核スピン由来のスピン流を世界で初めて検出

2018年10月23日

東北大学金属材料研究所
東北大学材料科学高等研究所(AIMR)
科学技術振興機構(JST)
東京大学

核スピン由来のスピン流を世界で初めて検出

~スピントロニクスに新たな可能性~

発表のポイント

・原子核の自転運動であるスピン(核スピン)から生じるスピン流(注1)を電圧として検出することに世界で初めて成功しました。

・従来、伝導電子やスピン波(注2)が主な研究対象だった次世代エレクトロニクス・スピントロニクスに核スピンをも利用できる可能性が示唆されました。

概要

東北大学金属材料研究所の塩見雄毅助教(現 東京大学大学院工学系研究科特任講師)とヤナ・ルスティコバ氏(大学院博士課程・日本学術振興会特別研究員)、東北大学材料科学高等研究所の齊藤英治教授(現 東京大学大学院工学系研究科物理工学専攻教授兼任)らは、原子核の自転運動であるスピンの共鳴運動から生じたスピン流の検出に成功しました。この成果により、従来、金属中の伝導電子や強磁性体中のスピン波が主な研究対象となっていたスピントロニクスという固体素子研究に、核スピンを取り入れる可能性が拓かれました。

本成果は2018年10月22日(英国時間)に「Nature Physics」オンライン版で公開されました。

研究の背景

スピントロニクスは、電子が持つ電荷だけでなく、電子が持つスピンをも利用して、情報の処理・伝達・保存を行う技術です。スピントロニクスにおいて、電子スピンの伝搬を担うスピン流は最も重要な物理量です。これまで、金属中の伝導電子や磁性体中のスピン波をはじめ、様々なタイプのスピン流が発見されてきました。

物質中にはこのスピンを持った粒子が電子以外にもあります。それは原子核です。原子核のスピンは医療現場での大型検査機器などに使われる磁気共鳴イメージング法(MRI)に利用されていますが、核のスピンを調べるには非常に大きな磁場が必要であり、電子機器など身近なものではこれまで全く利用されていませんでした。一方で、核スピンは、電子スピンよりも長い時間スピンの情報を維持できるといった特徴があります。電子スピンと同じように、核スピンもスピントロニクスに利用できないのでしょうか?

研究の内容・成果

本研究では、炭酸マンガン(Ⅱ)(MnCO3)という物質に着目しました。この物質は磁化が反強磁性磁気秩序(注3)からわずかに傾いた弱強磁性体であり、非常に強い核スピンと電子スピンの相互作用があることが知られています。この相互作用によって核スピンと電子スピンとが連動し、核スピン波という集団運動を作ります。今回、この核スピンが、核スピン波を通じて作るスピン流を検出することに成功しました。

実験では、MnCO3に白金(Pt)を成膜したサンプルを使いました。MnCO3にラジオ波を照射し、核磁気共鳴(注4)を起こします。この核磁気共鳴によってMnの原子核スピンが運動を始めます。この核スピンの運動が核スピン波を作って電子スピンと結合することで、スピンポンピング(注5) と呼ばれる現象を通じて、Pt層にスピン流を作ります。こうして作られたスピン流を、Pt層の逆スピンホール効果(注6) によって電圧として検出することに成功しました。

今後の展望

本研究は従来、核磁気共鳴法でしかその性質を知ることができなかった核スピンに、スピン流を使って電気的に調べられることを示した画期的な成果です。電子スピン同様に、核スピンを使ってもスピン流を作れることが示され、核スピンをスピントロニクスという固体素子研究の枠組みに取り入れる可能性が拓かれました。

付記事項

本研究は、科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業 総括実施型研究(ERATO)齊藤スピン量子整流プロジェクトの一環で行われました。

論文情報

“Spin pumping from nuclear spin waves”

Yuki Shiomi, Jana Lustikova, Shingo Watanabe, Daichi Hirobe, Saburo Takahashi, and Eiji Saitoh

DOI: 10.1038/s41567-018-0310-x(新しいタブで開きます)

参考図

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図1. 実験のセットアップの模式図(左)と、核スピン波の概念図(右)

MnCO3にPtが成膜された試料に、ラジオ波を照射する。核磁気共鳴が起きた時に、Pt層に生じる電圧を測定する。核スピンは超微細相互作用を通じて電子スピンと結合している。電子スピンにスピン波の励起が存在すると、電子スピン波を介して核スピンの間に実効的な相互作用(Suhl-Nakamura相互作用)が働く。この相互作用によって核スピンと電子スピンが結合した核スピン波が生じ、スピンポンピングが生じると考えられる。

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図2.観測されたスピンポンピング信号

核磁気共鳴によって核スピン波が励起される周波数600MHzあたりに、2.4K以下から電圧信号が確認できる。

用語解説

注1)スピン流
電子の持つスピン角運動量の流れをスピン流と呼ぶ。電荷の流れである電流と対比される。
注2)スピン波
スピンの集団運動であり、個々のスピンのコマ運動(歳差運動)が波となって伝わっていく現象である。この現象を用いて情報を伝達できることが齊藤教授らにより示されている。
注3)反強磁性磁気秩序
隣り合うスピンが、大きさは同じで逆向きに整列した状態。
注4)核磁気共鳴
磁場中に置かれた原子核にラジオ波を照射すると、特定の周波数で核スピンが共鳴し、歳差運動する現象のこと。
注5)スピンポンピング
強磁性体の磁化が外部からのエネルギーに共鳴して歳差運動(コマ運動)をすると、接合した金属にスピン流を生じさせる現象のこと。
注6)逆スピンホール効果
スピン流と垂直な方向に起電力が発生する現象。電子のスピンと軌道の相互作用により上向きスピンを持った電子と下向きスピンを持った電子が互いに逆方向に散乱されることによって生じる。スピン情報と電気情報をつなぐ現象として、スピントロニクス分野で重要である。

関連サイト

・ERATO齊藤スピン量子整流プロジェクトWEBサイト:
 http://www.jst.go.jp/erato/saitoh/ja/index.html(新しいタブで開きます)
本プロジェクトにおける過去の研究成果を掲載しています。

・スピンワールド:http://www.spinworld.jp/(新しいタブで開きます)
ERATO齊藤量子スピン整流プロジェクトのアウトリーチサイトです。スピン科学やその基礎となる磁石の物理をやさしく解説しています。

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ERATO 齊藤スピン量子整流プロジェクト 研究総括

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