ハードカーボン内のナトリウムイオンの貯蔵メカニズムに関する新たなモデル

2021年06月28日

東北大学学際科学フロンティア研究所
東北大学材料科学高等研究所

ハードカーボン内のナトリウムイオンの貯蔵メカニズムに関する新たなモデル

高性能ナトリウムイオン電池負極の実現に向けて

発表のポイント

  • 構造を精密に制御したアモルファスカーボン(無定形炭素)を用いて、その局所構造とナトリウムイオンの貯蔵容量/電位との相関関係の定量的測定に成功した。
  • ハードカーボン※1(難黒鉛化性炭素)内のナトリウムイオンの貯蔵メカニズムに関する新たなモデルを提案した。
  • ナトリウムイオン電池※2の実用化に向けて、本研究の成果が高性能ハードカーボン負極の開発を促進することが期待される。

概要

ナトリウムイオン電池はリチウムイオン電池の低コスト代替品になると期待されているが、実用化へ向けた課題は高性能な電極の開発です。グラファイトのアモルファス同素体であるハードカーボンは、大容量かつ低コストであることから、一般的にナトリウムイオン電池の最も期待される負極材料と考えられてきました。しかし、アモルファスカーボンの無秩序な構造を制御して特性を明らかにすることが困難であるため、ハードカーボン内のナトリウムイオンの貯蔵に関する基本的なメカニズムが長い間の議論でした。

東北大学学際科学フロンティア研究所(FRIS)の韓久慧助教と材料科学高等研究所(AIMR)の陳明偉教授、工藤朗助教らの研究グループは、低温脱合金法※3を用いることで、局所構造を精密に制御できるアモルファスカーボンを開発しました。さらにこのアモルファスカーボンを導入したモデルシステムによる調査から、ハードカーボン内のナトリウムイオンについて新たな貯蔵メカニズムを明らかにしました。本研究はナトリウムイオン電池用の先進的カーボン負極の設計に新しい道を開くものです。

本研究成果は、2021年6月7日付け(現地時間)で米国科学誌「Nano Letters」にオンライン掲載されました。

詳細な説明

研究の背景

リチウムイオン電池は、社会に重要な役割を果たしてきた。一方で我々はリチウム資源を急速に消費しており、リチウムの生産能力とサプライチェーンにおける重大な懸念材料となっている。その代替として、ナトリウムイオン電池(Sodium-ion battery)はNa元素が豊富な資源(地殻中Liが0.0017wt%であるのに対して地殻中2.3wt%)であることから広く注目を集めることになった。ナトリウムイオン電池を実用化するうえでの主要な課題は、高容量で安定したサイクルの両方を満たすことができる適切な電極材料を開発することである。負極材料としては、グラファイトのアモルファス同素体であるハードカーボンが、その大容量と低コストから最も可能性の高い負極材料であると一般的に考えられていた。

ハードカーボンは炭素原子が規則的に並んだグラファイト状の微結晶と、炭素原子がランダムに凝集したマイクロポアを有する孔質な非結晶性領域の2つの領域から成り、重なったグラフェンシートがバランスを取り合うトランプの札の束にも見えることから、“House of cards”構造とも形容される。ハードカーボンの充放電曲線は0.1V以上のスロープ領域と0.1V以下のプラトー領域に明確に分けることができる。ハードカーボン内のNaイオンの貯蔵メカニズムを解明することを目的とする数多くの研究が行われてきたが、さまざまな電位領域におけるNaイオンの貯蔵メカニズムについてはまだ議論の余地があり、2つの主要メカニズムが提案されている。一つ目は、スロープ領域ではグラファイト層へのNaイオンの挿入(インターカレーション)が起こり、プラトー領域ではNaイオンの吸着またはマイクロポアへの充填が起こるとする「挿入-吸着」メカニズムである。二つ目の「吸着−挿入」メカニズムはそれと反対に、スロープ領域でランダムな原子構造の炭素へNaイオンが吸着・充填し、低電位のプラトー領域ではNaイオンの挿入が起きていると考える。このようなナトリウムの貯蔵メカニズムの不確実性により、高性能なナトリウムイオン電池に適した先進的ハードカーボン負極の開発が進められていない。

