極薄超伝導体において揺らぎから生じる特殊な金属相を観測

2019年06月25日

東京工業大学
東京大学大学院理学系研究科
東北大学

極薄超伝導体において揺らぎから生じる特殊な金属相を観測

-微弱磁場が微細超伝導体に与える影響を解明-

要点

  • 超高真空、極低温環境においてセレン化ニオブ単層膜の超伝導を観察
  • 弱磁場中では超伝導ではなく、揺らぎにより生じる特殊な金属相を観測
  • 超微細超伝導体を用いた量子計算デバイスへの影響を示唆

概要

東京工業大学 理学院 物理学系の一ノ倉聖助教、東京大学 大学院理学系研究科の長谷川修司教授、高山あかり助教(現 早稲田大学講師)、東北大学の高橋隆客員教授、菅原克明准教授らの研究グループは、2次元超伝導体(用語1)であるセレン化ニオブ(NbSe2)単層膜の電気抵抗を超高真空中で測定し、弱磁場中では超伝導のゼロ抵抗状態が壊され、特殊な金属相となることを明らかにした。2次元超伝導体の一般的性質の解明として学術的な価値があるだけではなく、将来、実現されるであろう微細な2次元超伝導体を用いた量子(用語2)計算デバイスに弱磁場が与える影響を示した重要な研究成果といえる。

2次元超伝導体に極低温で磁場を印加していくと超伝導から絶縁体への「量子相転移(用語3)を示すことが従来から知られていた。近年の薄膜作製技術の発達により実現した、原子レベルに薄く結晶性の良い2次元超伝導体は量子計算への応用が期待されるが、この量子相転移がさらに複雑化することが指摘されており、特に弱磁場領域の状態について統一的な見解には至っていなかった。そこで本研究では代表的な2次元超伝導体であるNbSe2単層膜を作製し、磁場による影響を詳細に調べた。その結果、超伝導-絶縁体の量子相転移中に、理論的に提案されていた「ボーズ金属相(用語4)によく一致する状態を発見した。

研究成果は6月5日に米国物理学会誌「Physical Review(フィジカルレビュー)B」にオンライン掲載され、さらにEditor’s suggestion(注目論文)として選出された。

研究の背景

超伝導は1911年にオランダのカマリン・オンネスが発見した現象で、物質を絶対零度(-273 ℃)に向けて冷却していくとある転移温度で電気抵抗がゼロとなることをいう。超伝導状態となると、どんな長距離でもエネルギー損失なく電流を流すことができるため、常温に近い転移温度を持つ超伝導体の研究が盛んに行われている。

一方で、近年爆発的に開発が進んでいる量子コンピューター(用語5)においては超伝導体が計算素子の核として利用されており、ニオブなどの転移温度が低い超伝導体であっても、強力な冷凍機との組み合わせによって実用されている。

通常、超伝導体に弱い磁場が印加されると、磁場が磁束として局所的に侵入する。通常の厚みのある超伝導体への磁束の影響は良く知られているが、2次元超伝導体と呼ばれる非常に薄い超伝導体は「揺らぎ(用語6)の影響を強く受けるため、その影響は自明ではない。

2次元超伝導体に絶対零度近傍で磁場を印加していくと超伝導から絶縁体に変化する「量子相転移」を示すことは古くからわかっていたが、弱磁場領域の状態については諸説あり、統一的な見解はなかった。将来、超伝導量子計算デバイスの微細化・低次元化が進むと、微弱な磁場や揺らぎが量子計算に深刻な影響を与えると考えられる。そのため、今回の研究では原子レベルに薄い2次元超伝導体に弱磁場が与える影響を詳細に調べた。

研究成果

同研究グループはセレン化ニオブ(NbSe2)に着目した。分子線エピタキシー法(用語7)によって高品質な単層膜を作製し、さらに超高真空中という非常に清浄な環境で電気抵抗測定を行った。弱磁場領域での量子状態を明らかとするため、細かく磁場を変化させながら電気抵抗の温度依存性を観察した。

すると、弱磁場中では超伝導ではなく、あたかも通常の金属のように冷却に伴って電気抵抗が有限値に収束することが明らかとなった。この実験結果を、超伝導-絶縁体転移の間に「ボーズ金属」と呼ばれる中間状態を仮定するモデルと比較すると定量的な一致を示した。

2017年に北京大学のグループにより、NbSe2単層膜は超伝導-絶縁体転移点付近で「量子グリフィス特異性(用語8)と呼ばれる異常を示すことがわかっていた。だが、ゼロ抵抗近傍でデータが乱れており、弱磁場領域の詳細が明らかではなかった。

