末永智一教授の研究グループ 生きている細胞表面の構造と化学物質濃度をナノスケールで可視化
ナノ電極の作成と、その動きを制御する新たな方法の開発により実現
研究概要
東北大学原子分子材料科学高等研究機構(AIMR)の末永智一教授・高橋康史助手の研究グループと、インペリアルカレッジロンドンのユリ・コルチェフ教授の研究グループは、細胞表面の構造と化学物質の濃度を、細胞を傷つけることなくナノスケール(髪の毛の1000分の1の解像度)で可視化することに、世界で初めて成功しました。
生きている細胞の表面では、細胞の呼吸に伴う酸素の消費や、細胞間コミュニケーションのためのいろいろな化学物質の放出が行われおり、それらを検出しその分布を可視化することは生体機能の解明に必要です。走査型電気化学顕微鏡(SECM)※1は、微小な電極を用いて、細胞上の化学物質を検出することが可能です。しかし、従来のSECMでは、探針に使用する電極が大きく、電極を水平にしか動かすことができなかったため、細胞にダメージを与えないで、柔らかい細胞表面の極微細構造や化学物質をナノメートルレベルの解像度で検出・可視化することができませんでした。
本研究グループは、直径100nm程度の穴の開いたガラス管内に、ブタンガスを注入し加熱して固形化することで、極微小電極を簡単に作製する手法を開発しました(図1、2)。また、電流シグナルを利用して、探針の動きを精密にコントロールするアルゴリズムを導入した、新しいナノ走査型電気化学顕微鏡(NanoSECM)を開発しました(図3)。この顕微鏡を用いることにより、細胞表面の微細構造や化学物質を同時に無侵襲※2でしかも世界最高の解像度で可視化することが可能となりました(図4、5、6)。
今回開発されたNanoSECMは、記憶のメカニズムと関係する神経伝達物質の検出や、癌の増殖と関連した細胞質タンパク質の発現状態のリアルタイムでの観察など、幅広い応用が期待されます。本研究成果は、5月18日付けで米国科学アカデミー紀要(Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America)電子版に掲載されました。
研究背景と経緯
試料表面の化学物質の濃度分布や流速を知る技術は、生細胞の代謝の評価や、電池材料の高機能化、触媒活性の評価などと幅広い分野で求められています。特に、生殖医療、神経科学、薬剤スクリーニングなどの観点から、細胞の活性の指標となる呼吸量評価や、細胞―細胞間のコミュニケーションに利用される神経伝達物質を、定量的に捉える技術が求められています。
電気化学測定は、電極を用いて、溶液中の化学物質を酸化/還元することで、化学物質の濃度を知ることができます。また、微小電極により試料表面を走査し、化学物質の濃度分布を捉える走査型電気化学顕微鏡(SECM)は、電極探針の微細化を行うことで、局所的な化学物質の濃度分布をイメージングすることが可能です。そのため、金属の触媒能や腐食プロセスの評価や、細胞の呼吸量の評価に用いられてきました。特に、無侵襲的に測定可能であるため、初期胚の呼吸量評価など生殖医療に応用されてきました。しかし、これまでのSECMは、細胞とほぼ同等の大きさ(20um)を用いて、電極の高さ方向の制御を行わずに測定を行っていたために、解像度が非常に低く、電極の微細化と、電極のポジショニング技術が求められていました。
研究内容と展開
本研究では、これまで課題とされてきた微小電極の作成と電極の細胞表面でのポジショニングに焦点を当てました。これまでの微小電極の作成では、電極面積を厳密に規定するため、金属細線の周囲に絶縁層部分を形成し、電極先端部を研磨・加工していました。このプロセスは、絶縁物質の化学蒸着や、レーザービームを利用した加工技術が必要でしたが、1ミクロン以下の電極を作成することは困難でした。そこで、あらかじめ大きさを規定した、開口径が100nm以下のナノピペット内に、焼成カーボン層※3を形成する従来とは逆の発想により、研磨・加工プロセスを必要としない電極作製プロセスを開発し、最小で6.5nmのナノ電極の作成に成功しました。
電極のポジショニングには、従来、原子間力顕微鏡※4のシステムが利用されてきましたが、細胞などの柔らかい材料では、探針が直接材料に接触するため、材料にストレスを与えてしまうことが問題となっていました。本研究では、電極そのものにより得られる電流シグナルを利用することで、細胞に非接触で極微細構造と化学物質に関する情報を同時に得ることが可能な新しい電極探針走査アルゴリズムを開発しました。