成果の内容

本研究では、原子レベルで構造の精密な制御が可能なアモルファスカーボンを用いて、ハードカーボンの局所構造とナトリウムイオンの貯蔵容量/電位との相関関係を定量的に調べた。このメカニズムに関する研究から、ハードカーボン内に電気化学的に異なる3つのNaイオン貯蔵サイトがあることが明らかになった。

本研究で使用されたアモルファスカーボン材料は、室温で化学脱合金法によってニッケルカーバイトから合成された。この材料には均一に分配された豊富なマイクロポア(孔径~0.55nm)があり、また局所構造はさまざまな温度で熱処理することによって調整できる。図1に示すとおり、炭素原子が完全にランダムな900℃で熱処理した炭素・ランダムな炭素領域とグラファイト状領域がある1300℃で熱処理した炭素・両領域が混合しているがより多くのグラファイト状領域がある1800℃で熱処理した炭素の3つのサンプルを作製した。特に900℃で処理した炭素は、従来のハードカーボンと異なりサンプル全体にわたってランダムな原子構造を有する非常に特殊なものであり、本研究での標準サンプルとして優れている。

これら3つのサンプルを使った充放電挙動と電気化学的動力学の実験結果を包括的に比較した結果、ハードカーボン内部でのナトリウムイオンの「吸着-挿入」メカニズムの存在が明らかとなった。加えて、完全にランダムな原子構造を有する900℃で処理した炭素を使用したベンチマークとしての定量的測定から、中電位の傾斜部分の新しいメカニズムが明らかにされた。その結果、Ⅰ:低電位領域の局所グラファイト領域におけるNaイオンの挿入、Ⅱ:中電位領域のグラファイト領域における欠陥のある箇所でのNaイオンの吸着、Ⅲ:全電位における完全にランダムな炭素内でのNaイオンの吸着の3ステップ(図2)からなる新しいモデルを提案した。

意義・課題・展望

本研究はハードカーボン内のナトリウムイオンの貯蔵に関する重要な実験的証拠と新しい観点を示し、さらにハードカーボン内のさまざまな局所構造が有するナトリウムイオンの貯蔵に関する電気化学的動力学を、初めて体系的に調査した。本研究の成果が、高性能ハードカーボン負極の設計とナトリウムイオン電池の実用化を促進することが期待される。

論文情報

雑誌名: Nano Letters
英文タイトル: Effect of Local Atomic Structure on Sodium Ion Storage in Hard Amorphous Carbon
全著者: Jiuhui Han, Isaac Johnson, Zhen Lu, Akira Kudo, Mingwei Chen
DOI: 10.1021/acs.nanolett.1c01595新しいタブで開きます
専門用語解説(注釈や補足説明など)
※1 ハードカーボン
3000℃の熱処理温度でもグラファイトに変化しない非晶質炭素のこと。
※2 ナトリウムイオン電池
リチウムイオン電池と同様の原理で、電荷担体としてナトリウムイオン(Na+)を使用する充電式電池の一種。
※3 脱合金法
電解液中で合金の特定の元素のみを選択的に溶出すること。

図1.本研究に使用したアモルファスカーボンモデル材料の高分解能透過型電子顕微鏡像。アモルファスカーボンは化学的脱合金により合成され、その後の熱処理の温度に応じて種々の局所構造が生成された。

図2.本研究で明らかにされたハードカーボンでのナトリウムイオンの貯蔵メカニズム: (Ⅰ)低電位領域の局所グラファイト領域におけるNaイオンの挿入、(Ⅱ)中電位領域のグラファイト領域における欠陥のある箇所でのNaイオンの吸着、(Ⅲ)全電位における完全にランダムな炭素内でのNaイオンの吸着。

本件に関するお問い合わせ先

研究内容に関して

東北大学学際科学フロンティア研究所 新領域創成研究部
助教 韓 久慧(ハン ジュフィ)

E-mail:jiuhui.han.e1@tohoku.ac.jp

報道に関して

東北大学学際科学フロンティア研究所 企画部
特任准教授 藤原 英明

Tel: 022-795-5259
E-mail: hideaki@fris.tohoku.ac.jp

東北大学材料科学高等研究所 広報戦略室

Tel: 022-217-6146
E-mail: aimr-outreach@grp.tohoku.ac.jp