マイクロとナノの複数孔サイズを持つ多孔質材料生産プロセス確立

2015年06月09日

科学技術振興機構(JST)
東北大学 原子分子材料科学高等研究機構(AIMR)
太盛工業株式会社

マイクロとナノの複数の孔サイズを持つ多孔質材料の生産プロセスを確立

-和紙を鋳型にした合金紙から高性能電極を作製-

ポイント

  • マイクロからナノレベルにわたる高次の孔サイズを持つ多孔質電極を開発した。
  • 和紙を利用した粉末冶金法と簡単な電気化学手法により作製できる。
  • 次世代の蓄電池やエネルギーの効率的利用の領域において、幅広い用途・応用展開が可能。

概要

JST 戦略的創造研究推進事業の一環として、東北大学 原子分子材料科学高等研究機構(AIMR)の藤田 武志 准教授らは、太盛工業株式会社(大阪府寝屋川市)と共同で、マイクロメートル(マイクロは100万分の1)とナノメートル(ナノは10億分の1)のそれぞれのレベルで多孔質(ポーラス)構造を持つ階層的多孔質電極の大量生産プロセスを確立しました。
次世代の蓄電池や水素社会への実現に向けて、高性能なポーラス電極が望まれています。電極は、物質と電子やイオンを受け渡す重要な基幹部品であり、燃料物質への変換やエネルギー貯蔵・放出などに応用されており、より高度な電極設計が求められています。マイクロポーラス金属は、気体や液体が通る際に損なう流体圧力(圧力損失)は少ない(速く流せる)のですが比表面積が小さいという問題があります。反対にナノポーラス金属注1)は、比表面積は大きいのですが、圧力損失が高く(速く流れにくい)、高速流体環境下での応用は限られています。従って、マイクロからナノにわたる高次の孔サイズを持つ多孔質材料が広く望まれていました。
今回、共同研究を通じて、太盛工業株式会社の培ってきた「和紙を鋳型にすることを特長とする粉末冶金法」から合金紙を作製し、それを東北大学が得意とする電気化学的手法「脱合金化法注2)」によって、マイクロからナノにわたる高次の孔サイズを持っている多孔質材料を作製することに成功しました。応用例として、階層性ナノポーラスニッケルを本手法により作製し、高性能なスーパーキャパシタ注3)用電極になること、また、水の電気分解で必要な酸素発生電極としても高い性能を誇ることを立証しました。
本作製方法は、大量生産に適したプロセス(特許申請中)を採用しており、多様な合金系に適用できるため今後、燃料電池用電極、アルコール合成変換触媒といった幅広い用途・応用展開が期待できます。
本研究成果は、近日中にWiley-VCH社が発行するプレミアムオープンアクセス誌「Advanced Science」に正式掲載される予定です。

研究の背景と経緯

エネルギー変換・物質変換反応を利用している蓄電池や燃料電池で、「電極」は重要な構成部材となっています。電極をナノレベルまで多孔質化すると、そのナノ構造を設計・制御・活用することで従来にない特性が得られます。現在の市販の電極には主にマイクロポーラス金属が用いられていますが、比表面積が比較的小さいという問題があります。比表面積が大きいと、電極触媒反応を促進できるという利点が生まれることから、比表面積の向上が求められていました。東北大学では「脱合金化法」によるナノポーラス金属に長年取り組んでおり、比表面積の向上は達成できますが、孔がナノレベルで小さいため、気体や液体の圧力損失が高く応用は限られていました。そこで、東北大学と太盛工業株式会社との産学協同で、マイクロからナノにわたる高次の孔サイズを持っている多孔質材料の開発を行いました。

