超低損傷3次元InGaN量子ナノディスク創成により発光効率100倍に

2017年06月23日

東北大学材料科学高等研究所(AIMR)
東北大学流体科学研究所
東北大学金属材料研究所
北海道大学
北見工業大学

超低損傷3次元InGaN量子ナノディスク創成により 発光効率100倍に

—バイオテンプレート極限加工により次世代高効率窒化物量子ドットLED実用化に道—

概要

東北大学材料科学高等研究所(AIMR)および流体科学研究所(IFS)の寒川誠二教授・肥後昭男助教(現 東京大学大規模集積システム設計教育研究センター)らのグループは、東北大学金属材料研究所の谷川智之講師、北海道大学大学院情報科学研究科の村山明宏教授・高山純一技術職員、北見工業大学の木場隆之助教らの研究グループと共同で、独自技術であるバイオテンプレート技術と中性粒子ビーム加工技術を融合して世界で初めて高均一・高密度・超低損傷の直径5ナノメートル(以下、nm)の3次元窒化インジウムガリウム/窒化ガリウム(以下、InGaN/GaN)量子ドット注1)(量子ナノディスク構造)を作製することに成功しました。これは、トップダウン加工注2)(ドライエッチング)で作製された量子ドットとしては世界最小寸法です。さらにフォトルミネッセンス法注3)により、量子ドットの発光および発光強度温度依存性を測定したところ、ドライエッチングによる量子ドットとしては初めて、従来の窒化物量子井戸構造の100倍の量子効率が確認されました。本研究により作製された高均一・高密度・超低損傷のInGaN/GaNナノディスク構造は、究極のグリーンテクノロジーと言われる全波長領域の高効率量子ドットLEDやレーザの実現に向けて大きく前進するための新技術になります。本研究成果は2017年6月22日0時(日本時間)にACS Photonicsオンライン版に正式公開されました。

 

研究の背景

化合物半導体量子ドットレーザ注4)および発光ダイオード(LED: light emitting diode)注5)は低消費電力光素子として、また超高速光変調素子として、飛躍的に高まる通信需要に応えユビキタス情報化社会を支える重要な技術であり、広く研究されています。これらのデバイスを実現するにはnmオーダでサイズや密度、位置などを制御した量子ドット構造の作製が求められますが、従来のトップダウン型のリソグラフィ技術とプラズマエッチング注6)技術に依存した微細加工技術では大きな困難が予想されます。現状のリソグラフィ技術で光源やレンズ系の設計において22nmよりも微細なパターンを形成するためには、技術的・経済的に大きな壁があります。また、nmスケールの構造形成におけるプラズマエッチングでは、プラズマからの紫外線照射による表面欠陥生成が大きな問題となっています。特に化合物半導体はシリコンに比べて不安定な材料でプラズマに対して脆弱であるため、プラズマエッチングによる欠陥のないナノ構造作製は不可能であると言われてきました。一方、ボトムアップ法注7)で量子ドットを形成する手法としては、格子ひずみを利用した自己組織的な量子ドット作製法が一般的ですが、この手法では「寸法のばらつきを十分に抑えることができない」、「ドットの密度に限界(109-1010-2)がある」、「サイズに制限がある(数十nm程度)」、「材料を自由に選択することができない」、「ひずみに伴う格子欠陥が不可避である」などの諸問題があります。そのため、十分な性能の量子ドットレーザやLEDの実現には、良好な量子効果を持ち、ナノ構造の再現性が良い「欠陥の発生しない作製技術」の確立が急務となっています。
現在、その最有力な手法として、ボトムアップ技術とトップダウン加工技術の融合(プロセスインテグレーション)が注目され、多くの提案がされつつあります。ボトムアップ技術の中でも、バイオテクノロジーは極めて急速に進歩しており、奈良先端科学技術大学院大学の山下一郎教授らは遺伝子操作により改質されたフェリティン変異体などを用いてナノサイズの金属を内包したたんぱく質を作製し、それらの自己組織化によるナノ構造作製を実現しています。一方、トップダウン加工技術では、プラズマから放射される電荷や紫外線を抑制し、超低損傷で高精度のエッチングを可能とする中性粒子ビーム注8)の技術を世界で初めて寒川誠二教授(東北大学材料科学高等研究所および流体科学研究所)が開発し、最先端超LSIを用いてその効果を実証していました。

 

