スピン流を介した流体発電現象の大幅な発電効率向上を実現

2020年06月16日

科学技術振興機構(JST)
日本原子力研究開発機構
お茶の水女子大学
東北大学
理化学研究所
東京大学

スピン流を介した流体発電現象の大幅な発電効率向上を実現

~スピントロニクス技術を応用した新たなナノ流体デバイスへ道~

ポイント

  • マクロな液体運動と極小の電子との相互作用でスピン流が生成される「スピン流体発電現象」をエネルギー変換に活用するには、液体が流れる構造の微細化とエネルギー変換効率の向上が求められる。
  • スピン流を介した流体発電現象の微細流路での特性を解明し、微細流路では流量の小さい領域の発電効率は大きい領域のおよそ10万倍向上することを発見した。
  • スピントロニクス技術を応用したナノ流体デバイスや微細な流れを用いた流速計への応用が期待される。

発表概要

JST 戦略的創造研究推進事業において、ERATO 齊藤スピン量子整流プロジェクトの髙橋 遼 研究協力員(研究開始時 日本原子力研究開発機構 博士研究員、現 お茶の水女子大学 助教)、中堂 博之 サブグループリーダー(日本原子力研究開発機構 副主任研究員)、松尾 衛 グループリーダー(研究開始時 日本原子力研究開発機構 副主任研究員、現 中国科学院大学 准教授)、前川 禎通 グループリーダー(理化学研究所 上級研究員)、齊藤 英治 研究総括(東京大学 教授)らは、電子の自転の流れであるスピン流注1)を介した流体発電現象のマイクロメートルスケールの微細流路における特性を解明し、微細になるほど発電効率が飛躍的に向上することを発見しました。

微細流路で流れは層流注2)と呼ばれる状態になり、微小な渦のような液体運動が流路全域に広くなだらかに分布します。このことが、より微細化に適した特性と発電効率の増大につながっています。スピン流を介した流体発電現象の基礎理論は松尾グループリーダーらが2017年に予言しており、本研究ではこの流体発電現象の実験的実証を層流領域において実現しました。実験の結果、層流領域では発電効率がおよそ10万倍向上することが確認されました。

本研究成果により、スピン流を介した流体発電現象は微細化により特性が大きく向上することが示唆されます。また、流路の内部および外部に付加装置を必要としません。このため、スピントロニクス技術を取り入れたナノ流体デバイスや微細な流れを用いた流速計などに応用できると期待されます。

本成果は2020年6月15日(英国時間)に英国科学誌「Nature Communications」でオンライン公開されました。

本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。

  • 戦略的創造研究推進事業 総括実施型研究(ERATO)
  • 研究プロジェクト:「齊藤スピン量子整流プロジェクト」
  • 研究総括:齊藤 英治(東京大学 大学院工学系研究科 教授)
  • 研究期間:平成26年11月~令和2年3月

上記研究課題では、電子スピンが持つ整流性に注目し、これを基礎とした物質中のゆらぎの利用原理の構築と、スピンを用いた新たなエネルギー変換方法の開拓を目指します。

研究の背景と経緯

電子は電気的性質と磁気的性質を兼ね備え、後者は電子のスピンによって特徴付けられます。電子の電荷が電流として流れるのと同様に、スピンはスピン流として流れることが知られています。スピン流の生成制御には、さまざまな物理現象とスピンとの相互作用を利用する必要があります。電磁場や熱、振動などに加え、近年では、液体運動との相互作用によりスピン流が生成される「スピン流体発電現象」が明らかとなり、スピン流技術は固体の現象のみならず流体にまで拡張されてきています。

スピン流を介してさまざまな形態のエネルギーを相互に変換する技術が求められています。一方、スピン流はマイクロメートルかそれ以下を流れると消滅するため、スピン流を介してエネルギーを変換させるためには、構造の微細化とエネルギー変換効率の向上が求められます。そこで本研究では、微細化に適したサイズでの液体運動によるスピン流体発電現象の特性およびそのエネルギー変換効率の解明を目的としました。本現象は起電力としてエネルギーが取り出されるため、変換効率は発電効率として評価できます。

研究の内容

本研究では数十~百マイクロメートルの管径を持つ石英ガラス管に水銀を流し、その水銀の流れからスピン流体発電現象によって発現するスピン流を電気的に測定しました(図1)。液体運動は管径が細くなるに伴い、流量の大きい乱流注3)領域から小さい層流領域へと遷移します。従って微細な構造の流れは層流が主となり、本研究で用いた流路ではこの層流を実現しています。