これは、非常に薄い物質を大気中で測定するための保護膜が悪影響を与えていると考え、今回の研究では超高真空環境でNbSe2を完全に清浄化し、保護膜無しでその場で電気抵抗測定を行うことにより、この問題を解決した。それにより、これまでに明らかとなっていなかった弱磁場領域を調べ、NbSe2単層膜の温度-磁場相図を完成できたことが今回の研究成果である。

2018年には東大グループにより、イオン液体と固体の界面に電場誘起された2次元超伝導層において同様の金属的中間状態と量子グリフィス特異性が見つかっている。従って、今回はこれらの相が2次元超伝導において普遍的にみられる性質であるという新説を支持するものである。

今後の展開

今回の研究で、微細な超伝導体に微弱磁場が与える影響について重大な知見を得た。この方法を応用し、今後はセレン化鉄単層膜などの「トポロジカル超伝導体(用語9)の候補物質に対する弱磁場の影響を調べる。トポロジカル超伝導体は、磁束が侵入した点において「マヨラナ粒子(用語10)が生じるため、磁束操作による量子計算を可能とすると理論的に考えられており、大手情報企業においても研究が進んでいる。今回の研究の知見をもとに、そのような磁束操作による量子計算の研究が発展すると考えられる。

超高真空中で行う4端子電気抵抗測定と分子線エピタキシー法で作製したセレン化ニオブ単層膜の模式図

図1. 超高真空中で行う4端子電気抵抗測定(左)と分子線エピタキシー法で作製したセレン化ニオブ単層膜(右)の模式図

セレン化ニオブ単層膜の磁場中での電気抵抗の温度依存性

図2. セレン化ニオブ単層膜の磁場中での電気抵抗の温度依存性。図中の赤枠で囲まれた領域がボーズ金属状態となっている

用語説明

(1)2次元超伝導体
非常に薄い膜として作られた超伝導体で、超伝導を担う電子対(クーパー対)の空間的広がりよりも厚みが小さい。
(2)量子
ミクロスケールにおいて電子などは「量子」と呼ばれ、量子力学的な原理に従って「量子状態」をとる。物質が超伝導となると、電子はクーパー対となって同一の量子状態をとる。
(3)量子相転移
絶対零度において、磁場などの外部制御変数の変化によって量子系の基底状態が起こす相転移のことをいう。有限の動的臨界指数によって特徴づけられる。
(4)ボーズ金属相(ボーズ金属状態)
通常の超伝導状態では位相が結晶全体にわたって揃っているため電気抵抗がゼロとなる。転移温度近傍では熱揺らぎによって位相が擾乱されるため僅かに抵抗が生じることはよく知られていた。ボーズ金属状態では、弱磁場によって位相の揺らぎが誘起されるために有限の電気抵抗が生じている。
(5)量子コンピューター
超伝導のような量子状態の重ね合わせと量子力学的相関を利用して、超高速計算を実現するコンピューター。従来のコンピューターでは天文学的な時間のかかる因数分解の問題などを数時間で解くことができる。
(6)揺らぎ
量子は量子力学の原理の一つである「不確定性原理」に従う。不確定性原理によると、量子は位置が確定すると状態が不確定となる。この不確定さを「揺らぎ」という。従って低次元空間に量子を閉じ込めると揺らぎの効果が大きくなる。
(7)分子線エピタキシー法
超高真空下(10-8 Pa以下)において高純度原料をビーム状の原子・分子気体にして基板に照射し、基板の結晶方位をテンプレートして単結晶状の薄膜を成長させる方法。一原子層レベルの膜厚制御が可能であるため、単層膜の成長に最適な技術である。
(8)量子グリフィス特異性
通常の量子相転移と異なり、動的臨界指数が発散する現象。
(9)トポロジカル超伝導体
内部は超伝導であるが、表面にはトポロジーに保護された金属状態を持つ物質。
(10)マヨラナ粒子
粒子と反粒子が等しい粒子。非可換統計と呼ばれる性質を持つため、マヨラナ粒子同士の位置交換によって量子計算を行うことができると考えられている。

論文情報

掲載誌:Physical Review B
論文タイトル:Vortex-induced quantum metallicity in the mono-unit-layer superconductor NbSe2
著者:Satoru Ichinokura, Yuki Nakata, Katsuaki Sugawara, Yukihiro Endo, Akari Takayama, Takashi Takahashi, and Shuji Hasegawa
DOI:10.1103/PhysRevB.99.220501新しいタブで開きます

問い合わせ先

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