この手法を用いて、これまで起伏が激しく測定が困難とされてきた神経細胞や内耳細胞の形状イメージングを可能とし、これまで報告された電気化学イメージングの研究の中で、最高の解像度でイメージを取得することに成功しました。さらに、表面に存在する膜タンパク質の電気化学イメージングや神経伝達物質の検出に成功しました。今後は、記憶のメカニズムの解明を目指し、シナプスでの神経伝達物質の検出や、癌の増殖と関連の深い細胞膜タンパク質に関して、リアルタイムで発現状態を可視化していく予定です。
参考図
電子顕微鏡を用いても、詳細な構造を把握することが困難なほど小さいナノ電極が作成できていることがわかります。電極を試料表面に対してアプローチさせた際の応答は、理論と非常によく一致していることが確認できました。
ナノ電極を利用することで、非常に微細で複雑な細胞表面の構造を非接触で測定することに成功しました。
細胞の形状と、細胞表面の膜タンパク質の発現状態の同時に捉えることに成功しました。
蛍光測定と組み合わせることで、神経伝達物質が細胞のどの部分に蓄えられているかを表面形状とともに観察することができました。また、実際に放出された神経伝達物質を電極により捉えることができました。
用語解説
- ※1 走査型電気化学顕微鏡(SECM)
- 試料表面の化学物質に、微小電極で電圧をかけて酸化/還元反応を起こすと、化学物質の濃度に応じて発生する電流が変化するので、その電流値をもとに試料表面の濃度分布を2次元の画像化する顕微鏡。金属の触媒能や腐食プロセスの評価や、細胞の呼吸量の評価に用いられる。特に、無侵襲的に測定可能であるため、初期胚の呼吸量評価など生殖医療に応用されている。
- ※2 無侵襲測定
- 試料にストレスを与えない測定。一般的な細胞の蛍光測定では、ラベリングに用いる蛍光物質の細胞への影響が懸念されるが、電気化学ではラベリングなしで測定を行うことができる。
- ※3 焼成カーボン層
- ライターなどに用いるブタンガスを、酸素が存在しない環境で加熱することで、煙突の中に形成されるススのように、カーボンが形成される。
- ※4 原子間力顕微鏡
- カンチレバーと呼ばれる非常に尖った針(プローブ)を用いて、試料とプローブの原子間にはたらく力を検出して、試料の表面形状を取得する
論文情報
- 題名
- Topographical and electrochemical nanoscale imaging of living cells using voltage-switching mode scanning electrochemical microscopy
- 日本語名
- 電圧切り替えモード走査型電気化学顕微鏡による生細胞の形状・電気化学ナノスケールイメージング
- 著者
- 高橋康史, Andrew I. Shevchuk, Pavel Novak, Babak Babakinejad, Julie V. Macpherson, Patrick R. Unwin, 珠玖仁, Julia Gorelik, David Klenerman, Yuri E. Korchev, 末永智一
- ジャーナル名
- Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America
- オンライン掲載日
- 2012年5月18日
問い合わせ先
研究に関すること
末永智一 教授
東北大学 原子分子材料科学高等研究機構(AIMR)
TEL : | 022-795-7281 |
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E-MAIL : | matsue@bioinfo.che.tohoku.ac.jp |
高橋康史 助手 東北大学 原子分子材料科学高等研究機構(AIMR)
TEL : | 022-795-7281 |
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E-MAIL : | takahashi@bioinfo.che.tohoku.ac.jp |
報道担当
東北大学 原子分子材料科学高等研究機構(AIMR) アウトリーチオフィス
TEL : | 022-217-6146 |
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E-MAIL : | outreach@wpi-aimr.tohoku.ac.jp |