ありふれた炭化水素から特異な磁気状態「スピン液体」を発現

2017年04月25日

東北大学材料科学高等研究所(AIMR)
三菱財団

ありふれた炭化水素から特異な磁気状態「スピン液体」を発現

-安価な物質を量子コンピュータ、超伝導などの高性能材料へ-

概要

東北大学材料科学高等研究所(AIMR)のコスマス・プラシデス教授、高林 康裕助教と英国リバプール大学化学科のマシュー・ロゼインスキー教授らによる国際共同研究グループは、化学反応によって炭化水素分子に電子を導入することで、磁石のもととなるスピンが液体のようにふるまう「スピン液体」と呼ばれるきわめて珍しい状態を作り出すことに成功しました。
スピン液体は1973年に理論的に予測された現象ですが、実験によって、この特異な現象を実現することはきわめて難しく、四半世紀にわたって、多くの研究者が「スピン液体を発現する物質」の探索を進めて来ました。現在でもその候補となる物質はほんの数例のみという状況です。今回の成果は、炭化水素というごくありふれた物質によるスピン液体状態の発現であり、安価で身の回りにありふれた物質が高性能な電子材料、磁気材料に使える可能性が示されたことになります。
この研究成果は2017年4月24日(西ヨーロッパ時間)にNature Chemistryに連続する2つの論文として掲載されます。同じ研究グループによる成果が2報連続して掲載されることはきわめて珍しく本研究の重要性を示しています。

詳細な説明

ガソリンなどの燃料は、炭素と水素のみからなる炭化水素で構成されています。その他、塗料のもととなる顔料や色素の多くも炭化水素から出来ています。これらの安価で身の回りにありふれた物質が、高性能な電子材料、磁気材料になり得る可能性が示されました。
東北大学材料科学高等研究所のコスマス・プラシデス教授と英国リバプール大学のマシュー・ロゼインスキー教授らによる国際共同研究グループは、化学反応によって炭化水素分子に電子を導入することで、磁石のもととなるスピンが液体のようにふるまう「スピン液体」と呼ばれるきわめて珍しい状態を作り出すことに成功しました。
「スピン液体」は、その存在が1973年に初めて理論的に予測されました。磁石は、電子スピンと呼ばれる極微小な方位磁針のような成分が多量に集まりできています。通常の磁石においては、高温では電子スピンは絶えず回転し、様々な方向を向いていますが、低温にすると、電子スピンは同じ向きに揃うか、交互に反対向きになるように並びます(図1左)。一方で、「スピン液体」と呼ばれる特異な状態においては、電子スピンは、温度の下限である絶対零度(−273°C)においても激しく動き続け、静止しません(図1右)。このような極めて珍しい磁気状態の実現は、新しい科学を切り拓くと共に、高性能な磁気材料開発の基盤として期待されてきました。
しかしながら、理論的な予測に対して、実験的にこのような特異な状態を実現することがきわめて難しく、理解が進んでいませんでした。多くの研究者が四半世紀にわたり物質の探索を進めてきましたが、その候補となる物質は数例のみです。また、これらの候補物質は、希少元素、重元素、毒性のある元素などを含んでいました。また、炭化水素を原料とした電子材料の開発も盛んに行われていますが、純度が低く、組成が不明であることが、研究の進展の妨げとなっていました。高純度で組成が明らかな材料を得ること、すなわち「材料の結晶化」が大きな課題でした。
今回、国際共同研究チームは、温和な条件で進行する化学反応により炭化水素分子に電子を導入し、高純度の結晶を得る手法を開発しました。本研究対象の炭化水素は、図2に示すように多くのベンゼン環が繋がった構造をしています。新しい合成法の開発により、物質の組成が明らかになり、「スピン液体」の候補となる現象の発見につながりました(図3)。この結果は、2017年4月24日(西ヨーロッパ時間)に英国の科学雑誌Nature Chemistry誌に連続する2つの論文として掲載されます。同じ研究グループによる成果が2報連続して掲載されることはきわめて珍しく、本研究の重要性をうかがい知ることができます。研究チームのリーダーである、プラシデス教授は、「まさに、これまで道を塞いでいたものを取り除いたことによって、大変胸を踊らせる研究開発に辿り着くことができたのです。すでに我々は、炭素と水素という最も単純な組み合わせで出来たこれらの物質のいくつかの構造が、前例のない磁気的性質を示し、量子コンピュータ、スピントロニクス、超伝導などへの応用の可能性があることを発見しました」と語ります。もう一人のリーダーであるロゼインスキー教授は、「このブレークスルーを達成するまで何年もかかりました。しかし、とうとう我々は、ひとつではなく、相補的な二つの合成ルートの開発に成功し、未知の物性を有した多種多様な新しい物質群への道を拓いたのです」と語ります。
以上は、東北大学とリバプール大学(英国)のグループが、理化学研究所の有田亮太郎博士のグループおよびリュブリアナ大学(スロベニア)のデニス・アーチョン教授のグループとの共同研究として行われました。本研究は、三菱財団自然科学研究助成、科学研究費補助金 新学術領域「J-Physics」、JST-ERATO「磯部縮退π集積プロジェクト」および英国EPSRCの支援を受け実施されました。また、フランスESRFおよび英国Diamondの放射光施設での実験が重要な役割を果たしました。