スピン流体発電現象の核となるのは、液体運動中の微細な渦の分布です。渦という回転運動によって電子の自転運動であるスピンが影響を受けることで、渦の分布に沿ってスピンの流れが発現することが、松尾グループリーダーらによって理論的に予言されていました(M. Matsuo et al., PRB2017)。特徴的な2種類の液体の流れである乱流と層流は、中間領域を介して連続的に遷移し得るものの、内部の流れの構造は大きく異なります。本研究で重要となる渦は、乱流では管の内壁付近に集中して分布するのに対し、層流では管全体になだらかに分布します。この点から、層流におけるスピン流体発電現象は乱流とは全く異なる特性を持つこと、および層流では管全体でスピン流が発現し得るため、乱流領域に比べ発電効率の大幅な向上が予測できます(図2)。

本研究では流速や管径を変化させ、層流から乱流にまたがる領域で起電力測定を実施しました。その結果、予測と整合する実験結果が得られました。層流においては管径が小さく遅い流れほど発電効率が大きくなるという、微細化に適した特徴的なスケーリングが実験的に解明されました。また、本実験での層流領域では、乱流領域に比べ10万倍に及ぶ効率の向上が確認されました(図3)。

今後の展開

今回解明された層流でのスピン流体発電現象の特長は、流速に対応した起電力が得られること、微細になるほどその変換効率が向上することです。また、流体発電として知られる水力発電や磁気流体発電注4)はタービンやコイルなどの付加装置が必要であるのに対し、本現象は流路内外に付加装置をほとんど必要としません。これらの特長から、高速増殖炉や半導体デバイスにおける液体金属の流れを用いた冷却機構など、スピントロニクス技術を取り入れたナノ流体デバイスへの応用や微細な流れを電気的に測定する流速計への展開が期待できます。

付記

各研究者の役割は以下の通りです。

  • 髙橋(お茶の水女子大学)、中堂(日本原子力研究開発機構)、齊藤(東京大学):スピン流を介した流体発電現象にかかる実験のデザイン
  • 髙橋:本研究にかかるデータの収集と分析
  • 髙橋、松尾(中国科学院大学)、前川(理化学研究所):スピン流を介した流体発電現象の基礎理論の構築と本研究データについての理論に基づいた説明

参考図

図1 実験のセットアップ図

数十~百マイクロメートルの管径の石英管流路を水銀で満たし、外部圧力によりその流れを制御する。流入・流出口付近に同液体で満たした管を接続し起電力測定のための電極とした。

図2 スピン流体発電の概念図

円管内の液体運動の4分の1断面図。渦の大きさ(赤矢印)の向きは渦運動の回転軸を表す。スピン流は渦の大きさの空間変化によって発現する。スピン流が発生している場所でスピン流体発電による起電力が発現する。

図3 スピン流体発電による発電効率

レイノルズ数注5)でスピン流体発電による発電効率をプロットした。測定されているデータのうち、乱流領域での効率に対して層流領域での効率が約10万倍と大幅に向上することが確認された。(µmはマイクロメートル)

用語解説
注1)スピン流
スピン角運動量の流れ。例えば電子は電気的な自由度である電荷と、磁気的な自由度であるスピン角運動量を持っており、前者の流れを電流、後者の流れをスピン流と呼ぶ。
注2)層流
流路内の流れは主に流速、サイズ、粘性によって特徴付けられる。流速が遅く流路サイズが小さい流れでは、粘性が支配的となり、流体は流路軸に沿って規則正しく層状に流れる。これを層流と呼ぶ。
注3)乱流
流速が速く流路サイズが大きい流れでは、流体をかき混ぜるような流路軸と垂直方向の運動が大きくなり、全体としては流路軸に沿って流れるものの内部では不規則な乱れた流れとなる。これを乱流と呼ぶ。
注4)磁気流体発電
電荷を持った粒子が磁場中を運動する時、運動の方向と磁場の方向の両方に対して垂直な方向に力(ローレンツ力)を受ける。同じ極性(プラス、マイナス)の電荷を持つ粒子は同じ方向に力を受け一方向に移動する。結果として、粒子が移動した先に電荷が蓄積され、それによって発生する電位差(起電力)を利用する発電方法。
注5)レイノルズ数
流速、サイズ、粘性によって定義される無次元量であり、層流と乱流を区別する指標(スケール)。円管流路では流速、管径に比例し、粘性に反比例する。この指標が小さい流れは層流となり、大きい流れは乱流となる。

論文タイトル

“Giant spin hydrodynamic generation in laminar flow”
(層流における巨大スピン流体発電)
DOI:10.1038/s41467-020-16753-0新しいタブで開きます

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