セラミックスの転位芯原子構造の設計と制御に成功

2014年01月30日

東北大学原子分子材料科学高等研究機構

セラミックスの転位芯原子構造の設計と制御に成功

-スーパーコンピューターの予測を実験で再現-
東北大・東大・英ヨーク大学の共同研究

概要

東北大学原子分子材料科学高等研究機構の幾原雄一教授(東京大学教授併任、財団法人ファインセラミックスセンターナノ構造研究所主管研究員併任、京都大学構造材料元素戦略研究拠点教授)と王中長准教授らの研究グループは、スーパーコンピューター計算注1)と超高分解能走査透過電子顕微鏡注2)を駆使して、セラミックス(酸化マグネシウム) 注3)内の結晶の欠陥構造を設計・制御し、原子レベルで全く新しい超構造注4)を人工的に作りだすことに世界に先駆けて成功しました。すなわち、存在しうる欠陥構造をあらかじめスーパーコンピューターで予測し、それと全く同じ原子構造を忠実に結晶内に集積させる実験に成功しました。
セラミックスは、金属材料とは異なって複雑な結晶構造(原子配列)をもっており、歪みや欠陥などわずかな結晶構造の変化によってその特性(電気や熱の伝わり方など)が著しく変化しますが、この構造変化によって新奇な特性が発現する可能性があります。つまり、結晶の欠陥部である転位注5)そのものにも特異な物性が期待されます。本研究グループは、本来は欠陥である転位を積極的に活用し、結晶界面や結晶粒界面上の転位に着目することで、これまで難しいとされてきた転位原子構造の人工制御を試みてきました。界面上に規則配列した転位をターゲットとすることで、近年の超高分解能走査透過電子顕微鏡とスーパーコンピューターの技術革新との相乗効果によって、今回の成果に至りました。今後、本研究を起点にし、セラミックスの欠陥構造を利用した超構造制御の新機能材料の研究開発につながると期待されます。本成果は2014年1月30日(英国時間)に英科学誌「Nature Communications (ネイチャー・コミュニケーションズ)」オンライン版で公開されます。

研究背景と経緯

セラミックスは、金属や酸素など複数の種類の原子が結びついて構成され、陶器から耐熱材料や電子部品まで幅広い用途で利用されており、金属材料同様に実用的に用いられている材料です。しかし、セラミックスが金属材料と異なる点は、まず、それに含まれる原子の種類の多さや結合状態(イオン結合性や共有結合性)に起因して、大変複雑で独特な結晶構造をもつことが挙げられます。また、原子の種類や割合(組成)を変えることによって、例えば、「絶縁体のように電気が流れない状態から金属のようにスムーズに電気が流れる状態への変化」のように、金属材料では不可能な特性(電気や熱、光の伝わり方など)の自在な制御が可能になりつつあり、セラミックスは学術と工学の両面から新たな展開や領域開拓、その体系化が期待されています。
セラミックスにおいて、結晶構造の欠陥は特に重要であり、透明導電性やイオン伝導性、超伝導性などの優れた電気特性(電気の流れやすさ)の観点から活発に研究開発が行われてきました。この電気特性は、セラミックス特有の複雑な結晶構造のわずかな変化(歪みや欠陥など)によって著しく変化します。逆に、歪みや欠陥を意図的に制御すれば、電気特性の向上、さらには新奇な特性の発現が期待できます。
本研究グループは、セラミックスの結晶の欠陥部である転位そのものに着目してきました。バルク結晶には存在しない構造を持つ転位そのものに、特異な物性が期待されます(図1)。これまで難しいとされてきた原子構造の人工制御は、界面上に規則配列した転位をターゲットとすることで、理論的にも実験的にも取扱い易くしたことで可能になりつつあります。このような超構造を固体内に閉じ込めることができ、デバイスへの応用の容易さやハンドリングの良さだけでなく、学術的にも固体-量子構造の相互作用効果(電子やスピン制御)も期待できる段階に来ています。さらに、量子構造を高密度に自己配列させることができれば、大容量化によってデバイスとして工業的な実用化も可能であります。
本研究のねらいは、スーパーコンピューターによる大規模な構造モデル計算と最先端の超高分解能走査透過電子顕微鏡を併用することによって、最適なセラミックス材料の組み合わせや機能、安定転位芯構造をあらかじめ予測し、実験的に特別な機能を持った全く新しい超構造を原子スケールで作りだすことに挑戦することでありました。