研究の内容

この度、東北大学材料科学高等研究所(AIMR)および流体科学研究所(IFS)の寒川誠二教授・肥後昭男助教(現 東京大学大規模集積システム設計教育研究センター)らの研究グループは東北大学金属材料研究所の谷川智之講師、北海道大学の村山明宏教授・高山純一技術職員、北見工業大学の木場隆之助教らの研究グループと共同で、バイオテンプレート注9)と中性粒子ビームエッチングを組み合わせることで、世界で初めて直径5nmのInGaN/GaNの単層構造の超低損傷・高アスペクトエッチングを実現することに成功しました。さらにフォトルミネッセンス法により量子ドットの発光および発光強度温度依存性を測定したところ、トップダウン加工により作製された量子ナノディスクとしては初めて、従来の窒化物量子井戸構造の100倍の内部量子効率を確認しました。
本研究では、有機金属気相成長装置(MOVPE)注10)を用いて作製したInGaN/GaNのウェハをバイオテンプレート極限加工法により超低損傷中性粒子ビームエッチングを実現することで、量子効果を示す厚さ2nm、直径5nm程度の量子円盤構造を積層した高さ30nm程度のナノピラー構造を、無欠陥に、均一に、高密度(1011-2以上)に、等間隔(20nm)で2次元配置できることを初めて示しました。図3に作製したナノピラーの概略図を示します。透過型顕微鏡写真から直径5nmの量子ナノディスク構造が作製されているのがわかります。設計した量子ナノディスク構造の発光波長に対応する420nmから明瞭な発光が確認できました。この量子ナノピラー構造アレイでは、従来困難であった均一なサイズのナノ構造を数十nm間隔で均一かつ高密度に材料を問わず形成できることから、あらゆる波長帯域を実現できる高効率な量子ナノディスクLEDおよびレーザを実用化できる構造として極めて有望であるといえます。

 

今後の展開

中性粒子ビームによる加工・表面改質・材料堆積技術は、現在の半導体業界が直面している革新的ナノデバイスの開発を妨げるプロセス損傷を解決する全く新しいプロセス技術であると考えられます。また、本技術を用いた装置はプラズマプロセスとして実績があり、最も安定した装置において用いられているプラズマ源をそのまま用い、中性化のためのグラファイト製グリットを付加するだけで実現できることから、今後、数十nm以下のナノデバイスにおける革新的なプロセスとして実用化されていくことも大いに期待されるものです。中性粒子ビーム技術は既に均一大面積プロセスを実現できるプラズマ源を基盤に装置が実現できるため、極めて実用的です。今後は、最先端ナノデバイス製造プロセスにおいて中性粒子ビーム加工技術のみならず、中性粒子ビームを用いた表面改質・修飾技術の研究開発を進めて実用的なデバイス開発を大いに推進していく予定です。今回、量子ドット構造の作製とナノディスク発光の確認に成功したことで、実用化に向けて大きく前進しました。既に、大手装置メーカーと装置化への検討も進んでおり、近い将来の実用化に向けてさらに研究を進めていきます。

 

 

