不揮発性メモリー等の性能向上に不可欠な強磁性体中の磁化ダイナミクスの仕組みを解明

2017年03月21日

東北大学原子分子材料科学高等研究機構(WPI-AIMR)
東北大学電気通信研究所(RIEC)
東北大学省エネルギー・スピントロニクス集積化システムセンター(CSIS)
東北大学スピントロニクス学術連携研究教育センター(CSRN)
東北大学国際集積エレクトロニクス研究開発センター(CIES)

不揮発性メモリー等の性能向上に不可欠な
強磁性体中の磁化ダイナミクスの仕組みを解明

-磁気デバイス高性能化の大幅な前進に期待-

概要

東北大学電気通信研究所(通研)の岡田篤博士後期課程学生(日本学術振興会特別研究員)、同学原子分子材料科学高等研究機構(WPI-AIMR)の松倉文礼教授、同学通研の大野英男教授(兼同学WPI-AIMR、同学省エネルギー・スピントロニクス集積化システムセンター、同学スピントロニクス学術連携研究教育センター、同学国際集積エレクトロニクス研究開発センター)のグループは、シンガポール南洋理工大学のChristos Panagopoulos教授のグループ、日本原子力研究開発機構先端基礎研究センターの前川禎通センター長のグループと共同で「強磁性体(磁石)薄膜中の磁化運動に影響を与える散乱機構」を明らかにしました。
研究グループは強磁性共鳴法注1という手法を用いて界面磁気異方性注2を有する強磁性体薄膜中の磁化の散乱機構の解明に取り組みました。共鳴スペクトル線幅が温度の上昇に伴い先鋭化する振る舞いを観測し、「モーショナル・ナローイング(運動による線幅の先鋭化)」と呼ばれる機構が散乱の性質を決める主要な一因となっていることを示しました。この機構は、電子スピン・核スピンの散乱に対する重要な機構として以前から知られていましたが、本研究により強磁性体中の磁化運動に影響を及ぼすことが初めて明らかになりました。
本研究で用いたCoFeB/MgO接合は、不揮発性磁気メモリーの材料として最も注目を集めている材料です。この材料系を用いた素子動作の理解と高性能化に加え、様々な材料系の性質の理解に繋がることが期待されます。本研究成果は、米国科学アカデミー発行の機関紙「Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America(米国科学アカデミー紀要)」のオンライン版に、3月20日からの週に掲載予定です。

研究の背景

磁石の磁気は、電子の持つ性質であるスピンが集団として振る舞うことで発生します。磁石のN極とS極の向きを磁化方向と呼び、ハードディスク等の磁石を用いた記録装置は磁化方向により情報を記録し、磁化方向を変えることにより情報を書き換えます。この磁化方向は通常外から磁界を印加して制御しますが、スピントロニクスと呼ばれる「スピンの性質をエレクトロニクスで活用する技術」の進展により、磁化方向の電気的制御も可能になりました。棒磁石のN極とS極が必ず棒の両端にあるように、多くの磁石においては磁化の向きやすい方向(磁化容易方向)が決まっています。多くの強磁性体薄膜において、磁化容易方向は通常、膜の面と平行になっています。これを磁気異方性と呼び、その大きさを磁界の単位で表したものを異方性磁界と呼びます。
物体が運動する際には、摩擦による抵抗を受け、障害物にぶつかった際には運動方向や運動の速さが変わります。同様に、磁石の中の磁化運動により磁化方向が変わる際にも、摩擦による抵抗や散乱による磁化運動の方向・速さの変化が生じることが知られています。これら磁化運動を阻害する要因は磁化反転に必要とされるエネルギー量を決める要因ともなるため、その起源を明らかにする必要があります。
強磁性共鳴法は磁気共鳴法の一種であり、磁化運動に対する摩擦の大きさの決定や散乱機構の同定に広く利用されています。強磁性共鳴とは、強磁性体にマイクロ波(高周波電磁界)を印加した際に、マイクロ波のエネルギーを吸収することで磁化の歳差運動(すりこぎ運動)が継続的に起きる現象です。マイクロ波周波数と磁化の歳差運動周波数が一致した際(共鳴条件を満たした際)に強磁性共鳴が生じます。磁化の歳差運動周波数は異方性磁界と外から印加した磁界(外部磁界)により決まるので、外部磁界を変えながらマイクロ波の吸収量を計測すると、共鳴条件を満たした際にのみマイクロ波の吸収スペクトルが観測されます。磁化運動に対する摩擦や試料中の不均一性が大きい場合は、共鳴が生じる条件が広くなるため、スペクトル線幅の増大をもたらします。従って、スペクトル線幅の詳細な測定と解析から、磁化運動に対する摩擦の大きさ、試料中の磁気異方性の不均一性の評価、その他の散乱効果を分離して議論することが可能になります。