研究内容と展開

今回、東北大学原子分子材料科学高等研究機構の幾原教授と王中長准教授らは、東京大学総合研究機構および英ヨーク大学物理学科と共同で、スーパーコンピューター計算と元素識別可能な分析装置(電子エネルギー損失分光器)を搭載した超高分解能走査透過電子顕微鏡を駆使して、セラミックス(酸化マグネシウム) 内の結晶の欠陥構造を設計・制御し、原子レベルで全く新しい超構造を作りだすことに世界に先駆けて成功しました。すなわち、存在しうる欠陥構造をあらかじめスーパーコンピューターで予測し、それと全く同じ原子構造を忠実に結晶界面に集積させる実験に成功しました。
本研究では、スーパーコンピューターを用いた理論計算(第一原理計算)によって、酸化マグネシウムの接合結晶界面で形成される安定原子構造、電子状態を、様々な元素の組み合わせや結晶の接合面方位、接合角、終端原子面の極性、結晶並進対称性など、パラメーターを変えてシミュレーションしました。
図2に示すように、 同じ結晶の等価な低指数面を1~2度ほど傾けて接合した対称傾角バイクリスタル結晶界面では、上下の結晶の格子のミスマッチを補正するために、転位が周期的に配列することが予測されます。スーパーコンピューターによるシミュレーションでは、図3a-c(および図3g-i)の3種類の転位芯構造が安定であることを見出しました。また、それぞれの転位はバルクには無い特徴的な電子状態も所有おり、伝導性が付与できることも分かりました。 この計算結果に基づいて、実際に結晶を特定の角度で切り出し、鏡面加工・洗浄後、高温で接合しました。図2は実際にバイクリスタル接合法を用いて合成された界面の透過型電子顕微鏡像であり、点状のコントラストの転位が規則的に並んでいることがわかります。これは1次元的に伸びる転位線を、その長手方向から見ている投影像です。約10nm間隔の並びは、格子ミスマッチを補正するために、導入された転位の配列を表しています。
さらに倍率を上げて、転位一つ一つの局所原子構造を最先端の球面収差走査透過型電子顕微鏡で観察しました。図3d-fの高角環状暗視野(HAADF-STEM)像からは、この予測に一致した転位芯構造を捉えることができているのが見て取れ、望みの原子構造を人工的に合成できたことが確認されました。計算によると、それぞれの転位芯の持つエネルギーは、ほぼ等価であることがわかりました。図3aでは転位の中心に大きな空間(バーガースベクトル)を持った転位芯構造を持つのに対して、図3b-cでは、バーガースベクトルが小さな2つ転位に縦や横に分解している様子が捉えられています。このように計算であらかじめ予測された転位構造の多形性が、実際に実験で確認されたことは、本分野において画期的な結果です。
本研究では、物質の構成元素の識別が可能な超高分解能走査透過電子顕微鏡法とスーパーコンピューターによる大規模な原子構造計算を駆使して、転位芯構造をあらかじめ予測し、これに基づいてバイクリスタルを設計することで、固体内に全く新しい超構造を創出することに成功しました。特に、結晶界面上の転位に着目することで、理論的にも実験的にも取扱えることが成功の鍵であり、近年の超高分解能走査透過電子顕微鏡とスーパーコンピューターの技術革新との相乗効果によって、今回の成果に至りました。セラミックスにこれまで存在していなかったような転位芯構造を人工的に合成した画期的な結果となります。今後、この成果から転位制御によるセラミックス材料の高性能化に関する研究のさらなる進展が期待できます。

