分子からなる超伝導体が従来超伝導線材を凌駕する臨界磁場90テスラを達成

2017年02月20日

京都大学
東京大学大学院工学系研究科
東北大学原子分子材料科学高等研究機構(WPI-AIMR)

分子からなる超伝導体が従来超伝導線材を凌駕する臨界磁場90テスラを達成

-分子性固体における超伝導材料開発の新たな指針-

発表のポイント

  • フラーレン超伝導体が立方晶物質で最も磁場に対して頑丈(約90テスラ)であることを発見。従来の超伝導磁石線材(Nb3Sn)に比べて3倍の磁場まで超伝導が維持される。
  • 絶縁体−超伝導体転移近傍において電子間の引力が強まり、高い転移温度および臨界磁場をもつ超伝導状態が実現。
  • 分子性固体における超伝導材料開発への新たな指導原理を与えると期待される。

発表概要

京都大学理学研究科 物理学・宇宙物理学専攻の笠原裕一 准教授、東北大学原子分子材料科学高等研究機構のKosmas Prassides 教授、東京大学大学院工学系研究科附属量子相エレクトロニクス研究センター・物理工学専攻の岩佐義宏 教授(理化学研究所 創発物性科学研究センター創発デバイス研究チーム チームリーダー兼任)らの研究グループは、米国ロスアラモス国立研究所強磁場施設 R. D. McDonald 研究員、英国リバプール大学化学専攻 M. J. Rosseinsky 教授らと共同で、分子からなる物質として最高の超伝導転移温度(Tc)をもつフラーレン(C60)化合物超伝導体(注1)が磁場に対して非常に頑丈であり、超伝導が壊れる磁場の上限値(上部臨界磁場(Hc2)、注2)が立方晶構造をもつ物質では最大の約90テスラにも上ることを発見しました。さらにはこの大きなHc2が、分子の特性と固体の特性が拮抗した特殊な金属状態において、電子間の引力が強められるために現れることを明らかにしました。分子性物質において超伝導の性能指数の高い材料開発につながる新しい指導原理を与えると期待されます。
本研究成果は、英国の科学雑誌『Nature Communications』に掲載されます(平成29年2月17日午後7時:日本時間)。
本研究は科学研究費補助金 特別推進研究、若手研究(B)、特別推進研究「3D活性サイト化学」および「J-Physics」、JST国際科学技術共同研究推進事業(戦略的国際共同プログラム)SICORP日本−EU(欧州委員会研究イノベーション総局(EC DG RTD))共同研究「超伝導」、世界トップレベル研究拠点プログラム(WPI)、三菱財団、the UK Engineering and Physical Sciences Research Council、National Science Foundation Cooperative Agreementの支援を受けて行われました。

背景

超伝導は電気抵抗がゼロになる現象であり、消費電力を発生することなく電気を流すことが出来ます。超伝導の閉回路を作れば電流は減衰することなく流れ続け(永久電流)、安定かつ非常に強い磁場を発生させる磁石を作ることもできます。実際に、超伝導磁石は医療現場で普及しているMRI(磁気共鳴イメージング装置)にも利用されています。しかしながら、ある大きさ以上の磁場を加えると超伝導状態は不安定になり、壊れてしまいます。このような超伝導を破壊する磁場の上限である上部臨界磁場(Hc2)は超伝導を起こす電子のペア(クーパー対、注3)の性質や、そのペアを組む電子の間に働く引力の強さとも密接に関係しています。上部臨界磁場Hc2と超伝導転移温度Tcの関係を明らかにすることは、基礎研究、応用研究、材料開発において急務とされています。
本研究で着目したのは、炭素原子60個からなる分子いわゆるフラーレン(C60)を構成単位とする物質群のフラーレン化合物超伝導体であり、分子性物質のなかでは最高の転移温度38 ケルビンを示す高温超伝導体(注4)として知られています。さらには銅酸化物高温超伝導体と類似してモット絶縁体(注5)から超伝導体への相転移(モット絶縁体−超伝導体転移)を示すなど興味深い性質を示しますが、その超伝導の発現メカニズムは長く謎に包まれており、特にHc2Tcの関係も明らかになっていませんでした。

研究内容

国際共同研究では、RbxCs3-xC60という組成の化合物を合成しました。これにより、これまで高圧下でのみ観測されていたモット絶縁体−超伝導体転移を常圧で観測可能となり、詳細な実験的研究により高温超伝導が見られるモット絶縁体−超伝導体転移転換近傍での超伝導状態を調べることが可能となりました。また、米国ロスアラモス国立研究所強磁場施設で約62テスラまでの超強磁場中におけるラジオ波測定を行い超伝導転移現象を調べることで、非常に大きなHc2まで決定可能となりました。その結果、モット絶縁体−超伝導体転移近傍におけるHc2の決定に初めて成功し、最大で約90テスラ程度にまで達することがわかりました。超伝導磁石として現在最も普及している材料であり、フラーレン超伝導体と同じく立方晶構造を持つNb3Sn(Tc 18ケルビン、Hc2 約30テスラ)に比べて3倍程度と非常に大きく、立方晶構造をもつ超伝導体のなかで最大のHc2をもつことが明らかになりました。また、モット絶縁体−超伝導体転移に近づくとともにペアを組む電子間の引力が強められ、それに伴ってHc2が大きくなることを突き止めました。