研究の内容

開発した作製方法を図1に示します。まず、ガスアトマイズ法注4)により5マイクロメートル以下のマイクロ金属粒子もしくは合金粒子を作製します。それをスラリー注5)にして和紙に染みこませます。これを焼結することで、スラリーや和紙の成分が除去されて、マイクロ金属粒子のみが焼結されて合金紙になります。この合金紙はすでにマイクロポーラス構造になっています(和紙はありふれた身近なマイクロポーラス材料です)。この合金紙を酸性溶液で処理することで、イオン化して溶液中に溶け出す元素を選択腐食することにより、合金繊維がナノポーラス化します。これによって、マイクロからナノにわたる高次の孔サイズを持った多孔質材料ができます。一例としてNiMn合金紙を作製しました。外観を図2に示します。Mnを脱合金化することで、比表面積は腐食前の1m2/gから腐食後は100m2/gと100倍になり、ナノ構造化の寄与が明確になりました。また、厚さを薄くすることで腐食後も機械的延性(柔軟性)は保たれていました(図3)。
このように作製した階層性ポーラスニッケルの走査電子顕微鏡像を図4に示します。マイクロポーラス構造の中を拡大していくと、金属部分がナノポーラス化していることが分かります。より詳細な元素分布を評価するために、透過電子顕微鏡像で評価しました(図5)。その結果、水酸化ニッケルとマンガン酸化物の複雑酸化物がフィラメント状に発達したナノポーラス構造であることが分かりました。このような酸化物は、スーパーキャパシタの活物質であり、特性を評価すると面積あたりのキャパシタンス(静電容量)がこれまでのナノポーラスニッケルと比べて4倍以上向上していることが分かり、体積あたりのキャパシタンスは880F/cm3と見積もられました(従来の炭素材料では50~80F/cm3程度)。また、水の電気分解で必要な酸素発生電極としても構造安定で高い性能を示すことが分かりました。
本作製方法は、企業が確立した合金紙の製造プロセスと一度の電気化学手法(酸性溶液に漬けるだけ)を組み合わせる方法であり、大量生産に適したプロセスであるといえます。原理的にさまざまな合金系に拡張できるため、蓄電池だけにとどまらず、燃料電池用電極、アルコール合成変換触媒といったエネルギー変換材料、化学物質の輸送・分離・変換を可能にする先端材料として幅広い用途・応用展開が期待できます。

今後の展開

今回の結果は、マイクロからナノにわたる階層構造を持った多孔質材料の実用化につながる重要な成果です。現在、日本では水素エネルギー社会の実現に向け、風力・太陽光などの再生可能エネルギーを利用してエネルギーキャリアを効率的に直接合成するための電解合成、触媒合成、電極・反応場材料に関する研究が盛んに行われています。多孔質材料はそれらの基盤材料の1つとして活用されることが期待できます。今後、製造プロセスを最適化し、合金系を拡張していくことでエネルギー・蓄電池分野において幅広い用途・応用展開をしていく予定です。

参考図

pr_150609_01.png図1 階層構造を持った多孔質金属の作製方法

pr_150609_02.jpg図2 NiMn合金紙の外観
薄くて多孔質なのでNiMn合金紙の下に置いた文字やロゴが透けて見える。

pr_150609_03.jpg図3 腐食後の階層性ポーラスニッケル
機械的延性があり、幅広い用途が期待できる。

pr_150609_04.png図4 階層性ポーラスニッケルの走査電子顕微鏡像

pr_150609_05.png図5
(a)階層性ポーラスニッケルの透過電子顕微鏡像。
(b)階層性ポーラスニッケルの元素マッピング。測定した場所のTEM像(白黒)、ニッケル(赤)、マンガン(緑)、酸素(青)マッピングを合わせた画像(Mix)。

pr_150609_06.png図6 ナノポーラス金属の3次元像(注1参照)

用語解説

注1)ナノポーラス金属
ナノ多孔質金属は物質の内部にナノサイズの細孔がランダムにつながったスポンジ構造体(ナノサイズの細孔を持つ多孔質構造体)のこと。
注2)脱合金化法
合金から特定の元素を選択的に腐食させて、溶出させる方法。選択腐食ともいう。
注3)スーパーキャパシタ
電極表面の電荷の吸着・脱着を利用して充放電を行うデバイス。容量はF:ファラッド単位で表される。例えば、性能を比べる際には、F/重量(g)やF/体積(㎝3)で標記される。
注4)ガスアトマイズ法
溶融した金属にガスを噴霧し粉末にする工業的方法。
注5)スラリー
金属粉末とセルロースとの懸濁体。

論文情報

タイトル: Nanoporous Metal Papers for Scalable Hierarchical Electrode
DOI: 10.1002/advs.201500086(新しいタブで開きます)

問い合わせ先

研究に関すること

藤田 武志(フジタ タケシ)
東北大学原子分子材料科学高等研究機構(AIMR)准教授

TEL/FAX : 022-217-5990/022-217-5955
E-mail : tfujita@wpi-aimr.tohoku.ac.jp

JSTの事業に関すること

古川 雅士(フルカワ マサシ)
科学技術振興機構 戦略研究推進部

TEL/FAX : 03-3512-3525/03-3222-2063
E-mail : presto@jst.go.jp