異常ホール効果による磁化スイッチングに成功

2019年10月21日

東北大学金属材料研究所
東北大学材料科学高等研究所(AIMR)

異常ホール効果による磁化スイッチングに成功

スピントロニクス素子の従来技術とは一線を画す情報書込方法に道すじ

発表のポイント

  • 鉄と白金からなる合金が、異常ホール効果(磁石に電流を流すと横方向に電圧が生じる現象)によって巨大なスピンの流れを創り出すことを発見。
  • 異常ホール効果から創り出したスピンの流れを使って、磁石の極性をスイッチさせることに初めて成功。
  • 今後、外部磁場を必要としないスピントロニクス素子における新しい情報書込技術としての進展が期待。

概要

スピンの流れ(スピン流(注1))を積極的に利用し、磁石の方向で情報を記憶するスピントロニクス素子は、半導体エレクトロニクスだけでは難しい機能性(例えば低消費電力化など)を実現できる次世代デバイスとして期待を集めています。しかしながら、スピントロニクス素子は、①電流とスピン流との変換効率をいかに向上させるか、さらに②どのようにスピン流を使って情報を磁石に書き込むのか、といった課題に直面しています。

今回、東北大学金属材料研究所の関剛斎准教授および高梨弘毅教授、同大学材料科学高等研究所の飯浜賢志助教らの研究グループは、スピン流を創り出す材料として鉄と白金からなる磁石の性質を持つ合金(鉄白金合金(注2))に着目し、上記2つの課題をクリアできることを実証しました。鉄白金合金の磁石の性質に由来した「異常ホール効果(注3)」を調べたところ、巨大なスピン流を創り出せることを発見しました。これは「スピン異常ホール効果(注4)」と呼ばれ、最近注目されるようになった現象です。これまでの報告よりも2倍近い効率で電流からスピン流へと変換できました。さらに、この鉄白金合金のスピン異常ホール効果によって創られたスピン流を、別の磁石である鉄ニッケル合金に流し込んだところ、鉄ニッケル合金磁石の向きをスイッチさせることに成功しました。これは、異常ホール効果により磁石に情報を書き込めることを意味します。

この成果により、従来スピントロニクス素子が用いてきた技術とは一線を画す情報書込方法の道が拓かれ、研究開発が今後加速するものと期待されます。

詳細な説明

研究背景

磁気ランダムアクセスメモリ(MRAM)に代表されるスピントロニクス素子は、磁石の性質を持つ強磁性体の磁石の分極(磁化方向)で情報の記憶を行い、スピン角運動量の流れであるスピン流を利用して、情報の書き込みや読み出しを行います。これらの特徴から、半導体エレクトロニクスのみでは困難な「不揮発性・超高集積化・低消費電力化・高速性・高信頼性」を実現できるポテンシャルを有しており、次世代エレクトロニクスの中核を担う素子として注目を集めています。メモリ応用を視野に入れたスピントロニクス素子には、大きく分けて2端子構造素子と3端子構造素子があり、各々に利点と課題があります。3端子構造では、情報の書き込みと読み出しを行う電流経路を分けることができるため、誤書き込みを抑制できる、書き込みの速度を高められる、などのメリットがあります。一方で、課題は情報書き込みの省エネルギー化です。情報書き込みには、電流からスピン流を創り出し、そのスピン流を記憶層となる強磁性体の磁化に作用させて磁化方向をスイッチングさせますが、いかに効率よくスピン流を生成するかが省エネルギー化のキーとなります。