本研究成果は、2014年1月30日付(英国時間)に英国科学誌「Nature Communications(ネイチャー・コミュニケーションズ)」オンライン版で公開されます。本研究は文部科学省の構造材料元素戦略拠点の支援を受けて行われました。

参考図

pr_140130_02.png図1:転位の構造。○印が原子、原子の列が切れている箇所を“逆T印”で示すが、ここが転位であり、線状の格子欠陥となる。応力をかけて結晶を変形させるとすべり面に沿って転位が動き、結晶が変形する。すなわち、転位は変形や加工の源となる欠陥であるが、これまではその原子の構造が不明であった。


pr_140130_03.png図2: (a-b) 2つの結晶を接合して作った結晶界面と界面に形成される転位構造の模式図. (c-f)規則的に配列させた転位の明視野TEM像と回折像(転位線方向から観察). (g)転位配列のHAADF-STEM像


pr_140130_04.png図3: (a-c)スーパーコンピューターが予測した3種類の転位芯原子構造の模式図. (d-f) 実験で捉えた3種類の転位芯HAADF-STEM像. (g-i) コンピューターシミューレション像. (j-l)転位の模式図(格子の結合が切れている箇所が転位)

用語解説

注1) スーパーコンピューター
一般的なコンピュータより極めて高速なコンピュータで大規模な原子構造モデルの数値計算やシミュレーションが可能。気象予測でも使われている。
注2) 超高分解能走査透過電子顕微鏡
0.1ナノメートル(1億分の1センチメートル)程度まで細く絞った電子線を試料上で走査し、試料により透過散乱された電子線の強度で試料中の原子を直接観察する装置
注3) 酸化マグネシウム
マグネシウムと酸素の化合物、化学式はMgO。粉末は便秘薬や耐火性内壁レンガとして利用される。単結晶はデバイス薄膜成長用基板として利用されている。
注4) 超構造
自然界には存在しない結晶構造。ナノメートルスケールの規則構造のために特異な性質や現象(量子サイズ効果)の発現に注目。
注5) 転位
原子の配列あるいは結晶格子の乱れが一つの線に沿って生じているものであり、結晶固体に外から引張りや圧縮などの力を加えると、ある程度以上大きい力に対しては、転位が導入され、変形を起こしたまま元に戻らない塑性変形を引きおこす。また、転位芯近傍では、本来の結晶とは異なる特有の構造や電子状態を形成している。

論文情報

タイトル : “Polymorphism of Dislocation Core Structures at the Atomic Scale”
(転位芯原子構造の多形性)
著者 : Zhongchang Wang, Mitsuhiro Saito, Keith P. McKenna, and Yuichi Ikuhara
雑誌名 : Nature Communications、2014年1月30日 電子版

 

問い合わせ先

研究に関すること

幾原 雄一 (イクハラ ユウイチ)
東京大学大学院工学系研究科総合研究機構 教授
東北大学原子分子材料科学高等研究機構 教授

住所 : 〒113-8656
東京都文京区弥生2-11-16
TEL : 03-5841-7688
E-MAIL : ikuhara@sigma.t.u-tokyo.ac.jp

王 中長 (ワン チョンチャン)准教授
斎藤 光浩 (サイトウ ミツヒロ)助教
東北大学原子分子材料科学高等研究機構

住所 : 〒980-8577
宮城県仙台市青葉区片平2-1-1
TEL : 022-217-5933
E-MAIL : zcwang@wpi-aimr.tohoku.ac.jp
saito@wpi-aimr.tohoku.ac.jp

報道に関すること

中道康文(ナカミチ ヤスフミ)
東北大学原子分子材料科学高等研究機構(AIMR) 広報・アウトリーチオフィス

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