今後の展望

モット絶縁体−超伝導体転移近傍では分子の特性、電子間の強い反発力が拮抗した特殊な金属状態が実現していますが、そのような状況のなかで高いTcおよびHc2が実現しているという知見は、新しい分子性超伝導体の開発をさらに後押しするものになると期待されます。

発表雑誌

  • 雑誌名:「Nature Communications」(平成29年2月17日)
  • 論文タイトル:「Upper critical field reaches 90 tesla near the Mott transition in fulleride superconductors」
  • 著者:Y. Kasahara*, Y. Takeuchi, R. H. Zadik, Y. Takabayashi, R. H. Colman, R. D. McDonald, M. J. Rosseinsky, K. Prassides, Y. Iwasa*
  • DOI:10.1038/ncomms14467(新しいタブで開きます)

用語解説

注1 フラーレン(C60)化合物超伝導体
C60は60個の炭素原子がサッカーボール状に結合した球状分子。1970年に大澤により予言され、1985年にクロトー、スモーリー、カールらにより発見された。カーボンナノチューブやグラフェンなどの「炭素ナノ材料」の先駆けである。近年では、さまざまな化学修飾により性能・性状を特化させた機能性フラーレン、有機半導体材料、単分子トランジスタなど、さまざまな応用がなされている。
注2 上部臨界磁場(Hc2
超伝導体を磁場中においた時、超伝導が完全に消失する上限の磁場。磁場が完全に排除されず、渦糸として超伝導体中に侵入し始める磁場を下部臨界磁場(Hc1)と呼ぶ。超伝導体を磁石として使う場合、Hc2がより高いほど強力な磁石を作ることができる。
注3 クーパー対
超伝導状態では、固体中の電子はペアを組んで運動する。このペアのことを、超伝導の基礎理論の立役者の一人である米国のクーパーにちなんでクーパー対と呼ぶ。クーパー対形成に必要な電子間の引力の起源はいくつか可能性があるが、理論的、実験的に確立したものに原子の振動がある。
注4 高温超伝導体
1911年にオランダの物理学者オネスが発見した水銀の超伝導転移温度Tcは4.2ケルビンであった。Tcがおよそ20ケルビンを超える物質は非常に限られており、現時点で室温で超伝導になる物質は見つかっていない。典型的な高温超伝導体として、1986年にベドノルツとミュラーによって発見された銅酸化物超伝導体(約160ケルビン)、2008年に細野らによって発見された鉄系超伝導体(56ケルビン)などがある。最近、硫化水素において203ケルビンの超伝導が報告されている。
注5 モット絶縁体
電子間のクーロン斥力が原因で電子が移動できなくなった結果、電気伝導が抑えられて絶縁体となるもの。クーロン斥力に原子の振動などによる引力が打ち勝てば、クーパー対の形成が可能となる。

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添付資料

pr_170220_01.jpg図1:フラーレンC60超伝導体の結晶構造
A3C60(Aはアルカリ金属)の組成式で表され、サッカーボール型の分子であるC60が規則正しく3次元的に配列した結晶構造(主として面心立方格子、図中の黄色丸はアルカリ金属)を有する。

pr_170220_02.jpg図2:フラーレン超伝導体の上部臨界磁場の温度依存性
上部臨界磁場の温度依存性。モット絶縁体−超伝導体転移近傍で最も大きな上部臨界磁場を示す。最大臨界磁場の約90テスラは理論計算から推定した。

pr_170220_03.jpg図3:フラーレン固体の相図
C60分子1個あたりの占める体積(横軸、C60分子間距離)に対する温度(縦軸左側)および上部臨界磁場(縦軸右側、上部臨界磁場/臨界温度)の相図。高温において、格子体積が小さい場合には分子ひずみのない通常金属状態となり、体積を大きくしていくと分子がひずんだヤーン−テラー金属状態となる。さらに体積が大きい状態では分子のひずんだモット絶縁体状態である。ヤーン−テラー金属状態においては、高い転移温度および上部臨界磁場の状態が実現する。

問い合わせ先

笠原 裕一(かさはら ゆういち)
京都大学理学研究科 物理学・宇宙物理学専攻 物理学第一教室 准教授

TEL : 075-753-3785
E-MAIL : ykasahara@scphys.kyoto-u.ac.jp

岩佐 義宏(いわさ よしひろ)
東京大学大学院工学系研究科附属量子相エレクトロニクス研究センター/物理工学専攻 教授

TEL : 03-5841-6828
E-MAIL : iwasa@ap.t.u-tokyo.ac.jp