研究の内容

本研究で用いた試料はMgO(酸化マグネシウム)と金属強磁性体CoFeB(コバルト鉄ボロン)の積層構造です。CoFeB/MgOを磁気トンネル接合素子注3に用いた際に大きなトンネル磁気抵抗効果注4が観測されることから、不揮発性メモリー素子を含む様々なスピントロニクス素子の開発には欠かせない材料系として注目を集めています。またCoFeB/MgOの界面は強い磁気異方性の源となり、この界面磁気異方性を用いることで磁化容易方向を膜面に垂直にすることも出来ます。垂直磁気異方性はスピントロニクス素子の特性向上を図る上で重要な性質であり、スピントロニクス分野で最も重要な材料系の一つとしてCoFeB/MgOを用いた研究が盛んに行われています。
本研究では、CoFeB/MgO接合の強磁性共鳴スペクトルのCoFeB膜厚依存性(1.0~2.6ナノメートル)と温度依存性(-269~27℃)を調べました(ナノメートルnmは10億分の1メートル)。まず、膜厚の減少に伴うスペクトル線幅の増大を観測しました[ 図1左列、右列 ]。このスペクトル線幅の増大は、膜厚の減少に伴い試料全体で界面の占める割合が大きくなることから「界面に起因する現象である」と考えられます。次に、温度依存性を見ると、膜厚の厚い試料ではスペクトル線幅は温度にほとんど依存せず[ 図1上段 ]、膜厚の薄い試料では温度低下に伴い、強磁性共鳴線幅が増大しました[ 図1下段 ]。この「温度低下に伴う線幅の増大」は強磁性共鳴スペクトルの解釈に用いられてきた従来の機構では説明できません。しかし、同様の振る舞いは、他の磁気共鳴現象である核磁気共鳴において観測されており、1940年代に「モーショナル・ナローイング(運動による線幅の先鋭化)」と呼ばれる機構によるものと説明されました。これは「結晶中の格子振動(物質を構成する原子核の振動)によって生じる内部局所磁界の変動が原子核のスピンの運動に与える」という機構です。この機構により、今回の実験結果を説明できることが分かりました。
[ 図2左列 ]に模式的に示すように、散乱が無い場合には、強磁性共鳴時の異方性磁界と外部磁界の大きさで決まる一定の回転周波数で磁化は歳差運動を行います。そして、歳差周波数に比して比較的ゆっくりとしたランダムな磁界変動がある場合、ランダムな磁界と磁化の相互作用(散乱)により、磁化の歳差周波数は変動し、共鳴スペクトル線幅が増大します[ 図2中央列 ]。さらに、歳差周波数に比して極めて速い磁界変動に対しては、磁化が一回転する間に周波数変動が平均化されるため、散乱が無い状態に近いスペクトル線幅が得られます[ 図2右列 ]。このように、変動磁界がスピンの運動に影響を与え、共鳴スペクトル線幅を変える機構がモーショナル・ナローイングです。
CoFeB/MgO界面には強い界面磁気異方性があります。格子振動に伴い、界面磁気異方性の変動(異方性磁界の変動)が生じます。格子振動は熱により生じるため、温度が低い場合はゆっくりとした異方性磁界の変動、温度が高い場合には速い異方性磁界の変動をもたらします。そのため、温度が高い場合に狭い共鳴スペクトル線幅が得られたものと実験結果は解釈されます。

