新たなスピン流の担い手を発見

2016年09月28日

新たなスピン流の担い手を発見

-量子効果を用いた熱電発電、情報伝送へ道-

概要

東北大学 原子分子材料科学高等研究機構(WPI-AIMR)/金属材料研究所 齊藤英治研究室の廣部大地博士課程学生と齊藤英治教授、同大学院工学研究科の川股隆行助教と小池洋二教授、日本原子力研究開発機構先端基礎研究センターの佐藤正寛研究員(当時。現茨城大学准教授)と前川禎通センター長らは、新しいタイプのスピン流伝搬の観測に成功しました。
スピン流とは、物質中の磁気の流れです。スピン流の利用により、電流では不可能であった低消費電力による情報伝導、情報処理、エネルギー変換が可能になるため、次世代のエレクトロニクスの候補「スピントロニクス」注1)の重要な要素と期待されています。従来スピン流は、金属や磁石などを中心に研究されてきましたが、本研究は、「量子スピン系」と呼ばれる物質群において、従来とは全く異なるタイプのスピン流が存在することを明らかにしました。量子スピン系では、スピン流は電子ではなく「スピノン」注2)と呼ばれる特殊な状態によって運ばれており、理論的には従来の限界を大きく打ち破る長距離スピン流伝搬が可能であると予想されています。
本研究では、スピノンの存在がすでに確認されている化合物Sr2CuO3の結晶のある特定の方向に温度勾配を加え、スピンゼーベック効果注3)と呼ばれる現象を通じて、スピン流の生成・伝搬を発見しました。
本研究によって、量子スピン系に存在するスピノンを利用してスピン流を伝送できることがわかりました。量子スピン系は原子スケールで構成されており、これをスピン流配線として利用することで極めて小さなスピン回路を作ることが可能です。これらの新たな特徴は、スピノンを積極的に活用するスピントロニクス:スピノニクスとして、スピントロニクスに新たな可能性を与えると期待されます。
本研究成果は、2016年9月26日(英国時間)に英国科学誌「Nature Physics(ネイチャー・フィジックス)」のオンライン版で公開されました。

研究の背景と経緯

スピン流とは、電子の自転的性質(スピン)の流れのことです。近年のナノテクノロジーを利用して、ナノスケール(10億分の1メートル)に物質を加工することで、スピン流を利用することができます。スピン流は、エレクトロニクスにおける電流と対比され、スピンを用いた次世代技術スピントロニクスにとって不可欠です。
効率よくスピン流を流すためには、スピン流を遠くまで運んでくれるキャリアを見つける必要があります。物質中には準粒子注4)と呼ばれる様々な粒子が存在しており、いくつかの準粒子がスピン流のキャリアとなることが知られています。たとえば、金属中では伝導電子がスピン流のキャリアとなります。
磁石におけるスピン流は、これまでマグノン注5)という準粒子が担ってきました。マグノンによるスピン流は絶縁体ですら伝送できるという特徴があり、基礎と応用の両面から研究されています。ところが、マグノンが存在するためには磁石中のスピンの向きが規則正しく配列する(磁気秩序がある)必要があります。この磁気秩序のために、実際の物質中ではマグノンをつくるために大きなエネルギーが必要となってしまうといった問題がありました。今回の研究では、磁気秩序を必要としないマグノン以外の新たなキャリアを探索しました。
スピンの向きがたえずランダムに時間変化するにもかかわらず、スピンの情報を遠くまで伝えるにはどうすればよいでしょうか?本研究グループは、スピン液体注6)と呼ばれるスピン状態に注目しました。スピン一つひとつと磁石全体のサイズの両方を極限まで小さくすると量子ゆらぎが強くなってゆき、磁気秩序が消えてしまうことがあります。この状態がスピン液体状態であり、スピンの情報が遠くまで量子ゆらぎで伝わる場合があります。典型的なスピン液体は、スピンを一列に並べたときに生じます。このような特殊な状況では、スピンの向きがたえず揺らいでおり、この揺らぎは一見すると無秩序ですが、実は離れたスピン同士で“お互いの向きを知ったまま”揺らいでいます。このスピンの情報を伝える準粒子はスピノンと呼ばれ、基礎物理の観点から長年研究されてきました。本研究では、このスピノンによるスピン流伝送の可能性を探索しました。