現在では、磁石の性質を持たない非磁性体の中で生じるスピンホール効果(注5)を利用する手法が有力候補ですが、磁化スイッチングには外部磁場が別途必要になるという問題があります。そこで、2015年に共同研究者の谷口氏らにより、異常ホール効果によってスピン流を生成できることが理論提案され、スピン異常ホール効果と命名されました(T. Taniguchi et al., Phys. Rev. Applied 3, 044001 (2015).)。この現象のポイントは、スピン異常ホール効果の発生源となる強磁性体の磁化の方向により、スピン流の分極方向を制御できることです。そのため、外部磁場が無くとも磁化をスイッチングできる可能性があります。その後、実験的な研究も進められましたが、スピン異常ホール効果の変換効率は10%程度であり(例えば、S. Iihama et al., Nature electronics 1, 120-123 (2018).)、磁化をスイッチングさせるのに十分な変換効率は得られていません。そのため、より大きなスピン異常ホール効果を示す強磁性材料を見つけ出し、それを用いた磁化反転の実証が喫緊の課題となっています。

成果の内容

今回、研究グループは、スピン異常ホール効果を発現する材料として鉄白金(FePt)合金に着目しました。FePt合金は図1(a)に示す結晶構造を有する規則合金であり、大きな異常ホール効果を示すことは知られておりましたが、スピン異常ホール効果に着目した研究は皆無でした。今回の研究では、このFePt合金の薄膜の上に非磁性体の銅(Cu)と鉄ニッケル(FeNi)合金磁石を積層させた巨大磁気抵抗(GMR, 注6)膜を作製し、FePt合金層のスピン異常ホール効果によって生成されたスピン流がFeNi合金層の磁化に与える影響を実験的に調べました。図1(b)に今回の実験の概念図を示します。FeNi合金層の強磁性共鳴スペクトルの線幅の変化から、スピン異常ホール効果の変換効率(スピン異常ホール角)を見積もったところ、25%にも達することがわかりました。この効率は、非磁性金属のスピンホール効果を利用した場合に得られる変換効率(例えば、タングステンにおける約30%)に匹敵する値です。

次に、FePt合金層のスピン異常ホール効果を利用してFeNi合金層の磁化をスイッチングできるかを検証しました。図2はGMR素子の抵抗(R)の印加した電流密度(J)依存性です。今回の実験では、GMR効果を介してFeNi合金層の磁化方向を検出しました。図2からわかるように、素子に印加する電流を掃引することで、抵抗が高い状態と低い状態とを遷移しており、ヒステリシスが現れています。この抵抗変化は、FePt合金層のスピン異常ホール効果によってFeNi合金層の磁化がスイッチングし、FePt合金層とFeNi合金層の磁化の相対角度が平行および反平行と変化したことに起因します。したがって、スピン異常ホール効果を用いて磁化をスイッチングできることが実証されたことになります。

意義・課題・展望

1879年にEdwin Hall氏によって発見されたホール効果は、これまで磁場センシングをするホール素子として多くのエレクトロニクス製品に応用されてきました。磁場センサに代表されるように、ホール効果や異常ホール効果の用途は受動的要素が強いですが、今回得られた成果は異常ホール効果の新しい機能性を実証し、情報書込みという新たな用途を切り開くものです。上述のように、スピン異常ホール効果を用いるとスピン流の分極方向を制御できるので、例えば3 端子構造のスピントロニクス素子に組み込めば、外部磁場が無くとも磁化をスイッチングできると考えられます。今後は、そのような原理実証が重要となります。また、さらに大きなスピン異常ホール効果を示す材料の開発も応用研究を進める上で不可欠です。本研究成果を契機に、スピン異常ホール効果を用いたスピントロニクス素子の研究開発が加速するものと期待しています。

