円偏光によって界面に誘起されるスピンの発見

2020年12月17日

東北大学学際科学フロンティア研究所
東北大学材料科学高等研究所(AIMR)
東北大学先端スピントロニクス研究開発センター
東北大学スピントロニクス学術連携研究教育センター

円偏光によって界面に誘起されるスピンの発見

-高速光磁気メモリデバイス実現のための新たな知見-

発表のポイント

  • 円偏光が物質中に発生させるスピンを独自光学系により観測
  • 強磁性体/非磁性体構造の構造非対称性が誘起するスピンの発見
  • 光磁気メモリデバイスの開発のための新しい知見

概要

近年、高速かつ低消費エネルギーな光を用いた情報処理デバイスが注目を集めています。その構成要素として光で読み書き可能な磁気メモリデバイスがあり、光で高効率に微小磁石の極性を制御することがその実現に向けた重要な課題の一つです。

東北大学学際科学フロンティア研究所の飯浜賢志助教は、東北大学材料科学高等研究所の水上成美教授らと共同で、円偏光によって強磁性/非磁性界面に誘起されるスピンを発見しました。

本研究グループは、円偏光によって発生するスピンを超短光パルス磁気計測により評価しました。強磁性金属薄膜と非磁性重金属薄膜を積層した構造において円偏光が発生するスピンを評価し、薄膜の厚み依存性ならびに試料構造依存性を調べることによって、界面に光誘起されるスピンが存在することを発見しました。光磁気メモリの開発のための新しい知見を与える成果です。

本研究の内容をまとめた論文は、12月4日に、ドイツの学術誌「Nanophotonics」の電子版に掲載されました。

1. 研究の背景

昨今、社会を取り巻く情報量は飛躍的に増えており、それを扱うデバイスの高速化が求められています。新しい技術として光を用いた高速、低消費電力デバイス注1)が注目を集めています。光で読み書き可能なメモリも重要な構成要素であり、微小磁石からなる磁気メモリは不揮発性を有しかつ高密度化可能なメモリとして有力です。しかしながら光と磁気の相互作用が小さいため、物質中に光によってスピンまたは磁場を生成して効率的に微小磁石の極性を反転させることができていません。今までの研究では磁性体の逆磁気光学効果注2)による磁場生成や、非磁性重金属への光吸収によるスピン注入注3)は報告されていましたが、物質界面によるスピン生成の報告はありませんでした。他方、薄膜における構造非対称性を利用した界面での電流-スピン流変換注4)は、電流による微小磁石制御手法としてよく研究されていました。

2. 研究の内容

本研究では、数ナノメートルの鉄コバルト合金薄膜の上に非磁性重金属である白金を積層した構造を用いました。百フェムト秒(フェムト:10-15)の時間幅をもつ円偏光のパルス光を鉄コバルト薄膜/白金薄膜の積層構造に照射すると、鉄コバルトの磁気の振動注5)を励起できることが分かりました。またそれが円偏光のヘリシティ注6)の向きに依存することを見出しました。これは円偏光によって薄膜中にスピンが誘起され、薄膜磁石にトルクが与えられる結果生じます。トルクの方向の膜の厚み依存性を詳細に調べたところ、光照射によって界面にスピンが生成されていることを発見しました。また、構造対称性を変えた様々な試料で実験を行い、この効果の発現には薄膜の構造非対称性が重要であることを見出しました。

3. 展望

本研究で明らかになった光照射による界面でのスピン生成は、光によって効率的に微小磁石を制御する技術を開発する上で新しい知見となります。今後、光照射によってスピンが生成される効率、ならびに微小磁石の制御効率を向上させるための基礎的な研究を行うことで、高速かつ低消費エネルギーの光磁気メモリの実現を目指します。

説明図

図1 光が発生するスピンの模式図。これまで報告されていた (a) 逆磁気光学効果による磁場生成、(b) 光吸収によるスピン生成。(c) 今回の研究で明らかになった界面に誘起するスピン生成。

図2 測定手法と観測データの例。(a) 測定手法の模式図。円偏光パルスを照射すると円偏光によって誘起されたスピンが薄膜磁石にトルクを与える。(b) 観測例。左回り円偏光と右回り円偏光によって微小磁石の運動の位相が異なっている。このようなデータの振幅、位相の膜の厚み依存性、構造依存性を詳細に解析した。

掲載論文

Interface-induced field-like optical spin torque in a ferromagnet/heavy metal heterostructure, Satoshi Iihama, Kazuaki Ishibashi, and Shigemi Mizukami,
Nanophotonics, (2020)
10.1515/nanoph-2020-0571新しいタブで開きます

用語解説
注1)光を用いた情報処理デバイス
近年、高速かつ低エネルギー消費な光を用いた情報処理を行う光集積回路の研究が進められています。情報処理するために一時的に情報を蓄えるメモリが必要になります。
注2)逆磁気光学効果
磁石を通した光の偏光が変化する現象を磁気光学効果と言います。逆に、偏光した光が磁石に照射されると有効的な磁場を発生できます。
注3)光吸収によるスピン注入
円偏光はスピン角運動量を有しています。スピン角運動量を有している光が物質に吸収されると、物質中の電子にスピン角運動量が転写され、スピンを注入することができます。
注4)電流-スピン流変換
物質に電流を流すことでスピン流を生成できます。非磁性重金属のスピンホール効果によるスピン流生成や界面効果であるラシュバ効果を利用したスピン流生成が研究されています。
注5)磁気の振動
磁石は回転するコマのように才差運動をします。この振動の周波数は磁場の大きさによって決まり数十ギガヘルツ~テラヘルツ程度になります。
注6)円偏光のヘリシティ
光は電場または磁場が振動しながら伝搬します。電場の方向が回転しながら進んでいく光を円偏光といい、左回りに進んでいく光と右回りに進む光があります。

問い合わせ先

研究に関すること

東北大学 学際科学フロンティア研究所
飯浜 賢志 (イイハマ サトシ)

Tel: 022-217-6004
E-mail: satoshi.iihama.d6@tohoku.ac.jp

報道に関すること

東北大学 学際科学フロンティア研究所
鈴木 一行(スズキ カズユキ)

Tel: 022-795-4353
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