研究の内容

本研究では、Sr2CuO3という物質に注目しました。Sr2CuO3中ではスピンを担う銅イオンが1次元の鎖状に並んでいます。そのため、この物質はスピン液体の特性を示すことが期待され、事実スピノンが低温で存在することが先行研究で明らかになっています。(図1)
Sr2CuO3の鎖方向と垂直な面に白金(Pt)を製膜し、スピンゼーベック効果を測定しました。(図2)駆動されたスピン流は、隣接するPt膜に注入され、電圧として検出されます。この電圧の符号はスピン流が運ぶスピンの向きに依存し、スピンの向きが逆になればPt膜で測定される電圧の符号も逆になります。「常に揺らぐスピン液体と磁気秩序がある磁性体の違いを反映して、スピノンとマグノンは互いに逆向きのスピンを運ぶはず」という予想の下、実験を行いました。
測定の結果を図3に示します。温度に依存してスピン流の運ぶスピンの向きが反転するという結果を得ました。大きなマイナスの電圧が見出された温度でSr2CuO3はスピン液体状態であり、スピノンがスピン流のキャリアであることを示唆しています。さらに低温で電圧がプラスに転じるのは、反強磁性転移注7)によってSr2CuO3中のキャリアがマグノンに変わったことによると解釈できます。微視的な理論計算によっても、確かにスピノンとマグノンが互いに逆向きのスピンを運ぶことが示され、これによりスピノンはスピン流のキャリアになると結論づけました。

今後の展開

今回の測定によって、磁気秩序がなくても、スピノンを利用すればスピン流を伝送できることが明らかになりました。特に、1次元量子スピン液体の典型例であるSr2CuO3におけるスピン流の観測は、量子スピン液体の候補とされる広汎な物質群をスピントロニクスへと応用・展開する可能性を指しています。この物質群は磁気秩序がないために周囲の回路やデバイスに磁気的影響を与えず、かつ原理的には原子レベルまでダウンサイズ可能であるなど、これまでの物質では実現できなかった新たな特徴を備えています。スピノンを利用したスピントロニクス:スピノニクスとして、スピントロニクスへの貢献が期待されます。

参考図

pr_160928_01.jpg図1:Sr2CuO3構造の模式図。b方向にスピンを担う銅原子が一次元に並ぶ。

pr_160928_01.jpg図2:実験系の模式図。Sr2CuO3の銅原子が並ぶb方向に温度差をつけてPt膜に生じる電圧を測定する。

pr_160928_03.jpg図3:Sr2CuO3の測定結果。量子スピン液体状態(青色領域)において、低温になるほど大きな電圧信号が確認できる。また、ごく低温で、Sr2CuO3の磁気相転移注8)にともなう電圧信号の反転が確認できる(緑矢印)。

 

用語解説

注1)スピントロニクス
電子の磁気的性質であるスピンを利用して動作する全く新しい電子素子(トランジスタやダイオードなど)を研究開発する分野のこと。
注2)スピノン
量子力学的機構によってスピンを運ぶ状態。物質中で、粒子にように振る舞う。
注3)スピンゼーベック効果
東北大学(当時は慶應義塾大学)の齊藤英治教授、内田健一准教授らにより2008年に発見された。温度差をつけた磁性体において、温度勾配と並行に電子が持つ磁気的性質であるスピンの流れ(スピン流)が生じる現象のこと。
注4)準粒子
物質の内部で生じる物理量の変化(揺らぎ)が、物質中で粒子のようにふるまうもの。結晶を構成する原子の位置の揺らぎに対応したフォノン、磁石を構成するスピンの揺らぎに対応したマグノンなど様々なものがある。
注5)マグノン
磁石の内部で整列したスピンの向きの揺らぎのこと。物質中で、粒子のようにふるまう。
注6)スピン液体
スピン相関があるにもかかわらず、長距離秩序がないスピン状態。スピン同士はお互いの向きを知っているものの、スピンの向きが全て同じであったり、互い違いになったりと、秩序を持たない。
注7)反強磁性転移
磁気相転移の一つで、隣り合うスピンが、大きさは同じで逆向きに整列した反強磁性となるもの。
注8)磁気相転移
スピンの向きがバラバラな状態(常磁性)から、スピンの向きが揃った状態(強磁性・反強磁性)へと変化すること。

論文情報

“One-dimensional spinon spin currents”
著者:Daichi Hirobe, Masahiro Sato, Takayuki Kawamata, Yuki Shiomi, Ken-ichi Uchida, Ryo Iguchi, Yoji Koike, Sadamichi Maekawa, and Eiji Saitoh.
doi: 10.1038/NPHYS3895(新しいタブで開きます)

付記事項

本研究成果は科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業 総括実施型研究(ERATO)「齊藤スピン量子整流プロジェクト」、世界トップレベル研究拠点プログラム(WPI)などの一環で得られました。

問い合わせ先

齊藤 英治(サイトウ エイジ)
ERATO 齊藤スピン量子整流プロジェクト 研究総括
東北大学原子分子材料科学高等研究機構/金属材料研究所 教授

住所 : 〒980-8577 宮城県仙台市青葉区片平2-1-1
TEL/FAX : 022-217-6238/022-217-6395
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報道担当

皆川 麻利江(ミナガワ マリエ)
東北大学原子分子材料科学高等研究機構(AIMR)広報・アウトリーチオフィス

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東北大学 金属材料研究所 情報企画室広報班

TEL : 022-215-2144
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日本原子力研究開発機構 広報部報道課

TEL : 03-3592-2346
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