係があることが分かります。このことは、「磁気的摩擦の大きさは磁気的乱雑さによって決まる」ということを示しています。
以上のことから、電界を加えることによる電気抵抗の変化を介して電気的なダンピング定数の制御が可能となっていることが分かりました。

今後の展開

本研究において、磁気的乱雑さと磁気的摩擦の関係が明らかになりました。電気抵抗と磁気的乱雑さとが関連することは、「電子の動きやすさが磁性に影響を与える」ことを示しており、磁気的摩擦の起源と合わせて固体物理学における重要な問題を実験的に明らかにするための糸口を与えたことになります。また、電界による磁気的性質の制御は、強磁性半導体に対してだけではなく様々な磁石の性質を示す材料に対して観測されています。ここで用いられた手法は、様々な材料系に適用可能と考えられ、磁気的摩擦の物理的理解、および「半導体集積回路に用いられる高機能スピントロニクス素子の磁性材料開発」に加速をもたらすことが期待されます。

参考図

 

pr_150731_01.jpg図 1 コンデンサ構造に加工した強磁性半導体に正の電界を加えて電気抵抗を高くすると磁気的摩擦が増大、負の電界を加えて電気抵抗を低くすると磁気的摩擦が減少した。

pr_150731_02.jpg図 2 実験から得られたダンピング定数と磁気的乱雑さの関係。磁気的乱雑さは超常磁性注 3磁化と全体の磁化の大きさの比と定義した。磁気的乱雑さが大きくなるとダンピング定数が大きくなる。丸は一つの試料において、電界を印加することで電気抵抗を制御し、磁気的乱雑さの度合を変えた場合に対する結果。三角は試料作成法を変えることで電気抵抗を制御し、磁気的乱雑さの度合を変えた場合に対する結果。

論文情報

著者:Lin Chen, Fumihiro Matsukura and Hideo Ohno
表題:Electric-Field Modulation of Damping Constant in a Ferromagnetic Semiconductor (Ga,Mn)As
雑誌:Physical Review Letters
DOI: 10.1103/PhysRevLett.115.057204(新しいタブで開きます)

付記事項

本研究の一部は、科学研究費補助金(日本学術振興会、文部科学省)、日本学術振興会・最先端研究開発支援プログラム「省エネルギー・スピントロニクス論集集積回路の研究開発」、文部科学省次世代 IT 基盤構築のための研究開発の支援の下で行われました。

用語解説

(注 1) 強磁性共鳴
強磁性体に高周波電磁界(マイクロ波)を加えた際に、高周波磁界のエネルギを吸収して磁化が歳差運動を継続的に行う現象。
(注 2) (Ga,Mn)As
III-V族化合物半導体砒化ガリウム(GaAs)を構成する原子の一部をMnで置換することで作製される磁石の性質を示す半導体(強磁性半導体)。
(注 3) 超常磁性
磁石の微粒子が示す磁性。微粒子では磁化方向が熱的に無秩序に揺らぐため、磁気的な乱雑さの原因となる。

問い合わせ先

研究に関すること

松倉 文礼(マツクラ フミヒロ)
東北大学原子分子材料科学高等研究機構(AIMR)教授

TEL : 022-217-5554
E-mail : f-matsu@wpi-aimr.tohoku.ac.jp

報道担当

清水 修(シミズ オサム)
東北大学原子分子材料科学高等研究機構(AIMR) 広報・アウトリーチオフィス

TEL : 022-217-6146
E-mail : outreach@wpi-aimr.tohoku.ac.jp