マンガン合金トンネル磁気抵抗素子の高性能化に成功

2021年04月30日

東北大学材料科学高等研究所(AIMR)
東北大学学際科学フロンティア研究所
東北大学先端スピントロニクス研究開発センター
東北大学スピントロニクス学術連携研究教育センター

マンガン合金トンネル磁気抵抗素子の高性能化に成功

-新材料トンネル磁気抵抗素子の産業応用に前進-

発表のポイント

  • 独自に開発した2つの新磁性材料をナノスケールで高度に融合
  • 素子の磁気抵抗効果を大幅に増大させることに成功
  • 大容量の不揮発性磁気抵抗メモリ等への産業応用展開に向けた大きな一歩

概要

東北大学材料科学高等研究所の鈴木和也助教は、同所属の水上成美教授らと共同で、垂直磁化マンガン合金を用いたトンネル磁気抵抗(TMR)素子の高性能化に成功しました。大容量の不揮発性磁気抵抗メモリ(MRAM)等の産業応用展開に大きく貢献する成果です。

本研究では、同グループが独自に開発を進めてきたMRAM応用に理想的な磁気特性を有する垂直磁性材料マンガンガリウム合金に、新たに独自に開発を進めた準安定コバルトマンガン合金をナノスケールで高度に融合した人工のナノ反強磁性体を開発しました。この複合材料を用いることにより、当該垂直磁性材料を用いたTMR素子のTMR特性を飛躍的に向上させることに成功しました。

本成果は、大容量MRAMのみならず、貴金属を含まないマンガン合金の有するユニークな磁気特性を利用したTMR素子の産業応用展開にも貢献するものです。

本研究は、4月29日(米国時間)に米国の応用物理学分野の速報学術誌「Applied Physics Letters」の電子版に掲載されました。

1. 研究の背景

昨今の爆発的な情報機器の普及に加え、コロナウイルス蔓延によるリモート・オンライン活動の増大は、世界を取りまくデジタル情報量の増大をさらに加速させています。これら膨大な情報を効率よく処理する機器の開発は大きな社会的課題です。トンネル磁気抵抗効果を用いたトンネル磁気抵抗素子(磁気トンネル接合、TMR素子注1)(図1))は、そういったデジタル情報を蓄積するためのハードディスクや不揮発性磁気抵抗メモリ(MRAM)に応用され、情報処理基盤技術の一つとなっています。

現在、垂直磁化薄膜注2)を電極に用いた垂直磁化TMR素子の開発が進んでいます。垂直磁化TMR素子は、特にMRAMの大容量化には必須の素子であり、その高性能化に向けた素子や材料の研究が国内外の大学、研究機関、半導体・電子部品メーカーで精力的に行われています。また最近では、自動車やロボット等に組み込まれるモーターやアクチュエータの制御のための新型磁気センサーとしての応用も研究されています。

垂直磁化TMR素子の構成材料である垂直磁化薄膜材料には、磁性材料の典型であり古くからよく知られている鉄コバルト合金がこれまで用いられてきました。鉄コバルト合金はTMR素子に用いることで大きなTMR比を発現し、同時に垂直磁気異方性や低い磁気緩和を示すため、垂直磁化TMR素子のための理想的な材料の一つです。他方、鉄コバルト合金は飽和磁化が大きく、垂直磁気異方性が十分に大きくはないため、大容量メモリを実現するためには幾つかの課題があります。鉄コバルト合金に関わるそれらの課題を解決する素子構造の研究開発がこれまで様々に進められているとともに、鉄コバルト合金を代替する新材料をベースとした素子の研究も進められています。

本研究グループでは、一軸性の結晶構造を有するマンガン合金・化合物注3)の垂直磁化TMR素子への応用とそのための物性解明に関する先導研究を進めてきました。特にマンガンとガリウムからなる正方晶マンガンガリウム合金は、フェリ磁性に由来する低飽和磁化に加え、薄膜化することで巨大な垂直磁気異方性を示すと同時に、鉄コバルト合金に匹敵する低磁気緩和特性を示すことを世界に先駆けて明らかにしました。低飽和磁化・高垂直磁気異方性・低磁気緩和を兼ね備えた理想的な特性を有するマンガン系の合金は様々な研究に波及していますが、現在に至るまでその特性を超える材料は報告されていません。これに加え、本研究グループは、実用的な垂直磁化TMR素子に必須の極薄膜成長プロセスを実現するための界面構造も明らかにし、数原子層程度の厚みの結晶薄膜を形成するプロセスも世界に先駆けて明らかにしました。しかしながら、これまでマンガン合金・化合物を用いた素子のTMR比は鉄コバルト合金に比較し小さく、その解決が重要な課題でした。