専門用語解説(注釈や補足説明など)
※1 スピン流
スピン角運動量の流れ。電子スピンは自転しており、(スピン)角運動量を持っている。この電子スピンを上向きスピンと下向きスピンに区別すると、上向きスピンの流れJと下向きスピンの流れJを用いて電流はJ+Jと表すことができる。一方で、スピン流はJ- Jで表されます。JJが異なる強磁性体では電荷の流れを伴うスピン流が生じ、上向きスピンと下向きスピンが同数存在する非磁性体ではJJが逆方向に流れることによりJ- (- J)の純スピン流を生成することができる。
※2 鉄白金(FePt)合金
面心正方晶の結晶構造を持ち、Fe層とPt層が結晶のc軸方向に一原子層ずつ積層されたL10型規則合金。c軸方向に大きな一軸の磁気異方性を有するハード磁性材料。磁気異方性の大きさはネオジム磁石などの希土類永久磁石材料にも匹敵する。
※3 ホール効果と異常ホール効果
xyおよびzから成る直交座標系において、導体物質のx方向に電流を流し、z方向に磁場を印加すると、y方向に電圧(ホール電圧)が生じる。これは電子のうけるローレンツ力に由来し、ホール効果と呼ばれる。磁化を持つ磁性体では、ホール電圧に磁化の寄与が加わる。これは異常ホール効果と呼ばれる。
※4 スピン異常ホール効果
異常ホール効果によって発生したホール電流がスピン分極している(上向きスピンと下向きスピンの数に偏りがある)というアイディアから、異常ホール効果を介して電流からスピン流へ変換できる現象。
※5 スピンホール効果
スピン軌道相互作用の大きな非磁性体に電流を流すと、電流の横方向にスピン流が生じる現象。非磁性体を流れる電流はスピン分極していないが(上向きスピンと下向きスピンの数は同数でJ- J= 0となるが)、スピン軌道相互作用により上向きスピンと下向きスピンが逆方向に散乱されることにより、電流の横方向にJ- (- J)のスピン流を発生できる。これは電荷の流れを伴わない純スピン流となる。
※6 巨大磁気抵抗(GMR)効果
強磁性体 / 非磁性体 / 強磁性体の三層構造において、その磁化の相対角度は平行および反平行で抵抗が変化する現象。1988年にドイツのPeter Grünberg氏とフランスのAlbert Fert氏によって別々に発見され、両氏は2007年にノーベル物理学賞を受賞した。ハードディスクの読み取り用磁気ヘッドなどに応用。
共同研究機関および助成

本成果は、東北大学金属材料研究所の関剛斎准教授および高梨弘毅教授の研究グループと、東北大学AIMRの飯浜賢志助教、産業技術総合研究所スピントロニクス研究センター谷口知大主任研究員との共同研究により得られたものです。

本研究は、科学研究費助成金・基盤研究(B)(課題番号:16H04487)、挑戦的研究(萌芽)(課題番号:18K19012)、基盤研究(S)(課題番号:18H05246)、および新学術領域研究「ナノスピン変換科学」(JP26103005)の一部として行われました。

参考図

強磁性体と常磁性体におけるスピン流伝送のイメージ図

図1 (a) L10型鉄白金(FePt)規則合金の結晶構造の模式図。(b) 今回行った実験の概念図。FePt合金層 / 銅(Cu)層 / 鉄ニッケル(FeNi)合金層から成る巨大磁気抵抗膜に対して電流を流し、FePt合金層のスピン異常ホール効果によって生成されたスピン流がFeNi合金層の磁化に与える影響を実験的に調べた。

実験のセットアップ図

図2 スピン異常ホール効果によってFeNi合金層の磁化をスイッチングさせた実験例。電流印加によって素子抵抗の可逆的な変化が観測されている。

発表論文

タイトル:Large Spin Anomalous Hall Effect in L10-FePt: Symmetry and Magnetization Switching
全著者:Takeshi Seki, Satoshi Iihama, Tomohiro Taniguchi, and Koki Takanashi
雑誌名:Physical Review B Vol.100, pp.144427 (2019)
DOI: 10.1103/PhysRevB.100.144427新しいタブで開きます
公開日時:2019年10月18日

問い合わせ先

研究内容に関して

東北大学金属材料研究所
磁性材料学研究部門
関 剛斎

Tel: 022-215-2097
E-mail: go-sai@imr.tohoku.ac.jp

報道に関して

東北大学金属材料研究所 情報企画室広報班
冨松 美沙

Tel: 022-215-2144
Fax: 022-215-2482
E-mail: pro-adm@imr.tohoku.ac.jp