ミクロな世界のサンドウィッチ

2012年11月07日

菅原克明助教、一杉太郎准教授、高橋隆教授らの研究グループ グラフェン層間化合物の作成に初めて成功

概要

東北大学原子分子材料科学高等研究機構の菅原克明助教、一杉太郎准教授、高橋隆教授らの研究グループは、グラファイト(黒鉛)2層の間にカルシウム原子を挿入(サンドウィッチ)した2層グラフェン層間化合物の作成に世界で初めて成功しました。この成果は、グラフェンを用いた高効率なマイクロバッテリーや超薄膜超伝導デバイスへの道を開くものであり、新たな材料科学研究へ大きく貢献することが期待されます。
本成果は、2012年11月5日(米国時間)の週に、米国科学アカデミー紀要( Proceedings of the National Academy of Sciences) オンライン版で公開されます。

背景

グラフェンは、炭素原子が蜂巣格子のネットワークを組んで形成された一枚の原子シートで、2010年のノーベル賞受賞を契機として、その基礎及び応用研究が精力的に進められています(図1(a))。このグラフェンが何層にも積層したものが黒鉛(グラファイト)で、私達の身近な鉛筆の芯などに利用されています。このグラファイトの層間にカルシウム(Ca)等の金属原子を挿入したものがグラファイト層間化合物で、低温で電気抵抗がゼロとなる超電導を示すことが知られています。また、グラファイト層間化合物は、リチウムイオンバッテリーの負極材にも用いられており、産業応用上重要な物質です。このグラファイト層間化合物を最も薄くした2層グラフェン層間化合物(図1(b))は、金属原子の出入りが従来のバルク体に比べて遙かに速く高効率のため、高速マイクロバッテリーの電極材料として利用する事が提案されています。また、グラフェン層間化合物における超電導発現の可能性など、超薄膜超電導デバイスへの可能性も検討されています。しかし、高品質なグラフェン層間化合物、とりわけバルク体で最も高い超電導転移温度を示すカルシウム化合物については、その作製法が確立されておらず、研究進展の大きな妨げとなっていました。

研究の内容

このたび、東北大学の研究グループは、黒鉛超伝導体で最も高い超伝導転移温度を持つカルシウム-グラファイト層間化合物 (C6Ca)の最も薄い極限である2層グラフェン層間化合物(C6CaC6)(図1(b))の作成に世界で初めて成功しました。作成は、まずリチウム (Li)-グラファイト層間化合物を作成し、次にLiとCaを交換する「原子交換法」という特殊な方法で成功したものです。作成したカルシウム-グラフェン層間化合物について、その性質を、光電子分光法注1)(図2)と走査型トンネル顕微鏡注2) (図3)を用いて調べた結果、バルクのグラファイト層間化合物で超電導発現の起源と考えられている「グラファイト層間電子」注3)が、2層グラフェン層間化合物においても存在していることが見出されました。

今後の展望

今回の研究成果は、超高速トランジスタ等の薄膜デバイスへの応用が進められているグラフェンについて、その新機能化合物である2層グラフェン層間化合物を作成する方法を確立したものです。今後、本作成手法を用いて作成されたグラフェン層間化合物の研究から、金属原子の出入りの機構とその制御、さらに超電導などの特異な性質の理解が進み、グラフェン層間化合物を用いた高効率マイクロバッテリーや超薄膜超電導デバイスへの応用研究が急速に進むものと期待されます。

本成果は、基盤研究(S)「超高分解能スピン分解光電子分光による新機能物質の基盤電子状態解析」(研究代表者:高橋 隆)や若手研究(B)「積層制御グラフェンの新規物性開拓」(研究代表者:菅原克明)などの補助によって得られました。

用語解説

注1. 光電子分光
結晶の表面に紫外線を照射すると、外部光電効果によって物質中の電子が外部に放出されます。光電子分光は、この光電子のエネルギーや運動量などを測定することで、物質中での電子の状態、つまり物質の電子状態を観測する実験手法です。最近その分解能が急速に向上し、現在では超伝導になっている電子も観測できるようになりました。
注2. 走査型トンネル顕微鏡
先の鋭い探針(プローブ)を試料表面に接近させ、プローブと試料表面間に電圧をかけると、両者間にトンネル電流が流れます。この微少なトンネル電流の空間分布を観測する事で、表面形状や局所電子状態を観測する実験手法です。
注3. グラファイト層間電子
グラファイト結晶中の層と層の間に分布していて、ほぼ自由に動く事ができる電子のことです。グラファイト層間化合物の超電導発現には、この層間電子が密接に関係していると考えられています。

参考図


図1 (a)グラフェンと(b)2層グラフェン層間化合物の結晶構造


図2 光電子分光の概念図。
物質に高輝度紫外線を照射して出てきた光電子のエネルギー状態を精密に測定します。


図3 走査型トンネル顕微鏡の概念図。
探針-試料間に発生する微小なトンネル電流を利用して、表面形状や局所電子状態を観察します。

問い合わせ先

研究に関すること

菅原 克明(スガワラ カツアキ)助教
東北大学 原子分子材料科学高等研究機構

TEL : 022-217-6169
E-MAIL : k.sugawara@arpes.phys.tohoku.ac.jp

高橋 隆(タカハシ タカシ)教授
東北大学 原子分子材料科学高等研究機構(大学院理学研究科兼任)

TEL : 022-795-6417
E-MAIL : t.takahashi@arpes.phys.tohoku.ac.jp