2. 研究の内容

本研究では、マンガンガリウム合金の理想的な磁気特性を保ちつつ、高いTMR比を発現させる目的で、界面層となる材料としてbcc構造を準安定相として有するコバルトマンガン合金に着目し研究を進めました。(図2)これまで、本研究グループでは、新材料であるコバルトマンガン合金に関して独自に研究を進めており、鉄コバルト合金に匹敵する高TMR特性を発現する性質があることを明らかにしています。本研究では、厚みが3ナノメートルのマンガンガリウム合金と数原子層程度の厚みのコバルトマンガン合金を積層したヘテロ構造を形成することに成功し、そのTMR比を従来素子と比較して8倍以上に増大できることを実証しました。得られたTMR比はマンガン合金を用いた素子では過去最大の値です。(図3)

さらに本研究では、マンガンガリウム合金とコバルトマンガン合金のヘテロ界面に非常に強い反強磁性結合が発現することで、垂直磁化型の積層フェリ磁性構造注4)が形成されることも見出しました。マンガンガリウムの有する理想的な磁気特性とコバルトマンガンの有する高いTMR特性をナノレベルで融合できたポイントは、ヘテロ界面に発生する強い反強磁性結合にあると言えます。

垂直磁化型積層フェリ磁性構造は、MRAMのための垂直磁化TMR素子のみならず、最近研究の進んでいる磁気センサーのための素子にも用いられており、その磁気物性は応用上重要です。本研究で独自に見出された積層フェリ構造は新材料ヘテロ界面に発現するものであり、他の様々な応用が期待されます。

3. 展望

本成果により、優れた磁気特性と高TMR特性を両立する素子が可能であることが実証され、今後大容量MRAMのための素子として産業応用研究が期待されます。加えて、これまで鉄コバルト合金を用いたTMR素子では不可能であった機能、例えば5G~6G通信技術に対応できるミリ波~テラヘルツ波帯域で動作する素子といった新産業に向けた研究も推進できると考えられます。また、多くの垂直磁化薄膜材料では貴金属を用いることが多いものの、当該材料は貴金属フリーという利点があり、そういった特徴を生かした磁気センサーの実用化展開も想定されます。今後はさらなる素子性能の向上と実用化に向けたローコストな製造技術の研究も進めていきます。

※本研究の一部は、JST戦略的創造研究推進事業CREST(課題番号:No. JPMJCR17J5)の支援により行われました。

説明図

図1 (a) 垂直磁化型TMR素子の基本構造図です。厚さ1-2ナノメートルの絶縁体薄膜(トンネルバリア)を2つの垂直磁化した磁性体薄膜で挟んだ接合構造を持つ素子であり、素子の垂直方向に電圧を印加するとトンネル効果によって接合に電流が流れ、磁化の向きに応じて電気抵抗値が変わるTMR効果が発現します。(b) TMR素子の電気特性とメモリセルの概念図です。TMR素子は磁場だけでなく、片側の磁性体のスピンの向きをTMR素子に流れる電流によって変えることができます。(スピントランスファートルク方式)この素子とトランジスタを組み合わせて磁性体のスピンの向きを情報の記憶に用いることにより電気を切っても情報が消えないメモリ素子のコアとなります。磁性体に垂直磁化材料を用いると、面内磁化した磁性体を用いるよりも素子の大きさをより小さく、高密度に配置できるためMRAMの記憶容量を向上させることができます。特に垂直磁化材料に正方晶マンガン合金材料を用いることにより、記憶素子の性能を飛躍的に向上させることが可能になると期待されています。