出版情報

    • [1] Title:π-electron S = ½ quantum-spin-liquid state in an ionic polyaromatic hydrocarbon”
    • Authors: Y. Takabayashi, M. Menelaou, H. Tamura, N. Takemori, T. Koretsune, A. Stefancic, G. Klupp, A. J. C. Buurma, Y. Nomura, R. Arita, D. Arčon, M. J. Rosseinsky and K. Prassides
    • Journal: Nature Chemistry, vol. 9, 2017
    • DOI:10.1038/NCHEM.2764(新しいタブで開きます)

 

  • [2] Title: “Redox-controlled potassium intercalation into two polyaromatic hydrocarbon solids”
  • Authors: F. D. Romero, M. J. Pitcher, C. I. Hiley, G. F. S. Whitehead, S. Kar, A. Y. Ganin, D. Antypov, C. Collins, M. S. Dyer, G. Klupp, R. H. Colman, K. Prassides and M. J. Rosseinsky
  • Journal: Nature Chemistry, vol. 9, 2017
  • DOI:10.1038/NCHEM.2765(新しいタブで開きます)

参考図

pr_170425_01.jpg図1 通常の磁石とスピン液体の違い
矢印で示すのは、電子スピンと呼ばれる極微小な方位磁針のような磁石のもととなる成分です。(左)通常の磁石においては、室温ではスピンが回転し続け様々な方向を向いていますが、低温にするとある方向に向きを揃えて並びます。(右)一方で、スピン液体状態においては、温度の下限である絶対零度(−273°C)においても激しく動き続け、静止しません。
© 2017 Kosmas Prassides

pr_170425_02.jpg図2 本研究で対象とした3種類の炭化水素分子
灰色が炭素原子、オレンジ色が水素原子を表しています。C14H10の組成を持つフェナンスレン分子は、3つのベンゼン環が肘かけイス型構造を取ります。ピセンとペンタセン分子は、共にC22H14の組成を持ち、5つのベンゼン環がそれぞれ肘かけイス型、および、ジグザグ型の配置を取ります。
© 2017 Kosmas Prassides

pr_170425_03.jpg図3 本研究で発見したスピン液体となる炭化水素結晶の構造の模式図
(左) 三角形の頂点を共有した鎖状に配列した分子イオン。(右) それと共存する、らせん磁気チューブ。(中央) 鎖とチューブの2つが絡み合うことで生じる、複雑な充填構造の投影図。各分子イオンは、灰色の矢印で示したスピンを一つ持っています。このスピンは、絶対零度においてもゆらぎ続けます。図は、無数にあるからみあったスピン配向の一つを示しています。
© 2017 Kosmas Prassides

問い合わせ先

〈研究に関すること〉

(英語でのお問い合わせ)
Kosmas Prassides(コスマス・プラシデス)
東北大学材料科学高等研究所(AIMR)教授

TEL : 022-217-5994
E-mail : k.prassides@wpi-aimr.tohoku.ac.jp

(日本語でのお問い合わせ)
高林 康裕
東北大学材料科学高等研究所(AIMR)助教

TEL : 022-217-5954
E-mail : yasuhiro.takabayashi.e4@tohoku.ac.jp

〈報道担当〉
清水 修
東北大学材料科学高等研究所(AIMR)広報・アウトリーチオフィス

TEL : 022-217-6146
E-mail : aimr-outreach@grp.tohoku.ac.jp