今後の展開

本研究により、強磁性体薄膜CoFeB/MgOにおいて、これまで考慮されていなかった界面磁気異方性の変動が磁化運動に大きな影響を与えていることが明らかになりました。界面磁気異方性は応用を目指した材料系の開発においてよく利用されている性質です。今回の成果内容は様々な材料系の評価に適用可能と考えられ、高機能素子に利用される磁性材料系の開発に加速をもたらすことが期待されます。

用語解説

(注 1) 強磁性共鳴
強磁性体に高周波電磁界(マイクロ波)を加えた際に、高周波磁界のエネルギーを吸収して磁化が歳差運動を継続的に行う現象。
(注 2) 界面磁気異方性
異なる2種の材料間に生じる磁気異方性。特にFe/MgOやCo/Ptの界面で膜面垂直方向に磁気異方性が発現することが知られている。
(注 3) 磁気トンネル接合
1ナノメートル程度(ナノメートルnmは10億分の1メートル)の薄い絶縁膜を2枚の強磁性体で挟んだ接合構造。接合面に垂直に電圧を印加すると量子力学的なトンネル効果によって薄い絶縁膜に電流が流れる。
(注 4) トンネル磁気抵抗効果
磁気トンネル接合中の2枚の強磁性体の磁化方向の相対角度に磁気トンネル接合の電気抵抗値が依存する現象。CoFeBを強磁性体、MgOを絶縁体として用いた場合、二つのCoFeBの磁化配置が平行か反平行かで、抵抗値が数倍変わることが報告されている。抵抗値の大小により磁化配置を観測できるので、磁化方向(記録情報)の電気的な読み出しが可能になる。

参考図

pr_170321_01.jpg[ 図1 ] 27℃(左列)と-269℃(右列)における強磁性共鳴スペクトル: 上段はCoFeBの厚さ2.6 nmの試料、下段はCoFeBの厚さ1.5 nmの試料に対する測定結果。CoFeBの厚さが薄い試料ほど、スペクトルの線幅が広い。CoFeBが厚い試料ではスペクトル線幅は温度にほとんど依存せず、薄い試料では温度低下によって線幅が大きく拡がる。

pr_170321_02.jpg[ 図2 ] 磁界変動に伴う回転周波数の時間変化と強磁性共鳴スペクトルの模式図: 磁化が一回転する間にランダムな磁界変動が頻繁に生じると磁化の歳差運動周波数の変化は平均化され、磁界変動が稀な時に比して強磁性共鳴で観測される線幅は狭くなる。

 

論文情報

A. Okada, S. He, B. Gu, S. Kanai, A. Soumyanarayanan, S. T. Lim, M. Tran, M. Mori, S. Maekawa, F. Matsukura, H. Ohno, and C. Panagopoulos, "Magnetization dynamics and its scattering mechanism in thin CoFeB films with interfacial anisotropy," Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America (2017).(米国科学アカデミー)
DOI: 10.1073/pnas.1613864114(新しいタブで開きます)

付記事項

本研究の一部は、科学研究費補助金(日本学術振興会、文部科学省)、文部科学省次世代IT 基盤構築のための研究開発、内閣府革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)、日本学術支援機構先端研究拠点事業、東北大学電気通信研究所共同プロジェクト研究の支援の下で行われました。また、シンガポールにおける研究の一部はMinistry of Education(MOE), AcRF Tier 2 Grant(MOE2014-T2-1-050), The A*STAR Pharos Fund(1527400026), and the National Research Foundation(NRF), NRF-Investigatorship(NRFNRFI2015-04)の支援のもとで行われました。日本原子力研究開発機構における研究の一部は、科学研究費補助金(日本学術振興会、文部科学省)の支援のもとで行われました。

 

問い合わせ先

研究内容に関すること

松倉 文礼(マツクラ フミヒロ)
東北大学原子分子材料科学高等研究機構(WPI-AIMR)教授

TEL : 022-217-5554
E-MAIL : f-matsu@wpi-aimr.tohoku.ac.jp

報道担当

清水 修(シミズ オサム)
東北大学原子分子材料科学高等研究機構(WPI-AIMR)広報・アウトリーチオフィス

TEL : 022-217-6146
E-MAIL : aimr-outreach@grp.tohoku.ac.jp