図2 従来の素子構造と新しく開発された素子構造の図とその素子のTMR特性です。新開発素子では、数原子層の凖安定相bcc型コバルトマンガン合金(ナノコバルトマンガン)をナノマンガンガリウム層上に積層し、積層フェリ構造を形成しています。ナノマンガンガリウム層の大きな垂直磁気異方性によってナノコバルトマンガンに垂直磁化特性を誘起し、コバルトマンガン層の大きなスピン分極率により高いTMR比を発現させるというコンセプトによって考案されました。新開発した素子に垂直方向に磁場を印加したときの電気抵抗値の変化を見ると、上部電極に用いられた鉄コバルトボロン層のスピンと積層フェリ構造のスピンの向きの違いによる明瞭なTMR効果が観測され、その大きさは、従来素子の8倍以上を示しました。また、従来素子と新開発素子におけるTMR特性の形状の違いは、ナノコバルトマンガンとナノマンガンガリウムとの間に反強磁性結合が生じていることに起因しています。シミュレーションによる解析から非常に強い反強磁性結合が生じており、通常は面内磁化膜となるコバルトマンガンがナノマンガンガリウムの垂直磁化特性と結合することによって垂直磁化膜となっていることが明らかになりました。

図3 正方晶マンガン合金(マンガンガリウム, マンガンアルミニウム, マンガンゲルマニウム等)を用いた新材料TMR素子のTMR比の推移です。正方晶マンガン合金のみを電極に用いた場合は概ね10%以下のTMR比しか示しません。
鉄コバルト合金などの界面層を用いるとTMR比が向上しますが、60%程度にとどまっており、さらに実用上必要とされる極薄膜の正方晶マンガン合金を用いた場合ではTMR比の向上は困難でした。新開発素子では、ナノコバルトマンガンと組み合わせたことにより、過去の報告値を上回る85%のTMR比を得ることに成功しており、さらなるTMR比の向上が見込まれています。

用語解説
注1)トンネル磁気抵抗(TMR)素子
磁性体/絶縁体/磁性体からなる素子で、それぞれ厚みが1~数十ナノメートルの非常に薄い層で構成されます。絶縁体の両側の磁性体は金属であり、電圧を加えると量子力学的トンネル効果により絶縁体を介したトンネル電流が流れます。各磁性体の磁化の向きが平行な場合と反平行な場合で素子の電気抵抗が大きく変化するトンネル磁気抵抗効果(TMR)を発現し、TMR素子と呼ばれます。小さな電流値で磁性体の磁化状態を大きな抵抗(電圧)変化を得られることが特徴です。この特徴を活かして、磁石のN極とS極の向き(磁化の向き)を情報の記憶に用いた磁気抵抗メモリ(MRAM)や外部磁界による磁化の向きの変化を電圧に変換する磁気センサーに応用されています。この素子の性能指標として、トンネル磁気抵抗比(TMR比)があり、応用上大きければ大きいほど高性能であるといえます。
注2)垂直磁化薄膜
非常に薄い磁性体の薄膜磁石で、膜の面に磁極が現れるものです。垂直磁気異方性によって磁化(スピン)の方向が薄膜面に垂直に向いており、垂直磁気異方性が強い材料ほど安定になります。ハードディスクドライブや磁気抵抗メモリの記録ビットに垂直磁化膜を用いることにより記録密度の向上が行われています。
注3)一軸性の結晶構造を有するマンガン合金・化合物
マンガンに加え、ガリウム、アルミニウム、ゲルマニウム等の非遷移金属元素を含む磁性合金材料で、正方晶や六方晶といった対称性の低い結晶構造を有している物質です。その結晶軸の方向に大きな磁気異方性を発現する場合には、結晶軸の配向した薄膜で垂直磁気異方性が得られます。大きな垂直磁気異方性に加えて、マンガンのスピンが互いに打ち消し合う方向を向くことにより、小さな磁化を示すものもあります(フェリ磁性)。それらフェリ磁性体は、鉄コバルト材料とは異なり大きな磁力を発することがないため、ナノスケールの集積化に適しています。
注4)積層フェリ磁性構造
2つの磁性体薄膜を用いて積層した複合構造で、それら磁性体の磁化の向きが反平行になる人工的なナノ材料です。磁性層の磁力が打ち消しあう傾向にあるため、積層フェリ磁性(または積層反強磁性)と呼ばれます。

発表雑誌

Enhanced tunnel magnetoresistance in MnGa-based perpendicular magnetic tunnel junctions utilizing antiferromagnetically coupled bcc-Co based interlayer. Kazuya Z. Suzuki, Tomohiro Ichinose, Satoshi Iihama, Ren Monma, and Shigemi Mizukami.
Applied Physics Letters 118, 172412 (2021).
DOI: 10.1063/5.0042899新しいタブで開きます

問い合わせ先

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