用語解説

注1)量子ドット
化合物半導体などで数nm~数十nm程度のナノ構造体を作ると、電子はその領域に閉じこめられる。閉じ込めが1次元のものを量子井戸構造、2次元を量子細線、3次元のものを量子ドットと呼ぶ。その構造由来の特異な性質により、単電子トランジスタ、量子テレポーテーション、量子コンピュータなどへの応用が期待されている。また、サイズを変えることでエネルギー準位を制御できるため、光の吸収や発光波長を変化させることができる。それを利用して量子ドット太陽電池や量子ドットレーザへの応用も期待されている。これらを実現するためには均一サイズの量子ドットを作製する必要があり、本研究ではバイオテンプレート法を用いた円板アレイ構造(ナノディスク)を提案している。
注2)トップダウン加工
トップダウン加工とは、大きな材料を微細な構造に加工していく方式である。トップダウン方式はおもに、構造体を転写するリソグラフィ、「液体を用いた化学反応によるウェットエッチング」や「プラズマやイオンなどによって形状加工するドライエッチング」を用いて加工することである。
注3)フォトルミネッセンス法
フォトルミネセンスとは、光を吸収した物質が再度光を放出する過程のことである。蛍光や燐光(りんこう)物質に紫外線などの高エネルギーの光を照射すると、電子が生成し、励起状態となる。フォトルミネッセンス法とは、それらが基底状態に戻る際に放出する光を検出することである。
注4)量子ドットレーザ
半導体レーザの活性層に量子ドットを用いたものである。ナノテクノロジーの進展により、10nm程度の3次元ナノ構造の形成が可能になってきている。この構造では電子は3次元的に閉じ込められ、運動の自由度がない。このような量子ドットを半導体レーザの発光部として用いることで、低消費電力かつ高温安定動作などが実現できると期待されている。
注5)発光ダイオード
化合物半導体のPN接合と呼ばれる構造を利用している。化合物半導体のPN接合に順方向に電圧を印加すると、電子がN型半導体からP型半導体へ拡散する。逆に、P型半導体からはホールがN型半導体へ拡散し、ある領域で電子とホールは再結合する。この再結合時にバンドギャップ(禁制帯幅)にほぼ相当するエネルギーが光として放出される。放出される光の波長は材料のバンドギャップによって決められ、材料を選ぶことにより紫外から可視、赤外領域までカバーすることができる。
注6)プラズマエッチング
プラズマとは、固体、液体、気体につづく第4の状態であり、一般的に電離した気体のことを指す。プラズマ中には高エネルギーのイオン、電子、中性粒子が存在する。特に半導体産業においては微細加工の手法としてプラズマを用いたエッチングが使われている。溶液によるウェットエッチングに対応してドライエッチングと呼ばれることもある。
注7)ボトムアップ法
ボトムアップ法とは、所望の構造を原子や分子レベルで成長あるいは堆積させて作製する方法である。ボトムアップ法によるナノ構造の作製には、原子間力顕微鏡のカンチレバーの先端を用いて原子を組み上げていく方法や、成長装置などを用いて原子や分子を成長させる方法がある。
注8)中性粒子ビーム
寒川誠二教授が独自に開発・発展をさせた世界で初めてのエッチング技術であり、プラズマからの高エネルギーイオン・紫外線照射を大幅に抑制することで、様々な材料の超低損傷エッチングを実現している。
注9)バイオテンプレート
金属微粒子を内包した生体超分子の自己組織能を用いて生体超分子を半導体基板上に配置し、そのナノサイズの金属微粒子をテンプレート(マスク)にする手法のことである。
注10)有機金属気相成長装置
結晶成長装置の一つであり、有機金属およびガスを用いて化合物半導体結晶を作製するために用いられる。原子層オーダで膜厚を制御可能なため、量子井戸半導体レーザを初めとするナノテクノロジー分野で工業的に利用されている。数nmの設計が容易にできる利点がある。また、半導体結晶成長装置である分子線エピタキシー法 (MBE) と比べ、面内での膜厚の偏差が少なく、高速成長が可能でありかつ、超高真空を必要としないために装置の大型化が容易である。そのため、結晶成長装置として発光ダイオードや半導体レーザなどの光デバイスの大量生産に多く用いられている。

論文情報

今回の研究成果につきましては、2017年6月22日0時(日本時間)にACS Photonicsオンライン版に正式公開されました。

 

論文タイトル

“Optical Study of Sub-10nm In0.3Ga0.7N Quantum Nanodisks in GaN Nanopillars“

DOI: 10.1021/acsphotonics.7b00460(新しいタブで開きます)

 

参考図

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図1 バイオテンプレートと中性粒子ビームを用いた量子ドット作製技術

 

 

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図2 中性粒子ビームエッチング技術

 

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図3 バイオテンプレートと中性粒子ビームによるInGaN/GaN量子ナノピラー構造

 

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図4 作製した量子ドットの発光効率の向上

 

問い合わせ先

研究に関すること

寒川 誠二(サムカワ セイジ)
東北大学材料科学高等研究所(AIMR)主任研究者
東北大学流体科学研究所未到エネルギー研究センター
グリーンナノテクノロジー研究分野 教授

TEL/FAX: 022-217-5240
E-mail: samukawa@ifs.tohoku.ac.jp

報道担当

清水 修(シミズ オサム)
東北大学材料科学高等研究所(AIMR)広報・アウトリーチオフィス

TEL : 022-217-6146
E-MAIL : aimr-outreach@grp.tohoku.ac.jp

北海道大学総務企画部広報課

TEL : 011-706-2610
E-MAIL : kouhou@jimu.hokudai.ac.jp